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53日目:一泊して、キス(後編)

前回の盤外編からそのまま繋がります。

「茶戸さん……少ないですが、ボーナスです……」


 放課後。バイトを終えた私に、マスターが茶封筒を手渡してくださった。いくら夏といえど、アルバイトの私にボーナスがあるなんて。


「良いんですか、ボーナスなんて」

「茶戸さんしか雇っていませんし……。学祭でかなり利益が出たので、ささやかですが受け取ってください」

「ありがとうございます」

「もうすぐ夏休みですし……何かとお金は必要ですよね」


 ニコリと微笑むマスター。そう、確かにお金は必要だ。何か売って軍資金にしようと思う程度にはお金が欲しかったので、正直とても助かる。


「夏休み中、もしかするとバイトの頻度が減るかもしれないのですが」

「ふふ……先輩と旅行ですか……?」

「マスターまで心が読めるんですか」

「いえ、この前アラと二人でいらっしゃいましてね……楽しそうに話していましたよ……」

「なるほど……」


 アラさんに楽しそうに話す先輩を想像すると、なんだか嬉しくも恥ずかしいみたいな気持ちになった。

 別に何も恥じ入ることは無いけども。


 閉店時間になり、片付けと着替えを終わらせてマスターに頭を下げる。先輩に合わせて休んだりする私に、こんなにも優しくしてくださるマスターには感謝してもし尽くせない。


「本当にありがとうございました。旅行期間中はまたご迷惑をかけると思いますが」

「茶戸さんが楽しければ……それが一番です」


 お母さんに、ヒアさんに、マスターに。私は、周りの大人に恵まれている。大人だけではない、私は人を遠ざけるようなスタンスで生きてきたのに、随分と人に恵まれている。幸せだな。


 先輩に出会えたことが、一番の幸せなのは疑う余地も無いけど。先輩と一緒に過ごすことだけが幸せではないけど、他の幸せも共有していきたい……って、前に先輩がそんなことを言っていたか。

 思考も似通ってきたなんて、先輩に言ったら笑われそう。


 店を出て、夜風を気持ちいいと感じながら駅に向かう。いい夜って、こういう夜のことなのかな。帰ったら、先輩に訊いてみよう。


―――――――――――――――――――――


「おかえりぃ」

「ただいま、です」


 自分の部屋の戸を開けて、最初に目に入るのが先輩って不思議だ。脳がバグりそうになる。

 ベッドの上に座りながら、足をパタパタと動かしながら行方行方の小説を読んでいる。

 そういえば、『間違い晒し』は読み終わったのだろうか。学祭準備とかで忘れていた。


「ボクの方がバイト終わるの早かったねぇ」

「そのようですね。夕飯は済ませましたか?」

「うん。まかないのハンバーガー食べてきた」

「なるほど。良いですね、まかない」

「Ventiだと出ないのぉ?」

「出ませんよ。食材が余るということがないのかもしれませんね」


 鞄を置いて、制服を脱ぎかけて手が止まる。いつもの癖で脱ぐところだったけど、先輩を前にして恥ずかしげもなく着替えるなんて正気とは思えない。


「じゃあ、夕飯はどうするのぉ?」

「普段は、お母さんが作った夕飯の残りを食べていますが」

「そうなんだぁ」

「……ついでに何か作るので、夜食にでもいかがですか?」

「ボクがお腹空いてるって、どうしてわかったのぉ?」

「なんとなく、ですけど」


 ハンバーガーをちょっとやそっと食べたくらいでは、先輩は満腹にならないだろうと思っただけ。


「その前にぃ、お風呂に一緒に入るぅ?」

「入ります」

「随分と抵抗がなくなってきたねぇ」

「今更じゃないですか。元々、嫌ではありませんでしたし」

「あはぁ。そっかそっか」


 微笑みながら、先輩は私のスカートのチャックを下ろした。


「ちょっ、なんですか」

「いや、制服脱ぐの手伝ってあげようかなぁって」

「自分で脱ぎます」


 全く、油断も隙もない。好きはあるけど。

 制服を脱いで、適当な部屋着に着替える。どうせすぐ脱ぐから、半袖短パンの小学生男子的スタイルで良いか。


 お互い着替えを持って、手を繋いでお風呂場に向かう。

 これで何度目になるんだろう。もう、わざわざ先輩が泊まった回数とか、一緒にお風呂に入った回数とか気にしなくなってきた。百から先は数えていない……というほど回数を重ねてはいないけど。


