39日目/40日目:ツーデイズ③
久しぶりの2日分まとめです。
39日目:木曜日
「今回ばかりは君が悪いんだからぁ」
いつも通り、ログボのために第二理科準備室に来ると、先輩が頬を膨らませて座っていた。
「昨日の電話のことですか」
「本当に肩がこるからハンディマッサージ機を使ってるだけなのにぃ」
「すみません。脳内で『先輩・マッサージ機・故障』で検索すると、なんかヒットしちゃいまして」
「ボクは道具は使わない派だから。覚えておいて?」
「そんなこと覚えるくらいなら、英単語の一つでも記憶します」
「久々にツンツンしてるぅ」
この前のおなちゅーもそうだけど、先輩が言うと別の意味に聞こえてしまう。先輩の日頃の行いや言動のせいだ、決して私がいやらしいことを考えているわけではない。
先輩は立ち上がり、私の前で体を左右に振る。メトロノームの真似だろうか。
「それでは、今日のログボを」
「お願いしまぁす」
目を閉じる先輩の唇を、人差し指と親指で挟む。おお、すごく柔らかい。
もう片方の手でも摘んでみよう。両手でむにむにする。
「おお……」
「ふぁ、ふぁにするのぉ」
「すみません、なんかさわりたくなって」
むにむにした唇に、唇を重ねる。
調理前にステーキ肉を揉んで柔らかくするのと同じように、唇にも変化が起きて……いない。そもそも肉を揉むと柔らかくなるというのを信じていない。柔らかくするには漬けるのが一番。
「ふぅ。まさか、唇をむにむにされるとは思いもしなかったよぉ」
「すみません、そこに唇があったので」
「いつでもあるよぉ?」
両手の人差し指をクルクルと回す先輩。たまにやるけど、それは一体どういうアクションなんだろう。ただの癖なのかな、でも昔はやってなかったような気がする。
「さて。今日はバイトなんですけど、先輩のご予定は?」
「今日はボクもバイトに行こうかなぁ。で、明日は学祭準備だね」
「通話はします?」
「うーん。魅力的な提案だけどぉ、今日はやめておこうかな」
「わかりました」
そうなると、今日はもうこれで終わりということになる。
朝にキスするだけでログボが終わり、というのは久しぶりな気がする。元々そういう趣旨だったわけだけど、なんか寂しい。
「それじゃあ、また明日ねぇ」
「はい、また明日」
授業を受けて、バイトに行って、夜にネトゲをする。
こんなの日常茶飯事だったはずなのに、もう物足りなく感じている。恐るべし、先輩の影響力。
40日目:金曜日
「今日で、1ヶ月目から更に10日が経過したわけですね」
「もうそんなに経ったんだねぇ」
放課後。学祭準備を終えた先輩と、手を繋いで駅に向かう。
先に帰っても良かったけど、ついでにクラスの準備を手伝ったりしながら待っていた。
杯さんが作ったホワイトブリムを頭に着けたりもした。メイドさんが頭に着けてるアレ、程度の認識だったので、ブリムという名前なのを今日初めて知った。
「逆に私は、まだそんなもんかって感じです」
「確かに、9ヶ月くらい過ぎてるって言われても納得しちゃいそうになるもんねぇ」
「なんですか、その具体的な数字は……」
40日目、といっても、特にこれといった特別なログボは無い。朝にキスをしたので終わりだ。と思う。
「ねぇ、駅に行く前にさぁ、コンビニに寄ってもいい?」
「良いですよ」
学校と駅の間くらいの位置にあるコンビニに、一緒に入店する。学生と、午後5時に仕事が終わるタイプのスーツ姿の社会人がチラホラいる。
新商品、と大きく書かれたポップを横目で見ながら、先輩はスイーツのコーナーで悩み始めた。
「うーん……いつものロールケーキにするべきか、新商品のプリンにするべきか……」
「では、これを40日目の記念品にしましょう」
ある意味で、本物のログボっぽい。
プリンの方が10円高かったので、これを2つ持ってレジに並ぶ。先輩はロールケーキを2つ持って、私の後ろに並んだ。
「どうしてプリン2つなのぉ?」
「私も食べるからです。そういう先輩こそ、どうしてロールケーキ2つなんですか」
「1個は君にあげようと思って」
それだと私がプリンを買う意味が薄れるのでは、と思ったけど、先輩が幸せそうに微笑んでいるので気にしないことにした。
会計を済ませ、店の前のベンチに座り、プリンとロールケーキを交換する。
「ここで食べます?」
「時間は大丈夫だっけ」
「まだ余裕はありますね」
「それじゃ、プリンだけ食べようかなぁ」
プリンとプラスチックのスプーンを2つ取り出し、1つを先輩に手渡す。
「これ、ログボってことにしてください」
「あはぁ。じゃあこのロールケーキは、運営への課金ってことで」
ロールケーキを受け取り、ビニール袋にしまう。
プリンの蓋を開けて、一緒にいただきますをした。
「美味しいですね。流石は新商品」
「とろける系だねぇ。生クリームとカラメルが合う感じ」
「あっという間に食べ終わってしまいますね」
「夕飯前だし、丁度良かったかもねぇ」
「あ、先輩。ゴミ貰いますよ」
「ありがとぉ」
ロールケーキを鞄に移し、空いたビニール袋にゴミを入れる。店内のゴミ箱に捨てても良いけど、なんとなく苦手。
先輩にお願いして、捨てに行ってもらえば良かったかな。
「さて、では駅に向かいますか」
「そうだねぇ」
「今日の夜はどうですか」
「それは大人なお誘い……?」
「そんなわけないじゃないですか」
「今日はねぇ、もう少しで本が読み終わるから、集中して頑張るのだぁ」
「では、今日はこれで終わりですね」
「なぁに、物足りないのぉ?」
にやにやしながら、冗談っぽく言う先輩。
全く、私の気持ちをわかっているんだかいないんだか。まぁ、思っていることは言葉にしないと伝わらない。
「そうですよ、物足りないんです。平日ですし、仕方ないですけど」
「かっ……かわいい……」
「日曜日のデート、期待してますからね」
「うん、ボクも楽しみにしてるぅ」
日曜日は、6月最終日だ。明日中にイベントを走り終えて、服とか心とかの準備を済ませなくては。
駅に到着し、まばらな人の中に混ざり、あと5分ほどで来る電車を静かに待つ。
無言だけど、先輩の左手が私の右手を侵食している。すりすりと撫でられ、次第に絡む指。同じ学校の人たちに見られていることなんてお構いなしだ。
そして、にやけるのを必死に堪えながら、心臓をバクバクさせている私のことも、やっぱりお構いなしだ。
次回、6月最終日にしてデート。




