33日目:学校祭準備②
いよいよ本格化する学校祭準備。
「昔の女にクラスメート、このままだとボクが消えちゃうよぉ」
「いや消えませんよ、先輩が居ないと成立しませんから」
朝。いつも通り第二理科準備室に来たのは良いけど、なんだか先輩の様子がおかしい。まぁ平素からおかしいっちゃおかしいんだけど。
「なんかさぁ、ボクと君だけの物語だと思ってたのにさぁ。まぁ学園モノだし仕方ないかなぁ」
「なんですか学園モノって」
「まぁいいや。今日のログボくーださい」
時折、先輩は訳のわからないことを言い出す。まぁ平素から訳がわからないっちゃわからないんだけど。
鳥のくちばしのように唇を突き出して待っている先輩に、キスをする。ソフト&ウェットな感触に、ふわりと香る先輩の匂い。ん、昨日と違う匂いがする。
「先輩、シャンプー変えました?」
「わかるのぉ?」
「毎日キスしていますから。わかりますよ」
「すごいねぇ。そう、昨日の夜から新しいシャンプーになったんだぁ。どうかなぁ」
「良いと思います。以前のものより、甘さが控えめですね」
「夏に向けて、変えようと思ってさぁ」
「夏、ですか。楽しみなんですか?」
「そりゃあ、君と過ごす初めての夏なんだから。楽しみに決まってるよぉ」
去年も一緒にお祭りに行くくらいのことはしたけど、今年はもっと沢山会って遊びたいという意思表示なのだろう。
とはいえ、夏休みの前にまずは学校祭だ。
「今日から学校祭の準備に参加しようと思っているのですが、先輩は?」
「君が残るなら残るぅ。一緒に帰ろ?」
「……今の先輩、めちゃくちゃ可愛かったです」
まぁ平素から可愛いんだけど。
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放課後。バイトやら部活やら塾やらで、クラスの半数が帰る中、私は遂に学校祭準備に残ることになった。
「私は暇だから、ほとんど毎日残ってるよ」
「杯さんは何を担当しているんですか?」
「私はね、メイドさんの採寸と衣装製作だよ」
「衣装って手作りなんですね。無駄に大変そう」
「買う方が高くつくからね」
そう言って、杯さんは布が大量に入っている段ボールを持ってきて、作業に入った。私は何をすれば良いのだろう。ココさんに訊いてみようか。しかし、教室内に見当たらない。
キョロキョロしていると、教室の後ろの扉からココさんが入ってきた。私の顔を見て、にこりと微笑む。
「あ、クグルちゃーん。あのさ、三年生の学祭委員にこれ渡してきて?」
「わかりました。その後は何をすれば良いですか」
「ハカリちゃんに採寸してもらいなー」
「そうですね、さっき衣装を作っていました」
「あの子が一番手先が器用だからねー。そんじゃ、よろしくー」
渡されたのは、物品の名前や金額が書かれたプリント数枚。恐らく、追加で買う物の申請書だろう。
三年生の教室に繋がる階段を上る。一人で行くのは初めてだ。
そういえば、誰が学祭委員なのか訊くのを忘れていた。先輩に訊けばわかるだろうか。
「あれ、あの子カサの……」
「ニケと帰ってた子じゃん」
「へー、初めて顔見た」
私を見て、ザワつき始める先輩方。知ってる名前が飛び交っている。私が有名というよりかは、有名人と一緒に居ることが多すぎて、勝手に先輩方に知られてしまっているのだろう。
先輩やニケさん、アラさんの姿は見当たらない。単身敵地みたいな気分だ。
「あの。学祭委員の方はいらっしゃいますか」
「あー、俺だけど。ココの同級生か?」
「そ、そうです」
デカい男子が、私の前に現れた。私が三歳児を肩車しても、同じ高さになるかわからないくらい大きい。
目つきは鋭く、短く刈り上げられた短髪が似合っている。
「俺は央。ココの兄だ」
「お兄さんでしたか。あの、これを渡してきてほしいとココさんから」
「ん。どうも」
アキラ先輩が、私からプリントを受け取る。手も大きい。バスケとかで役に立ちそう。
学校で、同級生の男子とすらほとんど会話しないから、久しぶりに男の人と会話した気がする。
内心おどおどしていると、騒ぎが聞こえたのか先輩が教室から出てきた。実家のような安心感。
「あー、莎楼だぁ。何しに来たのぉ?」
「先輩。ちょっとアキラ先輩に用がありまして」
