3日目:サタデー・デート・フィーバー(中編)
女性ファッション界隈では、巨乳・貧乳ではなく、大胸・小胸と表現するんですね。勉強になりました。
約束の時間の30分前、私は駅のホームの椅子に座っている。流石に早すぎた。逆に先輩に気を遣わせてしまうかもしれない。
いつもならスマホを眺めて時間を潰すのだが、どうにもそわそわして、そういう気分にならない。
恐らく先輩は、約束の10分前に到着する電車で来るだろう。つまりあと20分ほどで、休日の先輩に会えるのだ。
時間的に考えると、バイトが休みになって真っ先に私に連絡してくれたのだろう、という事実だけで、もうにやけることを止められない。やはり表情筋が過労死している。というより職務放棄だ。
先輩は、どんな服装で来るだろうか。
私は、グレーのニットタイトスカートに、白のトップスの上からGジャンを羽織る服装で、少し濃い茶色のタイツと、普段使いの白のスニーカーを履いている。
私はこういうファッションに疎いのだけど、ゲーム内で自分に似せたアバターを作り、ひたすらコスチュームを変えて、現実でも似合いそうなものを探し出したのだ。ちょっと店員さんに話しかける勇気は無い。
けれど、向こうは平然と話しかけてくるので怖い。あの鏡の前で作ってきましたって感じの笑顔と、地声よりオクターブが高そうな声。ネット通販が一番だ。
先輩の服装とログインボーナスのことを考えていると、目の前に電車が止まった。土曜日とはいえ、地元の電車がそう混雑することはない。
まばらに降りる人の中に、先輩の姿を見つけた。
「あれぇ、早いねぇ。待たせちゃった?」
「いえ、それほど待っていませんよ」
今来たところです、なんて嘯くつもりはないけど、現実の時間で20分、体感時間だと1分も経っていないので、実際にそんなに待ってはいない。待ちわびてはいたけども。
「あはぁ、今日はいつもとは違うタイプの可愛さだねぇ。すごく似合ってるよぉ」
「先輩こそ、すごく大人っぽくて素敵です」
「可愛い?」
「もちろん、可愛いですよ」
「ありがとぉ」
小さな白の水玉が散りばめられている、ネイビーブルーのVネックのトップスに、タイトなジーンズ。少し寒そうな気がしなくもないが、素敵な女子は寒さを感じないと聞いたことがあるし、先輩もそうなのだろう。
先輩はとにかく胸が大きい。正確なサイズは知らないけれども、私より四サイズは上だろう。
今日の先輩の服は、胸が目立ちにくい印象を受ける。たまに、大きいことを羨ましいと思うこともあるけど、大胸さんには大胸さんの苦労があると聞くし、私はこのくらいの大きさで丁度いいのだろう。
「あの、先輩。今日のログインボーナスなんですけど」
「わかってるよぉ、土曜日だからお休みでしょ?」
「いえ、しっかりとご用意しています」
先輩はきょとんとした顔で、私のことを見つめる。
どうしよう。間違えただろうか。
「あはぁ、嬉しいな。どこにキスしてくれるのぉ?」
「キス、じゃなくても良いですか」
「なんでもいいよぉ、ログボを用意してくれるだけでボクは嬉しいからさぁ」
良かった、喜んでくれた。
心臓が高鳴る。大袈裟なほどにバクバクと、自分のものではないかのように制御不能に、こんなに血液を送ってもいいのかってくらい動いている。
どうしよう、言ってもいいのだろうか。もしかしたら、3日目でログボが終了してしまうかもしれない。
それでも、この思いを先輩に受け止めてもらいたい。
「えっと……その」
「ゆっくりでいいよぉ」
「……あの、3日前から始めたログインボーナスなんですけど」
「うん」
「先輩が私にお願いをして始まったじゃないですか」
「そうだねぇ」
先輩は優しく微笑みながら、必要最低限の相槌をしてくれる。こういうコミュニケーション能力の高い人間が、ゲーマーの自分に好意を持ってくれているだけでも、本当は夢のようなことなのだ。
「でも私も……私は、その、先輩と毎日、一緒にいられて嬉しくて」
「うん」
「まだはっきりと、先輩と同じ好きだって言えないのですが」
「うん」
「私、先輩のことが大好きなんです。電話、すごく嬉しくて……今日、会えるのがすごく嬉しくて。ごめんなさい、上手く言えないんですけど」
「ううん、ちゃんと伝わったよぉ」
ぎゅ、っと先輩は私を抱きしめた。
柔らかい、いい匂い、優しい。
脳内で真っ白な稲妻が走る。同じ生き物とは思えない。人間は同じでも、人間性が違う。
「ボクはねぇ、君が本当は嫌がってたらどうしようって心配してたんだよぉ」
「嫌だったら、最初から拒否してますよ」
「ふふふ、そっかぁ。この告白が今日のログボってことぉ?」
「……差し支えなければ、キスもさせていただきます」
「豪華だねぇ」
「では、失礼します」
この勢いに任せて唇にしよう、とも思ったが、私の唇は、先輩の頬に着地した。唇は、通算何日の豪華ログインボーナスまで取っておこう。その時は、照れずにちゃんとできるだろうか。
微笑む先輩か、照れる私か。どちらが先に握ったのか、握り返したのかわからないけど、恋人のように手を繋いで、駅を後にした。
自分のファッションのこともわからないのに、女性のファッションのことなんてもっとわからないです。ちゃんと可愛くなっていると良いなぁ、この二人。




