50日目:学校祭二日目〜先輩の知らない物語〜
遂に50日目になりました。
学祭二日目。
今日も快晴、そして暑い。
今日は先輩のお化け姿を見ることと、50日目の記念ログボが目的。
ニケさんとアラさんのお化け姿も楽しみだ。ニケさんがミイラ的なやつなのは知ってるけど。
靴を履き替えて玄関を出ると、ちょうど先輩に出会った。
「おはよぉ」
「おはようございます、先輩」
「今日ってさ」
「わかってます。50日目ですよね」
「おぉー」
感心したのか、拍手をする先輩。そう何度も大事な節目を忘れたりはしない。
失敗をしないのは無理だけど、同じ失敗をしないように気をつけることはできる。
「今日は少し特別なログボを考えているので、学祭終了までお待ちください」
「はぁい。今日は一緒に回れないのかな?」
「そう、ですね。ココさんにお願いすればどうとでもなりそうですが」
しかし、あまり貸しを作りたくないというのが本音だ。
見返りを求めるようなことはしてこないとは思うけど、なんでも甘えるのは良くないだろう。
今日は、私がメイドの時に先輩はフリーで、先輩がお化けの時に私がフリー。
ライブのようなイベントも無いし、普通に終わりそうだ。
「それじゃ、行けそうだったらメイド喫茶に行くねぇ」
「はい。お待ちしております」
途中で別れ、それぞれの教室へ向かう。
今日は開祭式も無いし、あと一時間ほどで自動的に学祭が始まる。昨日は凄い盛り上がりだったし、きっと今日も沢山のお客さんが来るのだろう。
ヒアさんを超えるような、ビックリな人が来ると面白いけど。
メイド喫茶と化した教室に入り、皆に朝の挨拶をする。
ココさんからメイド服を受け取り、更衣室へ。
今日は更衣室に誰も居なかった。パパっと着替えて、すぐに更衣室を出る。あんなに恥ずかしかったメイド服も、今日でお別れと思うと少し寂しい。
先輩やヒアさんがとても褒めてくれたし、メイドさんという文化が根強い人気を誇るのも納得だ。そしてこんな完璧に可愛く仕立ててくれた杯さんも凄い。
教室に戻るのに、うっかり閉めてある方のドアから入ってしまった。先輩とキスをした、あのパーテーションの裏に繋がるドアだ。
「あっ」
「うぇっ!?」
そこでキスをしていたのは、昨日の私と先輩だけではなかった。
五十右さんと左々木さんが、メイド服姿でキスをしている。
そういう関係だったのか、とか、他人がキスしているのを目の前で見たのは初めてだな、とか、ココさん的にはどうなんだろう、とか色々考えた結果、私はその場で固まってしまった。
「固まるのは悪手でしょ、茶戸さん」
慌ててこちらに駆けてきた左々木さんが、勢いよくドアを閉めた。
「ご、ごめんなさい」
「いや、ウチらの方こそごめん」
「ど、どうしようシオリ」
「どうもしない。あんたも茶戸さんに謝って」
「ご、ごめんね」
「いえ、私は別に……。この事は他言しませんし、お気になさらず」
いや、気にしないのは無理か。でも、私が誰かに吹聴するようなキャラじゃないことは百も承知だろう。
「頼める立場じゃないけど、お願いしても良い?」
「なんでしょうか」
「ココには絶対に話さないで」
「ココさん含めて、誰にも言いませんよ」
「……ありがとう、信じる」
ココさんと五十右さんと左々木さんは、他人が立ち入れないような深い絆で結ばれている、と勝手に評していたけれど、仲良し同士でも付き合っていることをわざわざ話すことも無いか。
そもそも、付き合っているかはわからないけど。私だって、先輩と付き合っていないけどキスはしているわけだし。
「それでは、皆が居る方に戻りますね」
「いや、待って。もう少しだけウチらとお話しよう」
「すぐに戻ると怪しいからですか」
