37日目:学校祭準備③
後輩ちゃん大忙し。
朝、目が覚めて最初に聞こえたのは、鳥のさえずりでもお母さんの声でもなく、先輩の寝息だった。
敢えて通話を切らずにそのままにしておいたので、確信的な犯行であることは認める。
「おはようございます、先輩」
小声で電話口に囁いてみたが、心地の良い寝息しか返ってこない。本当に眠りが深いんだなぁ。ここから起きて学校に行けるのが不思議なくらいだ。……え、行けるよね。まさか夜更かししたから寝坊するとかないよね。
「先輩、起きてください」
『あれぇ……なんか莎楼の声がきこえるぅ……夢かぁ……』
「現実です。ほら、いわゆる寝落ち通話をしたわけですよ」
『うぁ……え、繋いだままだったんだねぇ』
「それはまぁ、私が先輩の寝息を聞いていたかったからですけど」
『……なんか、やらしぃ』
とんでもない誤解をされたところで、通話を切られた。
別にやらしくはないでしょ。可愛い寝息だったんだもん。
随分と熱を持っているスマホを持って、一階に下りる。
「おはよう」
「おはよう。通話は切ってから寝た方がいいわよ」
「なっ、んでそれを?」
「なんか声が聴こえたから。気持ちはわかるけど、スマホが熱くなるから気をつけて」
そう言って、お母さんは食卓に朝ごはんを置いた。
今日のメニューは、ご飯と卵焼きと冷凍の唐揚げ三つ。食べながら、窓から外を見る。今日も晴れだ。
バイトが休みだから、学祭準備に参加しないと。帰ってきたら夕飯とお風呂を済ませて、コイン集めの続き。
そういえば、先輩に貸す『間違い晒し』を鞄に入れ忘れていた。食べ終わったら部屋に戻ろう。
「ごちそうさまでした」
食器を下げ、部屋に向かう。
今日、先輩に会ったらまずはなんて言おう。やらしいのは先輩でしょ、とか試しに言ってみようかな。なんて。
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「やらしいのは先輩でしょ」
「えっ!?」
第二理科準備室で、電話が切れる前の発言にツッコミを入れてみた。想像以上に衝撃を受けて慌てる先輩。可愛い。
「電話を切らずに寝た先輩が悪いと思います」
「うぅー、ごめんねぇ」
「いえ、別に謝らなくても。あ、これどうぞ」
「ありがとぉ」
間違い晒しを手渡すと、早速先輩は鞄にしまった。
「さて、それでは今日のログボを」
「お願いしまぁす」
「なんで舌を出してるんですか」
「絡めたいからだよ?」
「当たり前じゃん、みたいな顔で言わないでください……」
抱き寄せて、先輩の舌を唇で挟む。こういうキスをするのは久しぶりだな、なんて考えている余裕はない。
小さく吐息のような声が漏れる。
「なんかぁ、やらしぃキスだったねぇ」
「そういうこと言うなら、もうしませんよ」
「BANはやめてぇ」
先輩が消滅したら、このゲームは終了してしまうので、そんなことはありえないんだけど。
「今日は学祭準備に残ります」
「ボクも残るかなぁ。で、帰ったら本を読む!」
「やる気満々ですね」
「早く語り合いたいからねぇ」
パチッ、っとウィンクをする先輩。長いまつ毛の躍動感がすごい。可愛い人が可愛いことをやると可愛いという理論が確信に変わる。
「それでは、えっと」
「また放課後、かなぁ。一緒に帰ろ?」
「はい。では、また放課後に」
第二理科準備室を後にして、先輩に手を振る。
そういえば、今日は電話はしないのだろうか。本を読むと言っていたし、多分しないんだろう。
ちょっと寂しいな。
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放課後。相変わらず、授業中のことはあまり覚えていない。
今更ながらテスト返却とかもあったけど、思ったほど点数は上がらなかった。先輩断ちをするのは逆効果だったろうか。
「クグルちゃーん。今日は衣装合わせするよー」
ココさんと杯さんが、メイド服を持ってニコニコしている。もう完成したのか。
「結局、ココさんはメイドをやるんですか」
「んー。一応やるつもり」
「他には誰がやるんですか」
「名前を言ってもわかんないでしょー」
「わかりますよ、クラスメートの名前くらい」
そんなに他人に関心がないように見えているのだろうか。
確かに、ほとんどの人とは差し障りのない会話しかしていないし、皆から『茶戸さん』って呼ばれていることからも、親密度が底辺なのは理解している。
「そんなことはどーでもいいんだよ。ほら、着替えて着替えて」
「ここで、ですか」
「私たちが壁になるからさー。男子はいないし、入ってこさせないから」
