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49日目:学校祭一日目〜ご注文はメイドですか?〜(前編)

遂に始まる学校祭。

 いつもより早く登校したというのに、既に校内は生徒で溢れ返っていた。


 大きな話し声に笑い声、皆ハイテンションで浮き足立っている。夏特有の気温の高さと、生徒たちの熱気で蜃気楼でも見えるんじゃないかと不安になる。


 沢山の装飾が施された廊下を進み、自分の教室に入る。


 メイド担当の同級生たちは、もう着替えていた。男子たちは、メイド姿の男子を見て、笑いながら写真を撮っている。何が面白いのかわからないけど。


「おはようクグルちゃん。着替えてー」

「おはようございます。はい、着替えてきます」


 開会式ならぬ開祭式があるが、制服で出る必要は無いらしい。むしろ、どこのクラスが何をやるのかをアピールするいい機会なのかもしれない。


 ココさんからメイド服を受け取り、女子更衣室に向かう。


 基本的に更衣室は使用する学年が被らないため、三学年共用になっている。今日みたいな日はロッカーも足りないだろうし、脱いだ制服は自分の鞄に入れておこう。


 更衣室の扉を開けると、アラさんがニケさんを包帯でグルグル巻きにしている光景が目の前にあった。


 なるほど、ニケさんはミイラ女的な役なのか。


「おはよう、です」

「えっ、誰か入ってきたのか?」

「おはようございます。茶戸です」

「後輩ちゃんか、おはよ」


 目の部分までは覆っていないけど、後ろ向きになっていたからわからなかったようだ。


「お化け屋敷、見に行きますから」

「因みに、カサっちは前半お化け役だぞ」

「私も前半はメイドなので」

「なるほど、後半に一緒に回るのか。カサっちのこと、よろしくな」

「はい。……こちらこそ?」


 会話しながら着替えを済ませ、制服を鞄に入れて更衣室を出る。


 ニケさんに包帯を巻くアラさんの顔、すごく楽しそうだった。普段は無表情っぽいけど、やっぱりアラさんのことが好きなんだな、と再認識した。


 私も先輩と過ごしている時は、あんな風に楽しそうで無防備な顔をしていたりするのだろうか。


 教室に戻ると、糧近(かてちか)先生が教壇に立っていた。


 その周りに集まる女子たち。先生はやる気があるわけでも、学祭に対する熱意があるわけでもないけれど、女子人気が高い。30代の冴えない男性にしか見えないのに。


「そろそろ体育館に集合するぞ。メイド服を着てる奴はスカートの裾に気をつけろよ」


 先生の意外に優しい言葉を受け、皆が廊下に出る。

 男女に分かれて二列に並び、先生を先頭に体育館に向かう。


 後ろの(さかずき)さんが、私の肩を叩いて小さい声で話しかけてきた。


「もう少しで学祭本番だね」

「緊張しますね」

「でも、私の作ったメイド服たちが活躍するのが楽しみだよ」

「汚さないように気をつけますね」


 学祭が終わったら、メイド服はどうするんだろう。杯さんが持って帰るのだろうか。


 それとも、学校に保管するのだろうか。


 そんなことをぼんやりと考えていると、体育館に到着した。普通に制服姿の一年生を横目に、メイド服を着ていることが今頃になって恥ずかしくなってきた。


『えー、皆さん揃いましたか』


 60代の校長先生が登壇し、マイクを握り締める。往年の演歌歌手のようだ。


『これより第23回、練羽(ねりう)祭を開始する!』


 校長先生の合図を皮切りに、生徒たちが大きな声を轟かせる。


 まるで、ライブか何かのようだ。校長先生はあまり長い話をするタイプではないので、生徒からの信頼は厚い。


『今日と明日が楽しみな人も、そうでない人も、悔いのない2日間にするように。解散!!』


 大きな拍手と歓声に包まれ、校長先生は壇上を去った。


 悔いのない2日間にするように、か。待ちに待った今日という一日を、絶対に良いものにしよう。


 既に学祭は始まったので、急いで教室に戻り準備をする。


 メイド担当は、教室の前や校内で宣伝をしたりもする。私は教室の中で待機するように言われている。


 ココさんは大きくメイド喫茶と書かれた看板を持って、五十右さんと左々木さんを従えて出て行った。鬼の征伐にでも向かう勢いだ。


「遅くなりました……」

「あ、マスター。全然遅くないですよ」


 入れ替わるように、マスターが荷物を持って入ってきた。いつも通りのお店の制服を着ているけど、それがまたメイド喫茶との親和性を高めている。


「注文が入るかはわかりませんが……。いつでもアップルパイを焼けるようにと、珈琲を淹れられるようにはしておきます……」

「ありがとうございます。少なくとも、私とあの3人は注文するのが確定ですよ」

「あの3人……というのは、あの時のお客さんですね……?」

「そうです」


 マスターと会話をしながら、お客さんが来るのを待つ。


 いや、お客さんと言うのもおかしいか。でも生徒とは限らないし。学祭には、保護者だけではなく色々な人が来る。だからこそ、第二理科準備室の鍵を返さないといけなかった。


 とはいえ、基本的にあまり学校に(ゆかり)のない人は来ない。卒業生とか、別の高校の部活繋がりの人とかが主な来場者になる。


 だから、そんなに特殊な人が来ることはない。


「あれ、サドちゃん。メイドさんの指名とかできるの」

「ヒアさん……!?」

「どうしてそんなに驚くの」


 そうか、ヒアさんは卒業生か。それを差し引いても、学祭に遊びに来るようなタイプだとは思わなかった。


「えっと、取り敢えず席に」

「サドちゃん指名で」

「はい、かしこまりました。……ご主人様?」

「5千円くらい払うね」

「違います、そういう店ではありません」


 同級生たちがザワついている。


 それもそうか、クラスで目立つ方ではない私が、グレーっぽい色のショートウェーブヘアで、両耳合わせて12個のピアスをしている、パーカーとジャージ姿の女性と親しくしているのは違和感があるだろう。


