30日目:ファーストマンス
遂に1ヶ月目のログボ。
6月17日、月曜日。
記念すべき30日目のログインボーナスの日だが、生憎の雨で私の寝起きは最悪だった。
目覚まし時計が鳴る前に起床し、薄ら暗い部屋の中で、隣に先輩が寝ていないことの虚無感を噛みしめつつ、スマホを持って部屋を出る。
雨音と階段を降りる音で、寝起きの頭が少しずつ冴えていく。
先輩も私もバイトがあるけど、今日はどうしようか。一応、ログインボーナスは用意したけど。
「おはよう」
「おはよう。朝ごはん食べちゃいなさい」
「うん」
椅子に座り、テーブルの上に置かれている、おにぎりとコーンスープを食べる。具は鮭だ。
今日は先輩にログインボーナスを渡して、適当に授業を受けて、学校祭準備には参加せずバイトに行く。
30日目にしては、なんとも地味な予定。
「ごちそうさま」
皿を片付け、洗面所に向かう。
雨が降っているというだけで、本当にダメだ。頭も冴えないし、学校にも行きたくない。ずっと寝てたい。
しかし、そういうわけにもいかない。先輩に変な心配もかけたくないし。
今日のログインボーナス、喜んでくれると嬉しいな。
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「というわけで、30日目のログインボーナスはこちらです」
「なぁに、これ?」
第二理科準備室で、先輩にチケットを3枚渡す。
ルーズリーフを映画のチケットくらいのサイズに切ったものに、『30日目のログインボーナス』という文字と、私の苗字の印鑑を押してあるものだ。
「確定でレアキャラが引けるチケット、のようなものです」
「それってぇ、7日目の時みたいなログボってことぉ?」
「その通りです。この余白にお好きな内容を書いていただき、私に使用を宣言すると、その通りのログボが入手できます」
「それが3枚も……いやぁ、豪華だねぇ」
母の日の肩たたき券のようなものです、と言おうとしたが、すんでのところで思いとどまった。危ない。
先輩は目を輝かせながら財布を取り出し、それにチケットを大事そうにしまった。金運アップの効果とかは無いんだけどな。
「今日はお互いバイトですし、気が向いた時にでも使ってください」
「でもぉ、今日中に1枚は使わないと、受け取っただけで終わっちゃうじゃん」
「そんなに焦らなくても、キスくらいなら今すぐにでもしますよ」
「あはぁ。ねだったみたいで悪いねぇ」
「いえ、先輩はもっと積極的で良いんですよ」
先輩のことを抱きしめ、唇を重ねる。二度、三度と、離してはまた口付ける。
目を閉じて、私からのログインボーナスを受け取る先輩。当たり前だけど、香るシャンプーの匂いはもう私のものではなく、いつもと同じものになっている。
1ヶ月もの間、ほとんど毎日のようにキスをするなんて、ログボ実装前の自分に話しても信じてもらえないだろう。それくらい凄い1ヶ月だった。
「いやぁ。やっぱりキスがあるのとないのとじゃあ、全然違うよね」
「何がですか」
「人生における充足感とか?」
「ふふ。ログボ実装前とか、どうやって過ごしていたのか思い出せませんね」
「そうだねぇ。1ヶ月も付き合ってくれて、本当にありがとぉ」
先輩は微笑みながら、私のことをぎゅっと抱きしめる。
それとほぼ同時に、一時限目の開始10分前の予鈴が鳴った。
はぁ、現実に引き戻すのはやめてほしい。
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現実に引き戻されてから、7時間は過ぎただろうか。
そして、バイトが終わってから4時間くらい。長い。学校生活って、昼休み込みで8時間労働くらいあるんじゃないか。
学校もバイトも、自分の意思で行っているわけだし、先輩と遊べないことを嘆いても仕方ない。
あれ。いつから、先輩が私を求めるよりも、私が先輩を求めることの方が多くなったのだろう。先輩に会いた過ぎる。今日だって、本当はもっと濃厚なログボにしたかったのに。
なんて考えながら戸毬駅に着くと、先輩がホームに立っていた。いやいや、遂に幻覚まで見えるようになったか。
「そんなに目を擦っても、ボクは消えないよぉ?」
「先輩、どうしてここに」
「前と同じで、センパイに送ってもらったんだよぉ」
「いえ。ここに来た手段ではなく、理由を訊いているんです」
「あぁ。それはねぇ、これを使うためなのだぁ」
そう言って先輩は、ポケットから今朝渡したチケットを取り出した。どうやら、何かを書いたらしい。なんだろう、ちょっとドキドキする。
「……『明日の学校を一緒にサボる』?」
「うん。キスとかデートとか、チケットが無くても君なら良いですよって言いそうだからさぁ。これならどうだーっと思ったんだけど」
「私の誕生日に、学校サボりましたし。今更、抵抗はありませんよ」
「不良だぁ」
にへら、と顔を緩ませる先輩。
不良も何も、提案したのは先輩じゃないですか、なんて反論しようと思ったけど、この可愛さに正論なんて野暮だ。そんなものは要らない。
不良でもなんでもいい。学校をサボったっていい。どうせテストも終わっているわけだし、学校祭の準備なんてする気もないし。
「ええ。先輩のせいで私、不良になっちゃいましたよ」
「ふっふっふ、もっと悪くなっちゃえー」
「わっ、何するんですか」
私のことをくすぐろうと、手を伸ばして襲いかかってくる先輩。人気のないホームで2人で笑いながら、踊るように戯れる。
俗にいう、『イチャイチャする』というやつに違いない。最高に楽しいから間違いない。
「そろそろ電車が来るねぇ」
「そうですね。先輩はどうなさるんですか?」
「センパイがそこら辺にまだいるだろうし、乗せてもらうよ」
「わかりました。では、また明日」
「ちゃんと学校には、休むって連絡するんだよぉ」
「はい。お任せください」
失念していたが、お母さんになんて言おう。
嘘を吐かずに、正直に話したら普通に許されそうだ。私の人生じゃないし、好きにしなって言うのが目に見える。
定刻通りにやってきた電車に乗り込み、入口の近くに座る。先輩が笑顔で手を振っているので、振り返す。
動き出した車内で、先輩から受け取ったチケットを眺め、頬が緩むのを必死に堪える。
ログボ実装前は、学校をサボるなんて考えたことも無かった。この素敵で不良な提案は、次回以降は断ることにしよう。
おかげさまで、ログボが1ヶ月目に到達しました。よろしければ、ここまでのポイント評価、感想、レビュー等をいただけると大変励みになります。今までの評価も全て励みになっています。