「そっかぁ。見た目はこんなんだけど、とーっても優しいから安心してぇ?」
「なんだ、安心してって。俺がいつ後輩を不安にさせた」
現在進行形で不安でした、とは言えない。
身長が高いからとかではなく、普通に1人で三年生の階に来て、知らない先輩と会話をするのが不安だった。こういうことは、私には向いていない。
「そうだぁ、何時の電車で帰るぅ?」
「これから採寸するので、それが終わったら連絡します」
「採寸……ってことはぁ、メイドさんやるのぉ!?」
「やることになりました」
「ふへっ、あふふふふぅ」
「どんな笑い方ですか……」
限界を迎えたオタクともまた違う、というかなんて形容していいのかわからない笑い声を出す先輩。
そんなに私がメイド服に身を包むことに喜びを感じているのか。バイト先で、それっぽい制服をいつも着てるのに。
「なんか周りの視線が痛くなってきたからぁ、そろそろ戻っていいよぉ」
「はい、そうします」
先輩とアキラ先輩に頭を下げ、二年生の階に戻る。
まるで、異世界から現実に戻ってきたみたいな感覚だ。
「おかえりー。どうだった、私のお兄ちゃんは」
「最初から教えておいてくださいよ」
「ごめんごめーん。あ、次は採寸ね」
「はい。それが終わったら、今日は帰りますね」
「オッケー。明日以降、残れる時は私に声をかけてねー」
「わかりました」
教室に入ると、ひたすら段ボールを切る生徒や、飾りを作る生徒がまばらに残って作業をしていた。その中で、ひたすらに布を切って貼ってする杯さんに話しかける。
「杯さん。採寸をお願いしても良いですか」
「いいよ。それじゃ、まずは背筋を伸ばして、肩の力を抜いてね」
慣れた手つきで、次々と計測を済ませる杯さん。流石、『計』という名前なだけはある。関係あるかと問われたら、多分無いだろうけど。
「ココさんが、杯さんは手先が器用だと言っていました」
「自分が居ないところで褒められると、嬉しいね」
「メイド服作り、頑張ってください」
「ありがとう。とっても可愛いやつ作るからね!」
数分で採寸は終わり、杯さんはまた布の切り貼りを始めた。
時刻は午後5時を回ったところだ。先輩に連絡しよう。いや、教室に行った方が早いかな。
教室の扉を開けると、教室前の廊下でしゃがんでいる先輩が目に入った。軽く驚いたけど、声は出さなかった。
うっかり視線を下に向けてしまう。大丈夫、見えるようなミスを先輩が犯すわけがない。
「あ、終わったのぉ?」
「いつから待ってたんですか」
「来たばっかりだよぉ」
「そうですか。次の電車で帰ります?」
「寄り道して帰りたいなぁ。夕飯奢るからさぁ」
「奢りじゃなくても、寄り道には付き合いますよ」
一緒に階段を降りて、玄関に向かう。薄暗く、少し肌寒い廊下には、ほとんど誰も居ない。
まるで、先輩と私しか学校にいないような気分だ。単純に、残っている人はまだ帰らないだけだと思うけど。
「……なんかぁ、いい顔してるねぇ。学祭準備、楽しかったの?」
「いえ、先輩と一緒に居るのが一番だと再認識している顔です」
「あはぁ。やっぱり奢っちゃうぞ〜」
一旦靴箱のところで別れて、靴を履いて合流する。
途中で雨が降ったらしく、コンクリートが変色している。小さな水たまりが、沈みかけている夕日を鈍く反射する。
「では、お言葉に甘えて。何を食べるかはお任せします」
「どうしようかなぁ。あ、18時からオープンする焼き鳥屋さんを見つけたんだけど、そこでいい?」
「良いですよ。サラリーマンで混雑したりしそうですね」
「でもぉ、普通なら明日も仕事だし、寄り道しないで帰るんじゃない?」
「それ、思い切りブーメランですよ」
周囲に誰もいないことを確認……せず、ナチュラルに手を繋いで歩き出す。三年生の間でも噂になっているみたいだったけど、別に他人の評価なんてどうでもいい。私が楽しければ、それでいい。
先輩に迷惑をかけることだけは避けたいけど。
「明日も学祭準備するのぉ?」
「する予定ですが」
「じゃあ、それが終わったらデートしよ?」
「します」
食いつき気味に返事をしてしまった。
少し恥ずかしいけど、あの沈みかけの夕日が、私の頬を染めているんだと言い訳しよう。
なんだか登場人物が増えましたが、やっぱり先輩と後輩がわかれば大丈夫です。
 




