47日目:七夕、晴れ(前編)
七夕デートになります。
気温24.5℃。今年は少し暑くなるのが早い気がする。梅雨明け宣言もまだだけど、夏は待ってくれない。
今日は七夕。地域によっては8月のところもあるけど、不行市では7月7日が七夕祭りとなっている。
子どもたちが、お菓子を貰うために奔走する日でもある。ローソクなんて要らないだろうに、どうして掛け声はそのままなんだろう。
まぁ、中学生以上の人には特に関係の無い日だ。別にお祭りとか開かれるわけでもないし。
「おまたせぇ」
「お待ちしておりました、先輩」
戸毬駅で待っていた私の元に、織姫じゃ太刀打ちできないレベルで綺麗な先輩がやって来た。
首からカメラを下げ、蜘蛛の巣や十字架、よくわからない英語がプリントされている黒いパーカーに、赤いラインの入った黒いジャージを履いている。すごい、七夕要素が皆無だ。
「今日はいつもと雰囲気が違いますね。ロックというか」
「これはねぇ、センパイのお下がりなんだぁ」
「そう言われると納得です」
「フードをかぶるとねぇ、猫耳がついてるんだよぉ」
「めちゃくちゃ可愛いですね」
「ありがとぉ」
ヒアさんに猫耳は合わない気がするけど、案外ベストマッチだったりするのだろうか。
先輩はフードをとり、私の手を繋いだ。フードを被りながら歩くには少し暑いもんね。
「今日は七夕ですね」
「ということはぁ、今日のログボはお菓子?」
「お菓子といえば、七夕の日にお菓子を貰うのって他の地域では無いそうですよ」
「えっ!?」
「北海道と、富山県と石川県の一部のみの風習だそうです。なので、ローソクもらいという言葉すら伝わらないらしいですよ」
「急にウィキペディアみたいになったねぇ」
「この不行市で行われているのは何故なんでしょうね」
「不思議だねぇ」
以前に、ネトゲのチャットで七夕のお菓子の話をした時に、誰にも伝わらなかったのはいい思い出だ。それってハロウィンじゃないの、とかも言われた。
お菓子を貰う風習が無いと、短冊にお願いをぶら下げるくらいしかやることがない。いい地域で育ったなぁとしみじみ思う。
「今日はどこに行きましょうか。あとログボと」
「取り敢えずお昼を食べようよ。ログボは七夕に関係あるっぽいことがいいなぁ」
「短冊、織姫と彦星、お菓子……天の川……?」
「織姫と彦星みたいな、熱烈な一日を送ろうねぇ」
「毎日仕事もせずイチャついた結果、一年に一度しか会えないことになるのは御免です」
「あはぁ。ボクなら死んじゃうね」
「死なないでください」
もしも先輩が亡くなったりしたら、もっとちゃんと思いを伝えておけば良かったと後悔して、後を追ったりしちゃうかもしれない。
うわ、想像なのに気持ちが暗くなる。1日でも私より長生きしてもらわないと。
そんな話をしながら歩いていると、戸毬の街中に到着した。
日曜日なので、かなりの賑わいを見せている。まぁ、都会のそれと比較すると大したことはないのだろうけど。
「久しぶりにVentiに行きたいなぁ」
「では行きましょうか。そうそう、学祭でVentiの料理を出すことになったんですよ」
「すごいねぇ、素人じゃ太刀打ちできないよぉ」
「学祭で、そんなに出店ってありましたっけ」
「運動部とか出してた気がするなぁ。アキラの書いたプリント、明日読み直そっかぁ」
「そうですね。学祭に興味が無さすぎる私に問題がありますね」
自分のクラスがメイド喫茶をやることと、先輩のクラスがお化け屋敷をすることくらいしかわかっていない。
でも、それだけで自分には事足りる。
歩き始めて5分ほどで、Ventiに到着した。バイト先をデート先にすることに、もう抵抗が無い。元々、デートが先だったわけだし。
扉の横に笹の葉が飾られているのを見つつ、戸を開ける。チリンという鈴の音を合図に、マスターが出迎えてくださった。
「あれ……茶戸さんとカサさん。いらっしゃいませ」
「こんにちは」
「こんにちはぁ。あ、ボクはいつも通りのアップルパイセットで」