「ごめん。サドちゃんが不良と仲良しと思われると困るよね」

「ヒアさんって不良なんですか?」

「髪が灰色でピアス沢山。どう見ても不良でしょ」

「私にとって、ヒアさんは優しくて素敵な女性です。先輩のセンパイですし」

「カサが惚れるわけだ」


 やれやれとでも言いたげな顔で、ヒアさんは私と一緒に席に座る。


 メニューを見ながら、メイド姿のクラスメート達のことも見ている。なんだろう、まさか品定めとかだろうか。なんて失礼か。


「あの、何か注文しますか?」

「メイドさんとなんらかのゲームとかできるの」

「一緒に撮影……とかはできますが、わざわざすることではありませんよね」

「する。値段は」

「料理を注文した方は、無料で撮影できます」

「アップルパイと珈琲。ブラックで」

「かしこまりました、ご主人様」


 注文を受けてマスターに伝えに行くなんて、バイトと同じことをしている。


 私が席を立つと、怖いもの知らずの男メイド達がヒアさんに群がった。学校に居ないタイプの美人だし、無理もないか。


 でも私は、先輩の方が好き。断言できる。


「サドちゃん。ご主人様が困ってるんだケド」

「すみません、ご主人様」

「私に話しかける度胸がある点は評価してもいい」

「ご主人様は、やはりモテるんですね」

「モテるだけじゃ意味が無い」


 そう呟き、右耳のピアスに触れる。


 本当に好きな人に出会わなければ、どれだけの人と付き合っても意味が無いってことだろうか。


 それなら、私はどれほど恵まれているのだろうか。ふと、先輩の笑顔が頭に浮かんだ。


 焼き上がったアップルパイと、珈琲をステンレスのお盆に乗せてメイド男子がやって来た。


 ヒアさんに少しでも近づきたいのだろうけど、どれだけ頑張ってもメイド服を着ている時点でカッコよくはない。


「ごゆっくり、お嬢様」

「サドちゃん、大発見だ」

「なんですか?」

「お嬢様より、ご主人様の方が興奮する」

「……そうですか」

「あ、引かれた」

「引いてはいませんよ、ご主人様」

「あれ。これ、Ventiのアップルパイだ」

「そうですよ。マスターが来てくださっているんです」

「カロも頑張ってるんだね」

「かろ?」

(くわえ)って名前だから、分解してカロ」

「なるほど」


 一口食べただけで分かるとは、さすが常連。


 それなりにお客さんも増えてきて、メイド不足になってきた。個人的な予想に反して、意外と女子生徒が多い。


 案外、男子は恥ずかしがって来れないのだろうか。メイドをやる方が恥ずかしいので、安心して来店してほしい。


「写真。撮ってもいい」

「はい、ではスマホをお借りしますね」


 自撮りという文化に不慣れな私のような人間のために、自撮りができる棒というものがこの世には存在する。


 これを開発した人は、実はこっち側の人間なのではないかと睨んでいる。どうでもいいけど。


「撮れたかな」

「はい、バッチリですよご主人様」

「そういう語尾のキャラみたいだね」

「あー! どうして莎楼とイチャついてるのぉ!?」


 突然、教室内に先輩がやって来た。


 お化け的なメイクはしていない、普通に制服姿の先輩だ。どうやら、もうお化け屋敷の担当は終わったらしい。明日は見れるだろうか。


「カサ。どうしても何も、私がご主人様になったから」

「先を越されたかぁ。……あ、メイドさん可愛いねぇ」

「ありがとうございます、先輩」

「露骨に嬉しそうな顔してる」

「え、そんなことありませんよ」

「これからカサと学祭デートでしょ。行ってきていいよ」

「良いんですか、ご主人様」

「うん。ご主人様からの最後の命令(オーダー)

「かしこまりました、ご主人様」


 メイド服のまま、先輩と一緒に教室を出る。


 先輩が来たらメイドは辞めていいとココさんから許しは得ている。そしてそれはクラスメート全員が承諾済み。いや怖いなあの人、全権掌握してるんじゃないか。


「適当に食べ物とか買ってさぁ、ライブ見ようよ」

「わかりました。食べ物の持ち込みって良いんでしたっけ」

「大丈夫だったはずだよぉ」


 先輩は私の手を繋ぎ、いつもの売店に向かい出した。


 今日は、いつも売っているパンやお弁当ではなく、フライドポテトや唐揚げなんかを売っている。


「先輩。今更ですが目立ちますね」

「ごめんねぇ、手繋いじゃって」


 先輩が慌てて手を離そうとするので、緩んだ左手を握り直す。


「いえ、私のメイド服が目立つなーという意味です。むしろ、手は繋いでいてもらわないと困ります」

「どうしてぇ?」

「やっと会えたのに、はぐれたりしたら嫌ですから」


 本当はただ繋ぎたいだけなんだけど、このくらいの言い訳をしないと顔が爆発しそうだった。


 顔が赤いことを指摘されたら、メイド服を着ていることの恥ずかしさと、人混みから発せられる熱のせいにしよう。

次回、青春な生徒たちのライブ。

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