「それもある、けど。誤解を解いておきたい。セイナもなんか喋りなよ」
「えっと、セイナとシオリは付き合ってるわけじゃなくてね?」
「別に、お二人がどんな関係でも気にしませんよ。立ち入るつもりもありませんし」
ココさん風に言うなら、私はこの二人の物語の主人公ではない。助演女優賞を狙うつもりも無いけれど。
なんだかんだで、未だに私は他人に深入りしないスタンスを保てているらしく、何故か安堵した。
自分の世界に、自分が交流できる以上の登場人物を増やすのが苦手なのかもしれない。今の自分にとっての限界サイズまで、既に世界は膨張している。
「茶戸さんは、ココと真逆のスタンスなんだね」
「そうかもしれませんね」
というか、単純に陰と陽。
「セイナー、シオリー。あとクグルちゃんもいる?」
パーテーションの向こうから、私たちを呼ぶココさんの声が聞こえる。私たちの会話は聞こえていなかっただろうか。
「いるよ、茶戸さんもいる」
「そろそろこっちに集まってねー」
「わかったよ」
3人で一緒に、皆の居る方に集まる。
どうしてこの2人と私が一緒なのか、とか思われてそう。
「よーし。それじゃそろそろ始まるから、最終日も気合い入れていこー!」
「「「「「おー!」」」」」
マスターはこの掛け声には参加せず、黙々と珈琲とアップルパイの準備をしている。因みに昨日の売上は、普段の比ではなかったそうだ。恐るべき学祭効果。
「あれ、一番乗りかな」
「お帰りなさいませ、ご主人さ……まーちゃん……?」
『わたしもいるよ』
「無音さんまで!?」
「今ね、わたしは学校に通えていない子に勉強を教えたりしてるんだ」
「まーちゃんらしいね。まさか無音さんと知り合いだとは思わなかったけど」
「わたしも初めて聞いた時は驚いたよ、命の恩人だって言うし」
「恥ずかしいな……」
まーちゃんと無音さんを、窓際の席に案内する。
こうも連日、自分の知人が来ると驚きを隠せない。というかそんなに他校の学祭って遊びに行くものだろうか。
というかなんだろう、最終回なのかな。
「ご主人様は何かご注文なさいますか?」
『わたしはあっぷるぱい』
半年ほど前に会った時と同じく、無音さんはメモに書いてそれを見せるスタイル。どうやら、まだ声は出せないらしい。
それでも、私はあの時に確かに無音さんの声を聴いた。だから、今はそれで良いと思う。
「じゃあ、わたしもアップルパイ。あと珈琲もお願いしようかな」
「かしこまりました」
マスターに注文を伝え、2人の座る席に戻る。
ふと思ったけど、『今』の自分はほとんど先輩の影響を受けている。でも、まーちゃんや無音さんのように、過去に出会った人達も確かに『今』の自分を形成しているのではないだろうか。
出会いって凄いな。ほとんど誰とも親密にならず、深入りせず生きてきた私の過去にすら、こうやって沢山の人が居るんだ。
「メイドと写真撮影とかできますが」
「する! ナオちゃんは?」
『する』
昔、私のことが好きだったというまーちゃんと、ネトゲのフレンドの無音さん。この2人と、こうやって写真を撮る日が来るとは。
「なるほど。ご主人様のスマホで撮れば現像要らず、か」
「その代わり、注文してくださったご主人様は無料ですので」
「それは嬉しいね」
教室内を見渡すと、お客さんが増えている。昨日来ていた人が、他の人も誘って来てくれているらしい。これでVentiのいい宣伝にもなる。
なんだかんだで、学祭を楽しいと感じている自分に気がついた。そっか、楽しいんだ私。
来年は先輩が居ないけど、なんとかなるかな。
先輩が居ない世界でも、私の物語は続いていく。
でも、その物語に先輩が居てくれたら、それより嬉しいことはない。
※もちろん、最終回ではありません。