「私も同じものを」
「ふふ……デートの時は、いつもそれですね」
自分と先輩以外の人間がデートと言うと、なんだかくすぐったい。というか、女同士で食事に来ることをデートとは言わないはず。
え、だってこれくらい普通のことだよね、マスターは私たちが友だちとは違う関係だって思っているってことか。
「デートだなんて、そんな」
「あら、違いましたか……ふふ。取り敢えず、お好きな席へどうぞ」
座る前から注文を済ませた私たちは、いつも座る席に向かう……途中で、カウンター席の一番右端に座っている女性に話しかけられた。
グレーっぽい色のショートウェーブヘアで、両耳合わせて12個のピアスをしている、パーカーとジャージ姿のヒアさんに。
「デート先が喫茶店なんて、お洒落だね」
「センパイ、常連さんなのぉ?」
「週に一度来るのを常連と呼ぶなら」
「私、ここで働いているんですよ。でもお会いしたことないですよね」
「シフト教えてよ。サドちゃんの仕事着とか見たい」
「センパイ?」
「何。変な意味じゃないケド」
ヒアさんは、自分の座っていたところに千円札を一枚置いて、店を出た。その感じは、常連どころではない気がする。
「あれ……帰っちゃいましたか……」
マスターは、アップルパイのセットを二つ、私たちの前に置いた。甘い香りが湯気と一緒に立ち上っている。
その匂いを嗅ぐだけで、急激にお腹が空いた。
「お金だけ置いていきましたよ」
「いつもそんな感じです……。このお店を始める前から、少しだけ関わりがありまして」
その関わりというのは、12個のピアスと関係があるのだろうか。なんて、邪推は良くないか。
他人に深入りするのがあまり怖くなくなった途端に、なんだか好奇心が旺盛になってきている気がする。気をつけよう。
マスターは空になったお盆を持って、厨房へ消えた。
「それじゃ、いただきまーす」
「いただきます」
2人で手を合わせ、アップルパイにナイフを入れる。ザクザクという小気味いい音と、しっとり吸い付くリンゴ。何度食べても頼みたくなる味。
ほとんど無言で舌鼓を打っていると、マスターがピンク色とオレンジ色の紙を持って、照れくさそうに話しかけてきた。短冊だろうか。
「あの……良ければ、短冊書きませんか……」
「お店の外の笹の葉に飾るんですか?」
「一応、そのつもりです……」
「先輩も書きましょうよ」
「うん、いいよぉ」
私はオレンジ色の紙に、先輩はピンク色の紙に、それぞれお願いごとを書いた。これって、叶いますようにって気持ちで書くのだろうか。
子どもたちにとってのクリスマスや、初詣とかもそうだけど、お願いごとをするイベントって案外多い。
「書きました」
「なんて書いたのぉ?」
「『先輩とずっと一緒に居られますように』です」
「それはもう、愛の告白なんじゃない?」
「違います。先輩は?」
「『莎楼とずっと一緒にいられますように』だよぉ」
「それはもう、愛の告白なのでは?」
「あはぁ。ボクのはそうだよぉ」
久しぶりに、ストレートに告白されてしまった。そう、先輩は私のことがそういう意味で好き。
私も、先輩みたいに言葉にできたら良いのに。自分でも正体のわからない感情を、言葉にするのは難しい。
マスターは、私たちの書いた短冊を手に持って、店の外に出た。書いてから言うのもなんだけど、お客さんに見られるの恥ずかしいな。先輩の短冊に至っては、私の名前が書いてあるし。
「そういえば、今日はまだキスもしていませんでしたね」
「織姫と彦星には悪いけど、ボクは毎日ログボがもらえるんだもんねぇ」
「やはり、夢というのは叶える努力をしないといけませんね」
「どうしたのぉ、急に」
「先輩は、やっぱり凄いなって話です」
笑う先輩の唇に、キスをする。
織姫と彦星は、この幸せを一年に一度しか味わえないのか。自業自得とはいえ、可哀想だな。
後編は夜のお話。ところで、本当にお菓子を貰う文化はマイナーなんですか……?




