4日目:病気的な彼女(前編)
体調を崩している女の子は、可愛いと可哀想が同居して最強。
月曜日。土曜日のデートの余韻が抜けず、相変わらず表情筋が緩みっぱなしのまま、朝を迎えた。
帰宅した私の顔を見て、お母さんが放った第一声は「軟体生物かと思った」だった。軟体生物に表情はないと思うが、それだけ柔らかく崩れていたということだろう。
日曜日は私がバイトの日だったので、先輩には会っていない。
というか、そもそも付き合うと言ったわけではないので、別に毎日会うわけではない。ログインボーナス実装から、昨日以外は全部会っているけど。
「軟体生物継続中じゃない」
降りてきた私に向かって、お母さんが冷静な指摘をする。おはようより先に言う言葉がそれでいいのか。
「良いでしょ、幸せなんだから」
「自慢?」
「自慢だよ」
今日の朝食は、ふりかけご飯と味噌汁、玉子焼きと鮭の塩焼き。和風な宿の朝食みたいだ。
半分ほど食べ進めたところで、食卓の上に置いていたスマホが振動した。誰からの電話だろう、と画面を見ると、表示されていたのは、先輩の名前だった。
「もしもし、どうしました?」
『もしもしぃ、今日ねぇ……ゴホッ、熱出ちゃってね、学校お休みするからぁ……』
「わ、わかりました。お大事にしてくださいね」
『ありがとぉ、元気になったらまた連絡するねぇ……』
小さく、弱々しい声だった。
あの先輩が、こんなにも弱っているのは珍しい。
頬を赤らめ、潤んだ瞳で咳をする先輩……。想像しただけで可愛い。私まで発熱してしまいそうだ。
先輩が休みということは、ログインボーナスも休みということになる。
最初に先輩と決めたルールに則れば、これでログボが途切れるということはない。ゲームならどんな理由であれ、途切れてまた一日目からやり直しだろうけど。
朝食を食べ終え、皿を下げる。
なんとも気乗りしない、週の始めとなってしまった。
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「……はっ?」
気が付くと、放課後だった。
いやいや、いくらなんでも放心し過ぎだろうと思われるかもしれないが、本当に記憶が無い。というか薄い。
今日もいつもと代わり映えのしない、退屈な授業だったなぁ程度の記憶はあるが、特筆するほどのことは何も無かった。
しかし、先輩との絡みがない、私個人の日常を描写したところで盛り上がりがないから、割愛されるのも仕方がないことだろう。
部活や委員会などと無縁の私は、特に何も学校に残る理由がないので、そそくさと帰る支度を始める。
「よかったー、まだ帰ってなくて。なぁ、ちょっといいか?」
「……? はい、なんでしょうか」
先輩と同学年の人が、教室で放心していた私に話しかけてきた。
何度か先輩と話しているのを見たことがある。
さっぱりとしたショートカットの髪と、健康的な日焼け肌に猫のような目。そしてちらりと覗く八重歯。確か女子陸上部のエースだったはず。
男女問わずモテると有名で、私のクラスにもファンが多数いる。
「あのさ、確かカサっちと仲良かったよな?」
「はい、一応」
カサっちというのは先輩のニックネームだ。一度、試しに呼んでみようかと思ったが、想像以上に恥ずかしくて断念した。
というか、私と先輩の仲が良いことは周知の事実なのか。そんなに学校内で一緒に行動した記憶がないけど。
まさか、デートしているのを目撃されたりしているのだろうか。先輩の言葉を借りるなら、『あれくらいは普通』だから、見られても特に問題はない。はず。
「今日もらったプリントをさ、あたしの代わりにカサっちに届けてほしいんだ。頼んでもいい?」
「はい、もちろん大丈夫です」
「サンキュー。それじゃ、よろしくな!」
先輩のお友だちは、颯爽と走り去ってしまった。陸上部のエースだからといって、廊下を走るのは良くないと思うけど。
とにかく、先輩に会う口実ができた。家は知っているが、お邪魔したことはない。なんだか緊張する。
預かったプリントを鞄にしまい、教室の時計を確認する。無駄に放心していたせいで、電車の時間が迫っていた。
私も廊下を走ることになり、陸上部のエースのことを責められなくなった。
風邪引いてるのにおうちデートと洒落込むつもりじゃないだろうな。