38日目:コール・ミー・ライブ②
ネトゲとかよくわかんないよ!という方、すみません。
「今日と明日はバイトぉ?」
「はい。学祭準備はしばらく大丈夫そうなので」
昼休み、第二理科準備室。
小雨がしとしと降っているせいで、空気が重く感じる。
もう少しで梅雨明け、とか思っていたけど、7月の真ん中くらいまで梅雨って明けないよね。
不行市は元々降水量が多いから、どこまでが梅雨なのかわからなくなる。
けど、そんなに雨の勢いがないだけマシか。本気で梅雨から逃れるには、北海道に行くしかないわけだし。
「そっかぁ。三年生は大忙しだよぉ」
「そうですよね。私も来年は大変かも」
「来年かぁ。進路どうしよ」
「考えてないんですか?」
「うん。特に夢とか目標がなくてねぇ」
「コスプレイヤーになるのは?」
「そんな生半可な気持ちで入れる世界じゃないよぉ」
先輩なら、有名なコスプレイヤーになるのは難しくないと思うけど。
でも、色々な人が先輩の魅力を知って、自分から遠い存在になるのは怖い。ログボが無くなったら、先輩と私を繋ぐものも無くなってしまう気がして。
「私も将来のこととか考えていないので、あまり言えませんけどね」
「ボクとの将来については考えておいてねぇ」
「……それは考えてますよ」
「えっ!?」
「え、なんですか。当然じゃないですか」
顔を真っ赤にして、首を左右に振る先輩。
単純に、卒業後もこの関係を続けられるのか、とか考えているだけで、ラブな感じのことを考えているわけではない。
先輩にとって、都合のいい誤解をさせてしまっただろうか。
購買で買ったパンを食べ終え、ゴミ箱に空き袋を捨てる。ここのゴミは回収されるのか心配していたけど、空っぽになっている。理科の先生が捨ててくれているのだろうか。
「卒業してもさ、こうやって会ったりして、ログインボーナスをくれたりするのぉ?」
「それは先輩次第ですかね」
「ボク次第、かぁ。運営が続けてくれるなら、これからもお願いしたいけどなぁ」
「そういうことは、冬になってから考えましょう」
進路の方を真剣に考えてもらいたいけど、私が口出すことじゃない。
進学するにしても就職するにしても、まだ6月だし慌てなくても良いだろう。先輩は三年生だし、そういうわけにもいかないのかもしれないけど。
でも、きっと先輩は今の家を出ていくだろう。そうなった時に、どこに引っ越すのかは早めに知りたい。職場の近くとか、大学の近くとかで決めるのだろうか。
「大学といえば、センパイの通ってる大学に行くのもアリだなぁ」
「そうなると、その時にはヒアさんは三年生ですね」
「そうだねぇ。一緒に通いたいわけじゃないけど」
「てっきり、ヒアさんとキャンパスライフを謳歌したいのかと」
ヒアさんがまだこの学校に通っていた頃、どのくらい仲が良かったのかは知らない。けど、きっと信頼し合う仲なんだと思う。
私が介入できない関係、と形容すると嫉妬しているみたいで嫌だけど。
「どうせならぁ、君と一緒に……いや、それは違うね」
「何が違うんですか」
「君の将来とか未来を、ボクが決めたり縛ったりするのは違うかなぁって」
将来とか未来を、決めたり縛ったりするのが恋というものなんじゃないか、と思っていたけど違うらしい。
わかったつもりになっていた恋という感情が、また遠のいていく感覚。こういう人でいて欲しい、こういうことをして欲しい、と願うのも違うのかな。
「嫌なことは嫌だとはっきり言うので、先輩はどんどんワガママを言ってください」
「あはぁ。結構言ってるつもりなんだけどねぇ」
先輩が微笑むのとほぼ同時に、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
「わっ、早く戻らないと」
「えっと、今日の夜も電話していい?」
「はい。大丈夫ですよ」
「やったぁ」
ゆるく笑う先輩を見て、早く夜にならないかな、と思った。
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「まさか、またバイト先にココさんが来るとは……」
夜。用事を全て済ませて、パソコンの電源を入れながら独り言を呟く。
全ての秘密を知られているわけではないけど、かなり踏み込まれている気がする。
あまり良い気はしないけど、別に悪人でもないんだろうしなぁ。むしろ、クラスの輪に入っていない私にも分け隔てなく接してくれるので、いい人の部類だと思う。
ログインをして、職と装備を変更する。支援特化も悪くはなかったけど、火力特化の方が時短になるかもしれない。
火力は全てを解決する。
