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41日目:六月の終わり(前編)

六月最終日。待ち侘びたデート。

「終わった……」


 日付が変わって日曜日、土曜日をほぼ丸ごとイベントに費やしたおかげで、なんとか間に合った。

 念の為、写真を撮っておこう。先輩に証拠として見せるために。


 時計を確認すると、駅で先輩と待ち合わせる時間まで、残り7時間となっていた。え、まずいまずい。流石に少しは寝ないと、先輩に変な心配をかけてしまう。


 所持品の整理も程々に、ログアウトする。

 急いで布団に潜り、6時間は寝れると自分に言い聞かせる。目覚まし時計を9時にセットし、目をつぶる。


 羊を数えるまでもなく、意識がログアウトした。


―――――――――――――――――――――


 目覚まし時計を止めて、時刻を確認する。よし、問題なく9時だ。余裕で10時に駅に着ける。


 カーテンを開けると、それなりに高く昇った陽が私の寝起きの目に刺さる。良かった、雨は降っていない。


 スマホを持って、一階に下りる。

 お母さんは既に出勤している時間だ。誰もいないリビングのソファに座り、特に意味もなくテレビの電源を入れる。


『おはようございます、今日は6月30日。6月も今日で終わりですね』


 ニュースキャスターが笑顔で喋るのを、ボーッと観る。今日のデート、どの服を着よう。今日は新しい服を買うかもしれないし、前に着たやつで良いかな。


『今日の占い、最下位なのは……ごめんなさい、ふたご座の皆さんです!』

「最下位か……」


 普段は気にしないけど、デートの日だと気になってしまう。テレビなんて観なければ良かった。


『ラッキーアイテムは傘です』


 晴天なのに、傘を持つわけにもいかない。まぁ信じていないし、そんなことに踊らされないけど。

 ところで、信じてはいないけど、やぎ座は何位だったのだろうか。


 テレビを消して、洗面所に向かう。


 そういえば、もう歯磨き粉が無くなりそうだったんだ。今日のデート中に買うのは、あまりに風情がないだろうか。

 先輩なら、特に気にはしないだろうけど。頭の片隅に置いておこう。


 洗顔フォームの泡を手の中で育てながら、鏡の中の自分のニヤけた顔を一瞥する。そんなに楽しみですか、私。


 いや、そりゃそうだ。ネトゲのイベント完走なんかの比ではない。早く先輩に会いたいな。


―――――――――――――――――――――


 自分の最寄り駅の一つ前、参反(さんたん)駅の塗装の剥げた木のベンチで先輩を待つ。


 初めて来たけど、驚くほど何も無い。元々、不行(いかず)市自体がそんなに栄えているわけではないのもあるけど。田舎と言うと地方民に怒られるけど、都会と言うには驕りが過ぎるという中途半端な感じ。


 ほとんど雲のない青空の中、カラスが2羽飛んでいるのを見ていると、電車がやってきた。


 先輩が降りてくると思ってワクワクしていると、2、3人知らない人が降りてきただけだった。


「あれ……?」


 なんとなくスマホを確認する。時間も日付けも、全てが予定通り。寝坊したのかな、次の電車で来るかな。


 電話してみようかと思ったけど、これくらいなら連絡するほどのことでもないと自分に言い聞かせる。待ち遠しすぎて、時間が長く感じるだけだ。ただの錯覚。


 出発する電車を見送り、ベンチに深くもたれる。

 自動販売機も置いてない、誰も人がいないホームを見渡す。

 1人で過ごすことが苦痛になるなんて、思ってもいなかった。


 少しずつ昼に近付く朝の空気を肺いっぱいに吸い込み、ゆっくりと吐き出す。


 そんな意味の無いことを繰り返している内に、また電車がホームに入ってきた。が、誰も降りることはなかった。

 本当にここに住んでいる人くらいしか利用してないんだな、なんて思いながら、でも先輩は乗ってくるはずでしょ、と心の中で愚痴る。


 すっかり太陽が真上に昇り、あれから何度も電車を見送ったけど先輩は来ない。スマホが振動することもない。


 何度か電話をしてみたが、繋がらない。まさか忘れている、なんてことはないだろうし、もしかして何かあったのだろうか。連絡できないほどの事故や事件に巻き込まれていたり、病気なんかだったりしたらどうしよう。


 誰も居ない駅のホームで、ひたすらに不安に苛まれる。信じてはいない朝の占いが脳裏を過ぎる。本当に最下位って感じだ。


「傘、持ってくれば良かったかな」


 ふたご座の人以外には伝わらない独り言が、自然と口から漏れる。朝ごはん食べなかったし、お腹空いたな。


 孤独、空腹、不安。色々な感情がごちゃごちゃになって、なんかもうよくわかんなくなって、勝手に涙が出てきた。

 最近、表情筋だけではなく、涙腺まで緩くなっている気がする。


 また電車が来たけれど、もう期待していない自分がいる。目の前の電車が運んでいるのは、ただの他人と空気なのだろう。


「く、莎楼ぅー!」

「先、輩」


 そんな風に思っていたら、勢いよく先輩が降りてきた。

 持っていた手提げ鞄を振り落とし、ベンチから立ち上がった私に抱き着く。


「ごめんねぇ、本当にごめんねぇ」

「良いんです、来てくれただけでオールオッケーです」

「あのね、スマホが壊れちゃってね。アラームも鳴らないし電話もできなくてね……」

「泣かないでくださいよ」


 さっきまで泣いていた私が言うことでもないけど。

 あと、誰もいないとはいえ、早めに鞄を拾った方が良いと思う。


「お詫びに、今日のお昼はおごるからぁ」

「別に良いですよ、そんなに気にしなくても」


 先輩のごめんねホールドから脱して、鞄を拾い上げる。

 見た目は汚れていないけど、一応手で数回払っておく。


「ありがとぉ」

「大事にしてくださいね」

「うん。さて、まずはお昼にしよっかぁ」

「知らない町で、新たなお店を開拓するのも楽しいですよね」

「うんうん」


 手を繋いで駅を出ると、知らない町並みが目に飛び込んできた。すぐ隣にある町なのに、なんだか新鮮だ。


「先輩、今日の占いで私は最下位だったんです」

「へぇ、因みにボクは何位だったぁ?」

「ボーッと観ていたので、最下位しかわからなくて」

「そっかぁ」

「でも、先輩の方が最下位っぽいですね」

「いやいや、1人で待ち続けてくれた君の方がつらかったでしょ……?」

「来てくれるって、信じていましたから」


 不安で心配だったのは否定しないけど。


 でも、先輩の顔を見て、言葉を交わして手を繋ぐだけで、そんな少し前の暗い気持ちは、既に過去のものになっていた。


「最下位の君の、ラッキーアイテムはなんだったのぉ?」

「カサ、でした」

「今日は天気いいし、それはちょっと合わないよねぇ」

「いえ。そのラッキーアイテムは、今私の手に握られていますよ?」


 きょとん、とした顔をして、数秒後に照れ出す先輩。


 ラッキーアイテムというかラッキーパーソンだけど、そこは大目に見てもらおう。

次回、参反町でデート。

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