仕方ない。なんというか、反論しても勝てそうにない感じとか、すごく先輩に似ている。先輩に言ったら機嫌を損ねそうだけど。
二人を壁に、急いでメイド服に着替える。二人とも、私を見ないように反対側を見てくれている。
「……着替えましたよ」
「おー、可愛いじゃーん!」
「似合ってるよ茶戸ちゃん!」
「あ、ありがとうございます」
二人とも、随分と目を輝かせている。お世辞ではない……のだろうか。悪い気はしないけど、普通に恥ずかしい。
「ちょっとさ、あの先輩に見せに行きなよー」
「いやいやいや、それは当日に残しておきます」
「ふーん、お楽しみなんだ」
「……ココさんは、どこまで知っているんですか?」
「そんな怖い顔しないでよ、可愛い顔が台無しだよー?」
つん、と頬を突っつかれた。はぐらかされてしまった。
特に何を知られていても問題は無いけれど、事実と異なる認識をされていては困る。それが先輩の障害になるとしたら、私は──。
「ココさん」
「大丈夫。私とお兄ちゃんは二人の味方だから」
そういう関係じゃないことも知ってるよ、と微笑まれた。誤解されていないなら、まぁいいか。
先輩の同級生でもある、アキラ先輩も応援しているというのは何故だろう。というか応援ってなんだ。
「取り敢えず、もう脱いで良いですか」
「うん。キツイとかなかった?」
「はい、平気です。さすがですね杯さん」
「えへへ」
また二人に壁になってもらい、メイド服を脱いで制服に着替える。
授業は普通にあるため、教室に飾りつける紙飾りや、カーテンなんかはまだ付けていない。まだ六月だけど、既にやることが無い気がしてきた。
「後は、何をやれば良いんですか」
「特にないねー。食器とか、ぬいぐるみとか各自持ってきてもらって、前日に飾れば終わりかな」
「今年は楽ですね」
「作り物が少ないからねー。段ボールで内職するのが疲れる疲れる」
そうなると、もう残らなくても良いだろうか。帰ってゲームしたい。早くイベントを走り終えて、先輩と遊びたい。
「では、今日は帰ります」
「うん、明日からは基本的に残らなくてもいいよー。残ってほしい時は声かけるね」
「わかりました。それでは、お疲れ様です」
「ばいばーい」
「さようならー」
二人に手を振り、教室を出る。先輩はまだ教室だろうか。
スマホを取り出したところで、思い直して三年生の階に向かう。
三年生は、二年生よりも沢山残っている。高校生活最後の学祭にかける思いが違うのだろう。
自分が三年生になっても、情熱的に取り組むとは思えないが。
「おっ、後輩ちゃん。カサっちなら教室にいるよ」
「ニケさん。ありがとうございます」
段ボールで作られた、箱のようなものに絵の具を塗っているニケさんに言われ、教室内を覗く。
先輩とアラさんが楽しそうに会話をしている。私の視線に気づいた先輩が、笑顔で駆け寄ってきた。
「もう終わったのぉ?」
「はい。まだ終わらないようでしたら、玄関で待ちますけど」
「いや、もう帰るねぇ。みんな、また明日ぁ」
教室に残っている人達に手を振り、ニケさんの方に振り向く。
「ニケもお疲れ様ぁ」
「おう、また明日な」
「お疲れ様です、ニケさん」
階段を下りて、玄関に向かう。
次の電車まで、まだ少し時間がある。そんなに急いで迎えに行かなくても良かったかな。
「ねぇねぇ、アキラの妹になんか言われたぁ?」
「やはり、思考を読み取れる能力をお持ちなんですね」
「あはぁ。気にしなくてもいいよ、あの二人は見るのが趣味なだけだから」
「と言うと?」
「この前、Ventiで会って話した時にさ、『二人がどういう結末になるか見守らせてくださーい』って言ってたんだよね」
「観測者ですか。物好きもいたものですね」
「本当だよねぇ」
結末、か。もちろん、ハッピーエンドにはしたい。
逆に、バッドエンドってなんだろう。このまま恋をせず、卒業と同時に先輩に会わなくなることだろうか。
ログインボーナスも無くなって、毎日に意味を見いだせなくなってしまったら、きっとそれこそがバッドエンドだ。
「……」
「あれ、泣いてるの……?」
「えっ、まさかそんなわけ」
「よしよし、なんでも話きくよぉ?」
「ありがとうございます。いや、ちょっとバッドエンドを想像してしまいまして」
「大丈夫だよぉ、基本シリアス無しなんだから」
「なんの話ですか……?」
先輩に頭を撫でられながら、学校を後にした。
先輩に満足してもらえるようなエンディングを、ちゃんと考えないと。
取り敢えず、目先のゲームのイベントからクリアしよう。
泣かないで後輩ちゃん。




