31日目:サボタージュ(前編)
学校をサボって、いざ。
学校をサボって、先輩と遊びに行くと正直にお母さんに伝えると、特に異を唱えられることはなく、好きにしなさいとだけ言われた。
呆れているわけでも、怒っているわけでもない。人様に迷惑さえかけなければ、好きに生きなさいと昔から言われている。
同級生に会わないために、電車の時間をずらすことを提案したのだが、何か先輩には考えがあるらしく、着替えだけ済ませた状態で、家で待っているように言われた。
8時半を少し過ぎたところで、インターホンが鳴った。玄関に向かい、ドアを開ける。
「はい、おはようございます」
「おはよぉ」
「おはよう、サドちゃん」
「先輩にヒアさん。まさか、考えというのは」
「そう、センパイに連れて行ってもらおうと思ってさぁ」
確かに、それなら同級生に目撃されるリスクは格段に低くなるけど、そんな便利キャラのような扱いで良いのだろうか。
「ヒアさん、本当に良いんですか?」
「うん。午前中は暇だし」
「というわけで、センパイには希過に連れて行ってもらうよぉ」
希過市。
椴米市と同じく、車で1時間弱ほどの位置にある街。
単純に椴米と位置が真逆なだけなので、アクセスはしやすい。とはいえ、私はあまり行ったことがない。
確か、温泉とブランド牛が有名だったはず。
「お目当てはなんですか」
「もちろん、温泉だよぉ」
「安心して。私は送るだけだから」
「センパイは温泉入らないのぉ?」
「午後から講義だし。邪魔するのも悪いし」
ヒアさんは大学生だったのか。煙草を吸っているし、少なくとも2年生以上だろう。
「そっかぁ」
「送るだけでも、私は楽しいから。気にしないで」
「楽しいんですか?」
「うん。会話とか聞くだけで満足」
運転するのも好きだし、と付け加え、ヒアさんは車に乗り込む。
暇な時に運転して、可愛い子を乗せているというのは冗談では無かったのだろうか。
本当はどういう人なのか、私にしては珍しく気になっている。
「というわけで、着替えとか持って来てぇ?」
「あ、はい。すぐ準備します」
一度家の中に戻り、急いで部屋に向かう。
着替えと、バスタオルくらいで良いだろうか。財布とスマホも持ったし。
荷物をショルダーバッグに入れ、冷蔵庫からペットボトルの緑茶を1本取り出す。
玄関を出て、鍵を閉める。平日に制服を着ずに、学校用の鞄も教科書も持たずに家を出るなんて、背徳感とワクワク感が半々くらいで湧き上がる。
「お待たせしました」
後部座席に、先輩と一緒に乗る。このお風呂上がりのような匂いも、すっかり馴染みのあるものになってきた。
「ヒアさん、良ければどうぞ」
「お茶くれるの」
「はい。運転手さんにはドリンクを渡すのがマナーだと思いまして」
「だってさ、カサ。見習って」
「は、はぁい」
「ありがとね、サドちゃん」
ヒアさんはお茶を一口飲んで、ドリンクホルダーに入れた。
シートベルトをして、隣でしょぼくれている先輩の頭を撫でる。
「それじゃ、行くよ」
「よろしくぅ」
「よろしくお願いします」
希過へ向けて、車は動き出した。
私の家からだと、1時間はかかるだろうか。
「ねぇねぇ、センパイは学校サボったこととかあるの?」
「ある。今のキミたちみたいな理由で」
「へぇ。その時はどこに行ったのぉ?」
「ホテル」
「なんか、いっつもホテルに行ってない?」
「逆に、キミたちは行かないの」
ルームミラー越しに、とんでもないことを訊かれた。
ラブな感じのホテルに行ったことはないけども、一緒にホテルに泊まったことはある。
「グランド加木になら泊まったよぉ」
「良いよね、あのホテル。ちょっと高いケド」
「ヒアさんも泊まったことがあるんですね」
「うん。3人目の彼女と」
「経験豊富なんですね」
「え。サドちゃんにドン引きされた」
「引いてませんよ!?」
今まで、どれだけの人と付き合ってきていようとも、女性と恋愛をしたことがあろうとも、別にそこには引っかからないし、引くようなこともない。
「ちなみにぃ、今まで何人くらいと付き合ったのぉ?」
「12人。男が8人で女が4人」
「そんなにモテるのに、どうして長続きしないの?」
えっ、そんなこと訊けるの。
先輩は、親密な人にはどんどん踏み込めるタイプなのだろうか。そういうところも、私とは真逆だ。
「私が本気になれないから。厳密に言うと、恋をしたことがない」
その発言に、思わずドキッとする。
誰とも付き合ったことがない私とは違うけど、もしかすると、ヒアさんは私と同じなのだろうか。
先輩も、少し驚いた顔で私のことを見つめる。
「あ、あの。私も恋をしたことがないんです」
「カサとは恋してないの」
「あ、うぇっ、えっとその」
「恋をしたことがないって、過去形かな」
静かに微笑むヒアさんと、照れくさそうに笑う先輩。
恥ずかしい。いや違いますよと、先輩とは恋をしていませんよと、現在進行形で私は恋を知らない女ですよと、何故か言えなかった。
先輩だってわかっているはずのことなんだから、はっきりと言っても良かったのに。何故か否定できない。肯定もできない癖に。
車内に沈黙が訪れる。申し訳ない。
何か言わないといけない気もするけど、何も言えない。それを察したのか、先輩が沈黙を破る。
「センパイは、どうして好きじゃなくても付き合えるの?」
「自分のことを好きな人間なら、もしかしたら好きになれるかもしれないから」
「でも、好きになったことはないんだね」
「カサは、サドちゃんが振り向いてくれなくても好きでしょ」
「もちろん」
「皆が皆、そんな心構えで人を好きになれない」
「つまり?」
「最初から好きじゃない人を、好きにはならない」
そんなことはないんじゃないか。だって私は、最初は先輩のことをそういう意味では好きじゃなかったけど、今は。
今は。
「私は、先輩のことがどんどん好きになっていますよ。出会った頃よりもずっと」
「あはぁ。そうだよねぇ、人の気持ちなんて変わるよぉ」
「それは。まぁ、そうだね」
ヒアさんは、何か言葉を飲み込んだ。
経験豊富な大人である彼女には、私たちの関係はどう見えているのだろうか。滑稽だろうか、それとも児戯に等しいだろうか。
それでも、毎日のログインボーナスでここまで発展してきた。それは、誰にも否定はできないはずだ。
「あ、希過市の看板だぁ」
「突入しましたね」
「温泉までは、あと少しだね」
恋を知らない私が、恋を知るまでの道程を、もう少し先輩に付き合ってもらおう。その速さは、車より遅いかもしれないけれど。
次回、温泉に入ります。




