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34日目:欲望とイタリアン(前編)

同じような日々の繰り返し。本当にこれで良いのだろうか。

「お疲れ様でした、ココさん」

「お疲れ様ー、クグルちゃん」


 昨日より残っている人数が多い中で、昨日と同じくらいの時間に教室を出る。


 今日は先輩と放課後デート。明日と明後日は土日だから休み。私としては鉄板ムーブ、めちゃくちゃ美味しいイベントと言えるのだけど、ログインボーナスとしては少しくどいだろうか。


 もう少し新たな風を取り入れたいけど、何をどうすれば良いのかわからない。キスしてデートしてお泊まりもして、なんなら一線を越えかねなかったわけだし、後は何ができるだろう。


『好きです』って、本気で伝えることくらいしか残っていないんじゃないだろうか。


 なんて、実現しそうにない夢物語を妄想しながら歩いていると、玄関に到着していた。誰もいない玄関前のベンチに、先輩が座っている。ここだけ切り取ってポスターにしたい。


「あ、おつかれさまぁ」

「お疲れ様です。どこに行きましょうか」

「ちょっと遠いけど、前に行った椴米(とどめ)のイタリアンに行ってさぁ、ディナーを食べたいなぁって」

「良いですね。ランチとは違うのでしょうか」

「ピザとかパスタのラインナップが違うみたいだよぉ」


 一旦別れて、それぞれの学年の玄関で靴を履く。すぐに合流し、手を繋いで学校を出る。


 椴米に行くなら、電車だと一時間半くらいかかるだろうか。車だと一時間だけど。


「あの、先輩。今日は電車で行くんですよね」

「そうだよぉ。あ、流石に毎回移動費がバカにならないって話ぃ?」

「いえ、言われるまで気にしたこともありませんでした」

「じゃあ、何が引っかかったのぉ?」

「その、二人きりで移動するのが好きなんです。だから、その再確認と言いますか」

「なるほどねぇ」


 先輩はニコニコしながら、私の顔を見る。未だに、先輩の整い過ぎている顔を直視する度にドキドキする。


 綺麗な顔が、私に好意的な視線が、いつだって私の胸を暴れさせる。あまり速く動くと、寿命が縮む気がする。


 学校近くの駅に到着し、電車を待つ。あと数分で来るみたいだ。


 手を繋いだまま、特に会話せずに時間が過ぎていく。先輩が話を切り出さないと、何を話せばいいのかわからない。ネトゲの話題とか出しても仕方ないし。


「あ、そういえば先輩。『サヨナラエナジー』は読みましたか」

「今は半分くらいだねぇ。ボクは読むのが遅い方だから」

「そうでしたか。……あの、ちょっと良いですか」

「なぁに?」

「ログインボーナスについてなんですけど」

「休止!?」

「いえ、違います。落ち着いてください」

「うん、落ち着くね」

「えっと、キスだけではなく、デートやお泊まりなんかも最近はするようになったじゃないですか。それで、毎日キスするだけでは物足りないかな、と」

「なるほどねぇ。マンネリじゃないかって運営の悩みかぁ」


 先輩は右手をあごに当てて、うーんと唸りながら悩み始めた。数分の沈黙が、本気で考えていることを窺わせる。


「ボクは、毎日君にキスしてもらいたくて、ログインボーナスを始めたわけだからねぇ」

「それだけで満足できなくなったのも、先輩が最初ですけどね」

「うっ。……あれぇ、君もキスだけじゃ満足できなくなってるのぉ?」

「デート、とか。楽しいですし」

「ふふふぅ、そっかそっかぁ」

「な、なんですか」


 ニヤニヤする先輩に狼狽していると、電車がホームに入ってきた。ナイスタイミング。


―――――――――――――――――――――


 午後6時半過ぎ。椴米に到着し、少し歩いてイタリアンに到着した。『本とイタリアン』の看板は、ライトで照らされている。暗くなってから来るだけで、前回に来た時とは印象が変わる。


