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53日目:一泊して、キス(前編)

学校には行かないと。

 芸術が爆発かどうかは知らないけど、先輩が爆発しそうなことだけは私にもわかる。

 夕飯に何か入れたりとかはしてないのに、一体どうしてしまったというのだろう。食後は一緒にお風呂に入って、歯磨きも済ませて、先輩はコンタクトも外して、あとは寝るだけってところで先輩が爆発寸前。熱を帯びた視線が、私を貫く。


「莎楼ぅ……」

「日付も変わりましたし、学校もあるので寝ましょうよ」

「寝れないよぉ」


 眠り姫らしかぬ発言だけど、確かに目がギンギンに覚醒している。

 甘えた声を出しながら、タオルケットの中で先輩が私の背中や二の腕を触る。その手がもう少し下に移動しようものなら、ちょっと怒ろう。


「寝てください」

「うぅ……もう我慢できないよぉ」


 キスしましょう、と提案しようと思ったけど、逆にそれで先輩の何かが加速する可能性は十分にある。このまま当たり障りなく受け流して寝てしまおう。

 密着した先輩の熱が、荒い呼吸が、少しずつ私の冷静さを奪う。落ち着け、今日は学校に行くんだから。いくら大好きでも、付き合ったわけではないし、まだそういうことは簡単にできない。

 仕方ない、数秒前の前言を撤回しよう。


「先輩。今日のところはキスで我慢してください」

「うん……ありがとぉ」

「キスしたら寝ますからね」

「うん」


 まるで子どもみたいに、普段よりも甘い嬌声で静かに返事をする先輩。その唇に、唇を重ねる。

 まだ残っている歯磨き粉のミントな香りが、先輩の舌を通じて私の口内に運び込まれる。いつも自分が使っている歯磨き粉なのに、先輩を経由するとまるで別物だ。


「先輩……っ」

「んっ……ふぅ、んん……」


 声にならない声が、言葉にならない言葉が唾液の音と一緒に漏れる。息も絶え絶えに、流れる汗も気にせず、何度もキスを繰り返す。

 汗ばむ額に髪が張り付く。それを整えることもせず、息も整わないまま先輩に密着する。早起きしてシャワー浴びないとダメだなこれは。


「……これで、寝れますか?」

「安眠確定だよぉ」

「なら、良かったです」


 逆に、私の方が目が冴えてしまった気がする。遠足前の子どもじゃないけれど、こんな興奮状態で入眠することは果たして可能なのだろうか。

 早起きしないといけないことも決定したし、急いで寝ないと。リラックスした表情で微睡(まどろ)み始めた先輩の頭を軽く撫でつつ、眠ることにした。


―――――――――――――――――――――


 いつもより三十分早くセットした目覚まし時計が、私たちを叩き起こした。自分でセットしたのに、なんでこんなに早く起こすのかと苛立つところだった。


「んにゃ……もう朝ぁ……?」

「はい。シャワーを浴びてから朝ごはんにしましょう」

「んぅ……もうちょっと寝る……」

「ダメです、遅刻しますよ」

「シャワー浴びないで寝る……」

「先輩が良いなら、それで構いませんけど」

「……くさい?」

「私は先輩の汗の匂いとか好きですが」

「起きる……」


 半分ほどしか開いていない目をこすりながら、先輩はタオルケットから這い出た。

 まるで冬眠明けの熊だ。見たことないけど。


 先輩と一緒に部屋を出て、昨日のようにシャワーを浴びる。

 二人とも髪を乾かすのが済んだところで、お母さんが作っておいてくれた朝食を食べて、歯を磨いて制服を着る。流れるように支度を済ませ、後は家を出るだけとなった。


「なんだか、あっという間に準備が終わりましたね」

「毎回そんな細かく描写する必要もないもんねぇ」

「何の話ですか?」


 一緒に家を出て、鍵をかける。本当に先輩と登校するんだ。わかっていたけど、実際にそうなるとドキドキが止まらない。

 先輩はいつもの登校用バッグを持ってきていないので、リュックで代用している。まぁ教科書の類は入っていないけど。


「今日は学祭の片付けだっけ」

「そうですね。そしてお互いバイトの日です」

「そうそう、旅行申請の紙も貰わないとダメだねぇ。明日か明後日の内に出さなきゃ」

「昼休みに一緒に貰いに行きましょうか」

「婚姻届ぇ?」

「今の話の流れで、何故そうなるんですか」


 というか、私たちで綺麗に空白を埋めて提出しても、結婚することはできない。先輩はそういう関係にこだわらないと前に言っていたし、軽い冗談だろう。


 肆野駅に到着し、五分ほど電車を待つ。いつもは一人なのに、隣に先輩が居るという特別感。

 どう見てもお泊まりした感が漂っているだろうけど、友だちの家に泊まることなんて普通だもんね。大丈夫、意識しすぎるな。


「ねぇ。アキラの妹に何か言われても、絶対に詳細は話しちゃダメだからねぇ?」

「わかってますよ。先輩が泊まっていることすら伏せたいくらいです」


 ココさんは、観葉植物というよりは干渉植物って感じで厄介だ。いや、悪人ではないし素直に応援してくれているのだろうけど、あまりいい気分ではない。

 五十右(いみぎ)さんと左々木(ささき)さんのことも心配になる。結局、あの二人はどういう関係なんだろう。


「あ、電車来たよぉ。ここから学校に行くなんて、なんか新鮮だなぁ」

「私もフレッシュな気持ちでいっぱいです」


 いつもの駅から、いつもの時間のいつもの電車に乗り込む。それが、先輩が居るだけでこんなにも特別なことのように感じられるのか。

 ログインボーナス実装から五十日以上が経過したのに、まだまだ先輩の存在は『当たり前』ではなく『特別』なんだ。


 少しずつ混雑し始める車内で、特に会話しないまま学校前の駅に到着した。

 学校へ歩を進めて五分ほど経った辺りで、背後から声をかけられた。


「おはようクグルちゃん。朝から先輩と一緒なんて珍しいねー」

「げえっココさん……おはようございます」

「そんな、関羽がやって来たみたいなリアクションしないでよー」

「すみません、ちょっと色々ありまして」

「ふーん。それは、二人から同じシャンプーの匂いがする理由だったりする?」

「ねぇ。それ以上は控えてよ、アキラの妹」


 思い返してみると、先輩はココさんのことを名前で呼ばない。敵対心が剥き出しというか、嫌悪感が透けて見えるというか。


「あはは。すみませんねー」


 ココさんは笑顔を崩さず、そそくさと退散した。今の先輩、ちょっと怖くてちょっとカッコよかった。


「全く、あの兄妹には困っちゃうねぇ」

「先輩も、ああやって怒ることがあるんですね」

「ボクも人間だしねぇ。そんなに怒ってないけど」

「そうですか。……そういえば、第二理科準備室の鍵ってまだ返ってきてませんよね」

「うん。夏休みに入っちゃうし、夏休み明けにまた借りようかなぁって思ってるんだけど」

「確かに、その方が良いですね。あそこに行かなくてもキスはできますし」

「泊まってる今ならなおさら、ねぇ」


 微笑む先輩を見て、思わずドキッとしてしまった。そうだ、今はいつでもキスができるという状況だったんだ。


 今日の夜も、帰ったらするのかな。寝る前にしたやつが今日のログボだったのかな。運営の私がわからなくてどうするって感じだけど、どうでもいいか。幸せだし。

ココは悪い子じゃないんです……。

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