51日目:シャルロット(前編)
海の日はバイトで会わないはずが……?
「しばらく泊めてほしいんだけど……」
学祭の翌日、海の日。時刻は夜の9時を回っている。
バイトを終えた私の元に、同じくバイトを終えた先輩がやってきた。以前に泊まりに来た時と同じリュックを背負って。
事前に連絡が無かったということは、何かのっぴきならない事情があるのだろう。
「しばらく、と言うと?」
「具体的にどのくらいかはわからないけど……」
随分と覇気がない。よっぽど辛い理由なのだろう。
明日も学校は休みで、その後に3日登校したら夏休みだ。しばらく泊まるというなら、数日間は先輩と一緒に起きて、そして一緒に登校することになる。
え、大丈夫かな。耐えられるかな、理性とか。
「お母さんに話してきます。少し待っていてください」
「うん」
玄関に先輩を待たせ、リビングで雑誌を読んでいるお母さんに経緯を話す。特にこれといって大きな反応はせず、何日でも泊まって良いよ、とだけ言った。
お母さんに感謝して、玄関に戻る。ドキドキしながら立って待っている先輩に、泊まっても良いと伝える。
瞬間、表情が明るくなった。可愛い。
「それでは、上がってください。散らかっていますが」
「あはぁ。本当に散らかってるのぉ?」
「実は今、本棚の整理をしていまして」
「それはタイミングが悪かったねぇ」
「いえ。お気になさらず」
階段を上って、先輩と一緒に部屋に入る。
「あ、お義母さんにご挨拶してくるね」
「わかりました」
先輩はリュックを置いて、階段を下りてリビングに向かった。この隙に、本を適当に避けておこう。
突然のイベント発生に、私の心臓はバクバクと鳴り続けている。今日は会えないはずだったし、尚更。
「ただいまぁ。お義母さん、相変わらずいい人だねぇ」
「寛容で過干渉しない人ですから」
「君のお母さんなだけはあるねぇ」
「……え、似てるってことですか?」
「うん」
初めて言われた。お母さんと私は、全く別の生き物って認識だったんだけど。
きっと先輩は、親に似ても似つかないんだろうな。
一応、来た時に比べると元気のある表情になってきたけど、家に居られない理由を訊いても良いのだろうか。少し逡巡したが、訊くことにした。
「どうして泊まりに来たのか、良ければ話してもらえますか」
「……えっとね、父親が久しぶりに家に戻ってきてね。知らない女と一緒に、しばらく家にいるって。それでね、そんな空間で過ごすなんて耐えられなくてね……」
暗い表情で、ポツポツと話す先輩。
久しぶりに先輩の親の話を聞いたけれど、本当にいい話は一つも無いのだろうか。どれだけ踏み込むのが平気になっても、この話題だけは触れられない。
「それは大変でしたね」
「うん……。ボクも同じ血が流れているんだって思うと、吐きそうになるよ」
「先輩は先輩ですよ。他の誰でもありません。親と子は別の生き物ですから」
「ありがとぉ」
俯く先輩をぎゅっと抱きしめる。
私が雨の日に元気がない時にしてくれたみたいに、少しでも先輩に元気を出してもらいたいから。
先輩の体が、小刻みに震え出す。声を押し殺して泣いている。もう少しだけ強く抱きしめ、頭を撫でる。
薄い胸では物足りないかもしれないし、先輩みたいにいい匂いもしないけど、私にできることを精一杯しよう。
「先輩。上手く言えないんですが、たまには泣いたり落ち込んだりしても良いと思いますよ」
「甘えちゃってもいい……?」
「勿論。先輩だから我慢しなきゃーとかありませんよ」
たった一歳違うだけで、親元から離れられない未成年ということに変わりはない。
先輩はいつも天真爛漫に明るく元気に振る舞っているけど、私の前では素でいてほしい。ふわふわした先輩も好きだけど、こうやって本心を吐露する先輩のことも好き。
抱くのをやめて、近い距離のままで会話を続ける。潤んだ瞳に、私が反射する。
「本当にありがとぉ。でも、連絡もしないで泊めてほしいなんて言ってごめんねぇ」
「なんの問題もありませんよ。因みに、私は何番目の候補でした?」
「一番目だねぇ。例えばニケの家は大家族だから申し訳ないし、アラの家に泊まるのはニケに申し訳ないし。センパイに頼むと禁煙させちゃうから気を遣うし」
