番外編:七凪無音からの年賀状
ログボ実装の約4ヶ月前の話になります。
「あれ、私宛の年賀状だ」
最近は相手の住所がわからなくても、年賀状を送ることができるらしい。
私が承認をすると、その相手から年賀状が送られてくるそうだ。
年賀状を受け取るくらいなら、とフレンドからの年賀状依頼を承認したことを今思い出した。
ネトゲを通じて仲良くなった人は数多くいるけれど、リアルで会ったことは一度もない。
差出人は、住所や本名を書くのが任意らしいけど、この年賀状にはしっかりと書かれていた。
不行市漆黒町に住んでいる、七凪無音さんという人のようだ。まさかこの人も、私も不行市に住んでいるなんて思いもしなかっただろうな。
会いに行こうと思えば、すぐに行ける距離だ。
取り敢えず家の中に入り、何が書いてあるのかを読む。
『明けましておめでとうございます。
いつもお世話になっているナナカームです。
突然の年賀状、申し訳ありません。
実は私は、入院中のためログインができない状態が続いています。
どうしてもあなたに、それを伝えたかったのです。これが最後の連絡だと思います』
ナナカーム、といえばボイチャは絶対にできないと言っていた女の子だ。それ自体はそんなに珍しいことではないけど、メールアドレスの交換はしたから記憶に残っている。
メールで伝えてくれても良かったのに、と思いつつ、名前と住所を自然に私に伝えるために年賀状を選んだのか、と予想する。
確かに、ここ半年くらいは見かけていなかったけど、引退ではなく入院だったのか。
「返事、どうしようかな」
この住所に年賀状を送っても、入院しているなら読めないだろうし。
なんて悩んでいると、先輩から電話がかかってきた。
「はい、もしもし」
『もしもしぃ。あけましておめでとーぅ!』
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
『あはぁ。こちらこそよろしくって感じだよぉ』
たまに放課後にパフェを食べる程度の関係だけど、私は嫌いじゃない。
私が踏み込まないからなのか、先輩も深入りしてこないし。
「先輩、実はネトゲのフレンドから年賀状が届きまして」
『ボクも出せばよかったなぁ』
「電話であけおめでも良いじゃないですか」
『まぁ確かにそうだけどさぁ』
「それで相談なんですけど、この人に会いに行っても良いと思いますか」
『……男の人ぉ?』
少し低く、怪訝そうな声を出す先輩。いくら時代が進んでも、ネットで知り合った人と簡単に会っては行けないという通説が変わることはない。
「女の人です」
『むぅ。心配だから着いていこうかな』
「ありがとうございます。実は、この人は入院中のようなのですが、どの病院かわからなくて」
『不行市内の人なのぉ?』
「はい。漆黒町に住んでいるようです」
『それなら病院は絞れるよねぇ。大きいところに行ってみよっか』
「今からですか?」
『早い方がいいでしょ。ついでに初詣とか行こうよぉ』
「先輩がお暇なら、それで構いませんけど」
美人で人気のある先輩のことだから、てっきり誰かと初詣とか行くものだと思っていた。彼氏とか作らないのかな。
『漆黒町で待ち合わせにする?』
「そうしましょうか」
漆黒町には駅が無い。最寄り駅が私と同じ肆野なので、ここから歩いて行ける。先輩が電車でここまで来ることを考えると、少し遠いだろうけど。
電話を切り、着替えるために部屋に戻る。
先輩に元日から会えるなんて、少し嬉しい。こんな正月も、悪くないかもしれない。
―――――――――――――――――――――
20分くらい歩いただろうか。先輩を駅で待つという手もあったが、先に病院を特定しておこうと思い、漆黒町の病院を手当り次第に訪ねることにした。
不行市で2番目くらいに大きな病院、漆黒総合病院。
『ななくろ』と読むとはいえ、ちょっとダークな名前に見えるという点に目をつぶれば、お医者さんも看護師さんも優しくてとても良い病院だ。
昔、左腕を骨折した時にお世話になった。
病院内に入り、面会受付の担当のお姉さんに話しかける。
「すみません。この病院に、七凪無音という方は入院していますか」
「住所はわかりますか?」
「えっと、漆黒町三丁目の……」
お姉さんは、手元のファイルをバラバラと捲って確認する。
「はい、入院していますよ。では、こちらにお名前と住所を書いてください」
私の名前と住所を書くと、面会証と書かれた紙の入った、首下げのパスケースを渡された。
七凪無音さんは、三階の315号室に居るらしい。
「あ、いたいたぁ」
「先輩。早かったですね」
「あはぁ。裏技を使ったのだぁ」
