49日目:学校祭一日目〜ハイスクール・オブ・ロック〜
体育館で開かれるライブ。迸る青春。
「ライブには友だちが出るんですか?」
バター醤油味のフライドポテトを頬張る先輩に、唐揚げを食べながら質問する。
因みに、うちのクラスからは誰も出ない。いくら学祭のイベントといえど、実力と精神力が無いと出られないのだろう。
「そういうわけじゃないけど、最後だし見ようかなぁって」
「なるほど」
去年、初めての学祭だった私は、なんとなく体育館に行ってライブを見た。
スピーカーから発せられる割れ気味の音、ビリビリと床に伝わる振動、お世辞にも上手いとは言えない歌唱の数々。
学祭なんてこんなものか、と失望気味に感じたのを思い出した。今年はどうだろう。少なくとも、隣に先輩が居る時点で楽しいからなんとかなるかな。
歩き食いをしながら人混みをすり抜け、体育館に到着した。既に始まっているらしく、観客の歓声をかき消すほどの音がスピーカーから流れている。
一応、パイプ椅子が複数並べてあるけど、座っている人はほとんど居ない。
ステージ前に集まり、手や頭を振っている生徒たち。今演奏しているのは、男子四人組のグループ。女子に人気のイケメン達……だったかな、私にはよくわからない。女子のはずなのに。
「座って見よっかぁ」
「そうですね。立って見るほど好きな人達でもないですし」
ステージから見て、奥の方の椅子に並んで座る。
今歌われているのは、流行中の歌だ。テレビを見ていたら、音楽番組じゃなくても聴くレベルで流行っているやつ。
歌とか歌詞とか、ちゃんと理解できない私はやっぱり変なのだろうか。なんだか、損している気がする。
「ポテト食べるぅ?」
「あ、いただきます」
顔を近づけて、大きな声を出さないと聞こえない。
空気までもが震えている。ビリビリと体に音が当たる。
「ちょっと、ポテト持っててくれる?」
「トイレですか」
「そんな感じぃ」
演奏が終わり、生徒たちが万雷の拍手を送る。
スピーカーが沈黙した一瞬を狙ったのか、先輩は席を立った。
お言葉に甘えて、バター醤油味のフライドポテトを食べる。流石は購買の人気商品、先輩が買ったものなのに、ついつい進んでしまう。
ポテトと唐揚げを食べながら、ぼーっとステージの上を見ると、次のグループが準備を始めていた。
……え、ニケさん?
驚いて吹き出しそうになるのを堪えると、アラさんも居ることに気づいた。二人で一緒に楽器のセッティングをしている。おかしい、先輩は友だちが出るわけじゃないって言ってたのに。
『あーあー、テステス』
先輩がマイクテストを始めた。
「……って先輩!?」
危ない、口の中に唐揚げが入っていたら確実に飛び出していた。
まさか、先輩が歌うのか。ニケさんがベースでアラさんがドラムなのか。あ、先輩がギターを持ちだした。スリーピースバンドなんだね。そっか、今から三人で演奏するんだね。
それで遅くまで残っていたのか。きっと、たくさん練習したのだろう。
座っている場合じゃない。少しでも前に行かないと。
『えー、と。みんなニケが目当てかな?』
先輩の発言に、三年生たちが笑う。
自虐ネタとは珍しい、と思いつつ、そもそも前提として、先輩は自己評価が低めだったことを思い出した。大丈夫、私は先輩しか見てませんよ。
いや、それはそれでお二人に失礼か。難しいな。
『ボクが二人にわがままを言って、一緒にやってもらうことになったんだけど。更にわがままを言うとね、ある人のために歌うんだぁ』
チラ、と先輩と目が合った。多分。
さっきのグループの時と変わらず、三年生たちがステージ前に殺到する。陸上部らしき二年生と一年生も集まってきた。
客観的に見て三人とも美人だし、人気なのも頷ける。
『それじゃ、聴いてください。曲名は……ログインボーナスにしようかな』
今決めたのか。曲名を決めたということは、先輩が作ったオリジナルソングなのだろう。それを私のために歌うのか。
身に余る光栄すぎてやばい。一字一句聴き逃せない。
アラさんがリズムを取り、ドラムを叩く。
それに合わせて、先輩はギターを、ニケさんはベースを掻き鳴らす。すごい、ロックだ。勝手に、甘めな恋愛ソングを歌うとばかり思っていた。
『ボクのワガママで始まった君との毎日は
何かが足りなかったボクの人生を変えた』
『誰もボクのことなんて見ていないこの世界で
君だけがボクを見ていた
なんて、少しロマンティック過ぎるだろうか』
『キスをするのもためらって
もっと先に行くのはダメだって』
歌を理解するのが苦手な私にもわかる、これは私と先輩の話だ。
『動機は不純だった
君に愛されてみたいって
本音は矛盾していた
愛されなくてもいいって』
愛されたい先輩と、愛したことのない私。
家族構成とか祖母の存在とか、胸の大きさとか性格とか、何から何まで私と先輩は真逆なことばかりだった。
でも、ここまで仲良く過ごしてきたのは真実だ。逆でもなんでもない。
『でも、それでも言いたかったんだ
君のことが大好きだって』
大きく息継ぎ。
サビが来る。
『毎日キスをして
まるでログインボーナス
日々変わっていく君のことが
これからも変わらず好きだよ』
『だからこれからも
この代わり映えのない世界で
どうかボクのことを見続けていて』
歌い終えた先輩と、ニケさんがギターとベースをかき鳴らし、アラさんのドラムが演奏を締めた。
刹那の静寂を切り裂く、拍手と歓声。
私も拍手喝采したいけれど、唐揚げとポテトがそれを邪魔した。後で個人的に、かっこよかったと伝えよう。
笑顔で汗を流し、肩で息をしている先輩を眺めていると、今頃になって自分が泣いていることに気づいた。
先輩が戻ってくるまでに、涙を止めないと。そして、今の気持ちをちゃんと言語化しておかないと。
尊いしか言えないような、語彙力貧困なオタクになるわけにはいかない。
多分、手遅れだけど。
先輩の歌はオリジナルです。作曲は皆さんにお任せします。