現時点でゲーム内の最大火力が出る剣と、回復アイテムを自動で使うスキルを組み合わせる。ラグが強い時とか多段ダメージだと厳しいけど、これならソロでもギリギリ周回可能レベル。
クエストを受注すると、先輩から電話がかかってきた。監視カメラか何かで見ているのだろうか。それとも本当に思考が読めるのか。
「もしもし。今日もタイミングばっちりです」
『よかったぁ。それじゃ、今日も寝るまでよろしくぅ』
「いや、そこは寝る前に通話を切るように努力してください」
また寝息を聞けるのは悪くないけど、普通に先輩のことが心配になる。寝落ち通話をした結果、スマホが熱を持って爆発した海外のニュースを観たことがあるし。
『昨日も学祭準備の後にゲームしたのぉ?』
「しましたよ。寸暇を惜しんで周回しないと、週末に先輩と遊べませんし」
『ふへ、ふぇっへへへ』
「どこに行きたいとか、ありますか」
『遠いところ……は最近行きすぎだし、お家デートもしたし。かといって近場は行き尽くしたし……?』
「別にどこでも構いませんよ。行きたいなーってところで」
クエストが開始したので、積極的にヘイトを稼ぐために前線に出る。そんな自分を支援をしてくれる人に、周囲に聞こえる感謝を述べる。
支援職をやったことのある人ならわかると思うけど、野良の人に感謝されると嬉しいものなのだ。自分がされて嬉しいことは人にもしよう、って先輩にも前に言われたな。
『じゃあ、一緒にお買い物したい』
「言われてみると、そういうデートってほとんどしたことがありませんね」
『服とか見て、どっちの方が似合うーとかやりたいなぁ』
「ふふ、良いですねそれ。壱津羽か戸毬辺りに行きます?」
『どうしようかなぁ。参反とかは行ったことないよね』
「そこで降りたことはないです」
参反町。
参反駅は戸毬駅と肆野駅の間にある。わざわざ降りる理由もないし、これといった特別な何かがあるわけでもない。よくある普通の町だ。
『定期区間内で、降りたことがない駅で降りて散策とか。楽しそうじゃない?』
「良いですね。では、そうしましょう」
クエストをクリアし、所持コインを数える。お、今日はドロップ率が高い。
今日は先輩と一緒に寝ようかな。電話越しだけど。
『もし日曜に間に合いそうになかったら、気にせずゲームを優先してねぇ』
「はい、変な気を遣わせるわけにもいきませんし」
絶対に間に合わせるけど。仮に間に合わなくても、昔の自分ならわからないけど、今の私なら間違いなく先輩を優先する。
イベントを完走する、先輩とデートもする。両方やらないといけないのが運営の難しいところだ。しかし覚悟はできてる。
『そうそう、間違い晒しなんだけど、第二章まで読み終わったよぉ』
「おお、早いですね」
『君がイベントを間に合わせようとしているように、ボクもデートの日までに読み終えたいなぁって思ってるのだぁ』
「滅多に読書しないって言ってたのに……可愛い」
『なにが可愛いのぉ?』
「いえ、お気になさらず」
『最近、君の言葉が丸くなってきたなぁって思うんだけど』
「そうですか?」
敬語に丸さなんて無いと思うけど。どこら辺が丸いんだろう。たまに敬語が抜けることもあるけれど、そういうところだろうか。
『パッと例が思いつかないんだけどぉ』
「自覚がありませんでした。多分、先輩相手だと気が抜けてしまうんですね」
『いつか、敬語抜きで話してほしいなぁ』
「ふふ、そんな日がいつか来るかもしれませんね」
それから、一昨日と同じように取り留めのない話をした。すぐにネタが尽きるかと思ったけど、1日空いただけで話すことが沢山あった。
ニケさんとアラさんもお化け役をやるとか、最近自炊の頻度が増えたとか、先輩のお気に入りのマッサージ機が壊れたとか。
いや、本当にマッサージ機の話はどうリアクションしていいのかわからなかった。先輩は胸が大きいし、肩もこるのだろう。そうだ、そうに違いない。
『ふぁ。そろそろ寝ようかなぁ』
「0時も回りましたしね。私も寝ます」
『それじゃ、おやすみぃ』
「あ、待ってください。やっぱり眠れなくなったら困るので訊きます。マッサージ機ってどうして壊れたんですか」
『……やらしぃ』
「ちょ、またその捨て台詞で切るつもりですか。待ってくださ」
切れた。逃げられた。結局、気になって寝れなくなることになった。いや、寝るけどね。そんなことで惑わされない。
日曜日のデートで、新しいマッサージ機を買ってあげようかな。一般的なお店に売ってると良いけど。
先輩のセンパイが主人公のスピンオフ的なものを書いたので、もしよろしければ読んでみてください。下部にリンクがあります。