裏技、とはなんだろう。もしタクシーとかを利用していたら、申し訳ないな。
先輩から、ほんのりお風呂上がりのような匂いがする。車の香水だろうか。やはり歳上の彼氏とかがいるのかもしれない。踏み込むつもりはないけど。
「では、行きましょうか」
「はーい」
エレベーターに乗り込み、三階のボタンを押す。
先輩と私しか乗っていないから、先輩から発せられるいい匂いが私に届く。シャンプーとか洗剤とかの匂いなのかな。
三階に到着し、315号室に入る。
先輩は待ってるねと言い、近くの椅子に座った。
『七凪無音』と名前が貼られている、カーテンが閉められたベッドの前に立つ。緊張する。
「こんにちは、七凪さん。年賀状のお礼を言いに来ました」
返事がない。もしかして不在だろうか。
勝手にカーテンを開けるわけにもいかないし、と悩んでいると、カーテンを開けて、小柄な女性が姿を見せた。
私より3歳年下だと前に言っていたけど、それよりも幼く見える。目がほとんど見えない長い前髪に、細い腕。口にはマスクをしている。
彼女は、メモ帳のようなものに何かを書き始めた。
書き終えたそれを私に見せる。
『もしかしてサドサローさん?』
彼女がボイスチャットを断り続けていたのは、もしかして喋ることができないからなのか。
入院理由と関係があるのかは不明だけど、そこまで深入りするつもりはない。
「はい、そうです」
『どうしてここがわかったの』
「漆黒町の病院を総当りしようと思いまして。たまたま一件目でヒットしただけです」
『わざわざありがとう』
メモでの会話になれているのか、書く速度が早い。
それでいて読み取れる綺麗さ。
「何故、私に年賀状を出したんですか。メールでも良かったのに」
『かたちにのこしたかった』
「なるほど、メールは消えてしまう可能性もありますもんね」
『うん』
「過去のチャットと照らし合わせた上で、失礼を承知で言いますが。まさか、遺書のつもりじゃないですよね」
彼女の、字を書く手が止まる。
他人に踏み込まないことを信条としている私的には、随分と珍しいことをしてしまった。
『いしょ、といわれたらそうかも』
「病気、悪いんですか……?」
『びょーきじゃない。じさつみすい』
「……メモ用紙を一枚と、ペンも貸してください」
七凪さんは、メモ帳から一枚破いて、さっきまで使っていたペンと一緒に渡してくれた。
この紙に、私の本名と住所、電話番号を書いて渡す。ペンも添えて。
『どうして』
「貴女がどうして死にたいのか、とか訊くつもりはありません。説教をするつもりも無いです」
『おこられるとおもった』
「何もわからない私が、怒る理由がありません」
『わるいことしたのに』
俯く彼女に、どんな言葉をかけるべきか逡巡する。
死んじゃダメ、とか生きていれば良いことがある、とか。そういう無責任な言葉を遣いたくはない。
「私、初めてだったんです」
七凪さんは首を傾げる。おかげで、目が少しだけ見えた。
私は小さく息を吸って、言葉を続ける。
「ネットで知り合った人に会うの。だから、また一緒に遊びましょうよ。『ナナカーム』さん」
『また、いっしょに?』
「知ってますか? 前に言ってた、ナナカームさんのお気に入りの武器が上方修正されましたよ。欲しいと言っていたフード付きのコスチュームも、来週実装されます」
『それは、うれしい』
「半年も離れていれば、ネトゲの中では沢山の変化があります」
コクコク、と七凪さんは頷く。
それでも、半年なら追いつけるはずだ。新規プレイヤーですらすぐに強くなれるのだから、元プレイヤーなら問題ないだろう。
「だから、死んでる場合ではありませんよ」
『それ、みかたをそせいするときのセリフだ』
「ふふ、笑ってくれましたね」
声は出さないけど、前髪の奥で目を細めて、口角を少し上げた笑顔。可愛らしい中学生だ。
「では、私はこれで。今度はゲームで会いましょう」
ベッドに背を向け、扉に向かって歩く。
「……あ、りが…………と」
マスクにこもった、掠れた小さな声が私の背中にぶつかった。
どういたしまして、と返事をするのは照れくさかったので、またね、と返した。
引き戸を開けて、病室を出る。と、先輩が目の前に立っていた。なんだか機嫌が良いようで、後ろに手を組んでニコニコしている。
「お待たせしました」
「お疲れ様ぁ。それじゃ、初詣に行こっか」
「どこの神社に行きます?」
「恋愛に強い神様がいるところが良いなぁ」
やっぱり、彼氏を作るつもりなのだろうか。それとも既にいるのだろうか。先輩なら、引く手数多だろう。
恋をしたことがない私には無縁の神様だけど、先輩の恋が実りますように、とでも祈ろうかな。
今年も先輩と後輩をよろしくお願いします。
 