 扉を開けると、チリンという音と共に店員さんがやってきた。あの時と同じ人だ。


「いらっしゃいませ。あら、あの時のお二人さんですね」

「覚えているんですか」

行方行方(なめかたゆくえ)のファンという点と、可愛いという点で覚えていました。どうぞ、奥の席へ」


 それなりに混んでいる店内を歩き、案内された席に座り、ディナー専用のメニューを先輩と見る。確かに、少し違うラインナップになっている。


「ボクは、プロシュートピザとサーモンのサラダにしよっかなぁ」

「生ハムのピザですか。美味しそうですね」

「またシェアしようよ。君は何にするのぉ?」

「チーズリゾットとトルティーヤにします」

「すみませーん」

「はい。ご注文お決まりでしょうか」

「プロシュートとサーモンサラダ、チーズリゾットとトルティーヤ。あとミニハンバーグを二つお願いしまぁす」

「かしこまりました」


 そういえば、次に来た時にハンバーグを頼もうと思っていたんだった。さすが先輩、それを覚えていたのか。


「ねぇ、さっきの話だけどさぁ。同じようなことの繰り返しが問題なら、ちょっとログボの頻度を変えるぅ?」

「毎日キスしない、ということですか」

「いや、毎日のキスは譲れないけど」


 すごい真っ直ぐな瞳をしている。テスト期間の時、本当に先輩は辛かったんだろうな。


「じゃあどういう意味ですか」

「デートとかお泊まりは週末とか土日だけにして、平日は朝のキスだけにする、とかねぇ」

「なるほど。まぁ今も大体そんな感じですけどね」

「とにかく。学校もバイトもあるわけだしさ、普段はキスをしてもらえたら満足だよぉ」

「わかりました」


 毎日ログインをして、キスをして。


 日常なんてものは、別に特別なことが必ずあるとは限らないわけだし、起伏が無いことだってある。それは、初めの頃にもわかっていたことだ。


 改めて、先輩に確認ができて良かった。毎朝、第二理科準備室でキスをするだけで目的を達成できているのだから、当然といえば当然なんだけども。


 ……ん。それはつまり、私がそれだけでは満足できなくなってきていて、より多くを求めているということだろうか。


「お待たせしました。プロシュートとサラダ、チーズリゾットとトルティーヤです。ハンバーグはあと少しお待ちください」

「ありがとうございます」


 二人でいただきますをして、料理を食べ始める。


「ん〜! 絶妙な塩加減の生ハムと、あっさりしたチーズがすごく合うよぉ。君も食べてみてぇ」

「はい。……ん、本当ですね。こんな美味しいピザは初めてです」

「生地が少し薄めなのも親和性バツグンだねぇ」

「チーズリゾットも美味しいですよ。濃厚で」

「一口ちょーだい」


 先輩の口内に直接入れると、火傷する可能性があるのでふぅふぅして冷ます。


「はい、どうぞ」

「あーん」


 もぐもぐと口を動かし、「おいしいねぇ」と言いながら目を輝かせる先輩。何を食べても良いリアクションをするので、本当に先輩との食事は楽しい。ご飯を食べる先輩の映像だけをまとめたDVDとか、普通に欲しい。


 ハンバーグも運ばれ、頼んだものは全て揃った。


 ほとんど無言で、お互い食べ進める。特に私は、食事の時は自然と口数が減るけど、世間一般の人たちはどうなんだろう。


「ねぇ。せっかく椴米まで来たんだしさ、この後どっか行かない?」

「良いですよ。ここら辺のことは本屋くらいしか知りませんが」

「適当に歩いてさぁ、なんかお話しようよ」

「そうですね、それだけで楽しいですもんね」


 まーちゃんとか同級生のこととか、話してみようかな。ココさんのお兄さんのこととか訊いてみたりしようかな。


 何処まで踏み込んで良いのか、探り探り話してみよう。

次回、頑張って踏み込みまくる後輩の華麗なる話術。

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