 脱衣場で肌を晒すのも、慣れたものだ。しかし、先輩の裸を見るのは慣れない。初めて見た時と変わらずドキドキが止まらなくなる。


「毎日一緒にお風呂に入れるなんて、幸せすぎるなぁ」

「私も、幸せすぎるなぁとバイト終わりに考えていました」

「その幸せに、ボクは少しでも貢献できてる……?」


 不安そうに首を傾げる先輩。本人は至って真面目なんだろうけど、私の幸せのほとんどを構成する張本人がそんなことを訊くなんて、笑っちゃ悪いけど笑える。


「ふふっ。少しも何も、先輩こそが私の幸せですよ」

「えへへ。そう言ってもらえて嬉しいよぉ」


 安心したのか、へにゃりと笑う先輩。可愛すぎる。その自然で柔和で綺麗で可愛い笑顔を網膜に焼き付け、永久保存を試みる。


 一緒に浴室に入り、深い青で満たされた浴槽に軽いデジャブを覚える。お風呂を上がったら、どんな夜食を作ろうかな。


―――――――――――――――――――――


「『先輩と食べると思ったから、何も残ってないわよ』とお母さんに言われたので、今から夜食をゼロから作ります」

「がんばってぇ」


 ソファの上で髪を乾かす先輩を見つつ、しょうゆ味のインスタントラーメンを二袋開封し、鍋に入れる。

 時刻は既に午後九時を過ぎている。夕飯の時間としては遅いけど、たまには良いだろう。


 麺を茹でている間に、ネギを小口切りする。チャーシューがあれば良かったけど、流石に無いか。

 お、豚ひき肉がある。これを甘じょっぱく炒めよう。フライパンの上に油を少量垂らして、ひき肉を投入する。そこに醤油と砂糖を適当に入れて炒める。


 そろそろ麺が茹で上がるので、火を止めてボウルにインしたザルに麺をお湯ごと入れる。立ち上ぼる湯気に包まれる。熱い。


 湯切りをした麺を器に移し、粉末スープとごま油を混ぜたやつを麺の上からかける。上にネギとひき肉とバターを乗せて完成。


「できましたよ」

「おいしそぉー! 油そばぁ?」

「はい、なんちゃって油そばです。生卵が無かったので」

「いただきまーす」

「いただきます」


 卵の黄身があるとまた味わいが変わってくるけど、これはこれで美味しい。ごま油とバターがあれば、大体なんでも美味しくなる。あとチーズとマヨネーズ。


「これ、インスタントラーメンだよねぇ?」

「そうですよ」

「すごいおいしい……。君は本当に天才だねぇ」

「いや、こんなネットに転がっていそうな簡単レシピに天才は言い過ぎですよ」

「そんなことないよぉ。今度、ボクも真似してみるねぇ」


 自炊を頑張っているって前に言っていたし、そう言ってもらえると嬉しい。いつ家に帰れるようになるかはわからないけど。

 このまま夏休みになってしまいそうだ。別にいいけど。


「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまぁ。それじゃ、皿を洗って歯を磨いたら、お部屋で色々しよ?」

「色々ってなんですか」

「もぉ、それを女のボクに言わせるのぉ?」

「いや私も女ですが!?」


 ほぼ同時に立ち上がり、皿を持って台所に向かう。

 片付けて寝る準備も整ったら、色々とやらをする前に、ボーナスをいただいた話をして、本を読み終わったかどうかと、今日みたいな夜がいい夜と呼ぶのかを訊ねてみよう。

次回、ちょっとだけ動きが。

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