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4日目:病気的な彼女(後編)

ちょっと間が空いてしまいました。後編になります。

 私の家と真逆に位置する先輩の家は、大きさも真逆だった。私の家の倍近い大きさだ。


 親御さんの職業が気になる。医者か弁護士か、法に触れる何かか。最後のは冗談として、かなりの大きさの家だ。全体的に白くて、美しい。新築と言われても信じてしまえる綺麗さだ。


 恐る恐る、インターホンに指を伸ばす。カチッ、という音と共に、よく聞くインターホンの音が鳴り響いた。


 10秒ほどの沈黙の後、振り絞るような先輩の声が応答した。


『はぁーい……どちら様ですかぁ……』

「私です。あの、プリントを届けに来ました。体調が優れないようでしたら、郵便受けに入れておくので……」

『あはぁ。良かったら上がってほしいなぁ……伝染るかもしれないけど』

「先輩が良いなら、始めからお邪魔するつもりでした」


 ガチャ、と解錠の音と共に、マスクをつけて、胸元の窮屈そうなパジャマを着た先輩が出てきた。


 いつもより、更に気だるそうな佇まいだ。赤らんだ顔に、うっすらと汗ばんだ体。威力が相当高い。男子なら死んでる。


「いらっしゃあい。こんな姿で悪いねぇ」

「こちらこそ、体調が優れないのにすみません」

「ちょっと寂しくてさぁ、上がってよ」

「おじゃまします」


 広い玄関に広がっている、フローラルな香りが私を歓迎した。


 なんだかよくわからない高そうな絵画が2枚、玄関に飾ってある。


「今日はねぇ、だーれも帰ってこないから。ゴホッ」

「おひとりで大丈夫なんですか……?」

「小さい子どもじゃないからねぇ……ゴホッゴホッ」


 心配だ。いや、先輩のことだから、私なんかが案じるのもおこがましいのだが、心配なものは心配だ。


 風邪は万病の元、とも言うし、あまり軽く見ていると痛い目に合う。祖母は風邪をこじらせて亡くなったから、尚更。


「食欲はありますか? 夕飯、お作りしますよ」

「それは悪いよぉ。顔を見て、話せただけで嬉しかったから」

「今日のログインボーナスは夕飯。ということでどうですか」

「……ふふふ。それなら、お言葉に甘えようかなぁ」


 キスしたら伝染っちゃうかもしれないもんね、と先輩は微笑んだ。マスク越しでもわかる笑顔に、少し安心した。


「勝手に食材を使うのも悪いですし、適当に買ってきますね」

「あ、いいよぉ使っても。あの人たち、全然料理なんてしないからさぁ」


 あの人たち、とはご両親のことだろうか。


 そういえば、先輩のご両親の話を聞いたことがない。というか家族の話題が出たことがない。もしかして、触れてはいけない地雷なのだろうか。


「……では、使わせてもらいますね。何かリクエストはありますか?」

「うどんがいいなぁ」

「かしこまりました」


 勝手に人の家の冷蔵庫や棚を漁るのは気が引けるが、うどんの乾麺と、麺つゆ、一通りの野菜と卵を見つけ出し、それを台所に並べる。


 適当な大きさの鍋や箸も用意したので、案外あっさりとうどんを作ることができそうだ。


 乾麺なので、まず一度茹でてから、更に煮込む必要がある。時間には余裕があるので、ゆっくり作ることにしよう。


「先輩、嫌いな食べ物とかありますか?」

「んー、特にないかなぁ。強いて言うならセロリ」

「うどんに入ってるのを見たことがないので、大丈夫ですね」


 乾麺を茹でている間、人参、玉ねぎ、ねぎを適当な大きさに切る。この人参を切る時の感触が個人的に好きなんだけど、なんだか危険な発言に聞こえるし、口にするのはやめておこう。


 具材を切り終え、茹で上がったうどんを別の鍋に移し、野菜と一緒に煮込む。


 麺つゆを入れて、おたまですくい、味見をする。


「あはぁ。なんだか新婚さんみたいだねぇ」

「私が奥さんですか?」

「旦那さんの方がいい?」

「どっちがどっちとか、無いんじゃないですかね」

「というか、ボクと結婚してる前提で話してるぅ?」

「あっ!? いや、そんっ……そんなことないですよ?」


 ナチュラルに、脳内で先輩との新婚生活を妄想して会話していたので、私『が』と言ってしまった。


 先輩の方が、女子力という点で奥さんらしい気もするけど、女同士のカップルに奥さんとか旦那さんとか、そういう概念はない気がする。


「ふふふ。可愛いなぁ」

「全く、変なこと言わないでくださいよ」


 うどんの塩梅も、いい感じになってきた。あとは卵を入れるだけだ。


「先輩は、卵はかき玉とそのまま、どっちがお好きですか?」

「かき玉がいいなぁ」

「わかりました」


 卵を二つ、皿に落としてかき混ぜる。それを鍋に回し入れ、再びゆっくり混ぜる。


「そろそろできますよ」

「いい匂いだねぇ。いい奥さんになるよ」

「……先輩もたまには作ってくださいね」

「ん? なんか言ったぁ?」

「ひとりごと、です」


 コンロの火を止め、丼にうどんをよそう。


 立ち上る湯気と、出汁の香りが鼻腔をくすぐる。


 先輩と一緒に食べたかったので、小さいお椀に自分の分もよそった。


「おいしそうだねぇ。いただきます」

「どうぞ、お召し上がりください」


 うどんをふーふーして、すする時に目を閉じる先輩。可愛すぎる。今度、麺類の飲食店に誘おう。


「おいしいよぉ。やっぱり手料理が一番だねぇ」

「恐縮です」


 思い返せば、先輩はいつも外食をしている。親御さんが料理をしないらしいし、もしかすると先輩は寂しいのだろうか。


「……あの、風邪を引いていなくても、たまに料理を作りましょうか?」

「あは、プロポーズ?」

「えっと、真面目に話してます。先輩はいつも外食をしていますし、手料理が恋しいなら……その、私が作りますよっていう提案なんですけど」

「……ありがとぉ」

「な、泣かないでくださいよ」

「ふふ。じゃあ寂しい時に呼んじゃおうっかな」

「是非。いつでも呼んでください」

「あはぁ、そんなこと軽率に言わない方がいいよぉ」

「どうしてですか?」

「ボクはねぇ、君と一緒に居ない時はずっと寂しいんだよ?」


 鼻血が出るかと思った。


 どういう人生を送ったら、そんな一撃で相手を落とせるような言葉が出てくるようになるのだろう。


 風邪のせいで、一層と潤んだ瞳と赤らんだ顔。相乗効果ってこういうことを言うのか。勉強になった。


「私も、先輩が居ないと寂しいです。なので、早く風邪を治してくださいね」

「はぁーい」

「では、そろそろおいとまします」

「気をつけて帰ってねぇ」

「はい。……あ、お皿洗ってから帰った方がいいですよね」

「いいよぉ、それくらいボクにもできるから」

「すみません。それでは、また学校で」

「またねぇ」


 明日、学校が無かったら泊まりたいくらいだった。


 帰りの電車の中で、私の頭の中は先輩でいっぱいだった。

もっと先輩を可愛く書いてあげたかったなぁ。

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