「消去法ですか」
「あっ違うよぉ? あのね、ボクの家庭の話をできる人は君しかいないし……。君に会ったら少しは気分もよくなると思ったし、というかただ莎楼に会いたかっただけというか……?」
「最初からそう言えば可愛いのに」
「ふぇっ!?」
「ふふ。そういえば私もまだだったんですけど、一緒にお風呂に入りませんか?」
「は、入るぅ」
先輩のリュックに、何日分の着替えが入っているのかはわからない。でも、足りなくても家に取りに行くのは嫌だろう。
下着のサイズは確実に合わないけど、部屋着程度なら貸せる。洗濯もすれば、割となんとかなるんじゃないかな。
暑い日も続き、シャワーで済ませたくなることも増えてきたけれど、個人的には湯船に浸かりたい。なんとなくシャワーだと疲れが取れない気がして。
先輩はリュックから下着とルームウェアを取り出す。流石にモコモコのやつではなかった。
薄めの生地で、花火やスイカの模様が散りばめられたネイビーブルーの上下半袖セット。季節の変化を先輩の衣服で感じる夏。
「それでは、行きましょうか」
「うんっ」
手を繋いで、階段を下りる。こんな少しの移動時間にわざわざ手を繋ぐのは何故かと問われたら、好きだからとしか言いようがない。
リビングでくつろぐお母さんを横目で見つつ、お風呂場に入る。
先輩はコンタクトレンズを外し、服を脱ぐ。綺麗な体が、自宅の脱衣場であらわになる。それを眺める私の視線に気が付いたのか、先輩はイタズラに微笑む。
「なぁに、ボクの裸を見れて嬉しいのぉ?」
「……正直、嬉しいですね。綺麗なものを見るとテンションって上がるじゃないですか」
「は、恥ずかしいんだけど」
「今更、何を恥ずかしがるんですか」
私も服を脱ぎ終え、一緒に浴室に入る。夏なので、入浴後にさっぱりするという謳い文句の入浴剤を入れておいた。その深い青で満たされた湯船に一緒に浸かる。
まさか先輩が来るとは思っていなかったので、またお湯が溢れてしまった。
「気持ちいいねぇ。なんか既に清涼感があるよぉ」
「そうですね。初めて使ってみたけど、良い感じですね」
「……ねぇ。お風呂上がったらさ、もう少しだけボクの家族の話を聞いてもらってもいい?」
「私は構いませんが、先輩は大丈夫なんですか」
「うん。いつかは全部話そうと思ってたし。それに、おばあちゃんに会いに行く前に伝えておこうと思ってねぇ」
「わかりました。先輩の秘密、背負わせていただきます」
「あはぁ。そんなに気負わないでよぉ」
笑いながら、先輩は湯船から出る。それを合図に私も出る。
先輩はボディーソープとシャンプーの位置関係を記憶しているらしく、持参したスポンジにボディーソープを染み込ませ、慣れた手つきで泡立てる。
「背中、流しますね」
「なんか久しぶりだねぇ」
「そういえば、今月はまだ泊まっていませんでしたね」
ここ最近は学祭関係で多忙だったし、お泊まりイベントを開催する余裕が無かった。相当特別なことだと思っていたけど、個人的には頻繁に発生して良いとも思っている。
一緒に寝るのとかドキドキするけど、朝目が覚めた時の多幸感は他の追随を許さないし。
お互いの背中を洗い終え、お湯で流す。
そして、また先輩の洗髪を眺めてしまう。体も髪も綺麗で、見ているとドキドキが止まらなくなる。……あれ、やっぱり私も先輩と同じなのだろうか。下心のようか何かがあると悟られないように、急いで頭を洗う。
「前にボクの髪を褒めてくれたけどさ、君の髪もキレイだよ」
「そうですか?」
「うん。細くてサラサラで、ボクはすごい好き」
「ありがとうございます」
蛇口を捻り、先輩より先にシャンプーを洗い流す。
髪やその質を褒められたのは初めてだ。2年くらい前までは今の先輩くらい伸ばしていたけれど、毛先が傷みやすいからやめてしまった。いつかまた伸ばしてみようかな。
続いて先輩がシャンプーを流す。黒髪の上を滑り落ちていく白い泡を、なんとなくまた見つめてしまった。
「よし。それじゃお湯に浸かって、100数えたら上がろっか」
「毎回恒例なんですね、それ」
次回、遂に明かされる先輩の家族の話。




