29日目:罰の名は。(後編)
遂に、あの秘密が話される。
「まずは、ハグすればいい?」
「その前に、服を着てください」
先輩が服を着ている間に、場に出ているトランプを集め、まとめる。またやるかどうかはわからないけど。
服を着た先輩が、私のことを抱きしめる。
柔らかい感触と、甘い匂いに、とてつもない可愛さ。何度ハグされても、この多幸感はすごい。
「愛してるよぉ」
「初めて言われました」
「大好きしか言ったことなかったもんね」
「いえ、人生で初めてという意味です」
「……ふーん、ボクが初めてで良かった?」
「先輩からいただいた『初めて』が、不服だったことなんて一度もありませんよ」
「君らしい言い回しだねぇ」
先輩は私から離れ、真顔で両手の人差し指をくるくると回す。なんだろう、催眠術だろうか。
「えっと、次は『秘密の暴露』ですね。お願いします」
「逆に、どんな秘密を話してほしい?」
「あ。あれお願いしますよ、私と初めて会った日の話」
「やだ」
「どうしてですか」
「自力で思い出してほしいから」
「え、怒ってます?」
「怒ってないよぉ」
先輩はそう言って、立ち上がる。そして、私の左隣に移動して座った。
何故、正面から隣に動いたのだろう。戸惑う私を余所に、私の左腕の間に、右腕を突っ込んで組んでくる先輩。感情と意図が読めない。
「申し訳ないのですが、恐らく永遠に思い出すことはないと思うんです」
「そんなことないよぉ、だって覚えてるんでしょ?」
「え、だから覚えていませんって」
「さっき自分で言ってたじゃん」
先輩の右足の指が、私の左足の指に絡みつく。器用だ。
足で足をすりすりと撫でながら、先輩は続ける。
「君が助けたっていう人、それボクだよ」
「……え?」
先輩と同じ年齢。同じ最寄り駅。大きな胸。眼鏡……は、今の先輩はかけていないけど、昔はかけていたと前に言っていた。
そうか、少しずつ先輩はヒントを散りばめていたんだ。全ての伏線が繋がる感覚。まるで小説のようだ。
「一生隠してようかと思ったんだけどさ、君がどーしても聞きたいって言うから」
「どうして黙っていたんですか」
「……だってさぁ、その頃から好きだったとか言ったらさぁ、きもちわるいーって言われると思ってさぁ」
本当に乗り気では無かったようで、俯いて脚をバタバタと動かす先輩。
気持ち悪いとは思わないけど、単純にそんな年季の入った好意だったことに驚いた。痴漢から助けただけで、惚れられるようなことをした覚えはないし。
「本当に、その時に私のことを好きになったんですか?」
「厳密に言うと違うんだけど、あれがなかったら惚れてなかったかもねぇ」
「情けは人の為ならず、というやつですね」
「人を助けるのはその人の為ではなく、いつか自分に返ってくるってやつだね。今関係あるぅ?」
「ありますよ。先輩を助けたことで、今の私はこんなにも幸せな日々を過ごせていますから」
勿論、見返りが欲しくて助けたわけではない。
周囲の人たちが気づいていたかどうかは定かではないけど、見たにも関わらず放っておくなんて、私にはできなかった。
「あの時、助けてくれたのが君で良かったよぉ」
「あの時、先輩を助けたのが私で良かったです」
ほぼ同時に喋ってしまい、お互い顔を見合わせて笑う。
良かった。てっきり私が一方的に忘却してしまっているのかと思っていたから。
でも、あの人が先輩だとわからなかったのは申し訳ない。眼鏡とマスク程度でわからないとは。緊張していたから、ということにしよう。
「えっと、残りの罰ゲームはなんだっけ」
「ホクロを見せるのと、キスをするのですね」
「ボクのホクロ、見たことあるぅ?」
「いえ。しかし、完全にホクロが無い人間っているのでしょうか」
何度か先輩の裸を見たことがあるけれど、ホクロは見たことがない。いや、単純に余裕が無くて、気にしていなかっただけとも言えるけど。
自分で見えない場所にある可能性もある。例えば背中とか、首の後ろとか。
「ちょっと、探してみてよぉ」
「いえ、別に無いなら無いで構いませんが」
「そっかぁ」
先輩は脱ぎかけた服を元に戻し、特に不満そうにもせず、くるりと私に向き直る。
あとはキスを残すのみだ。優しく微笑み、私の両肩に手を乗せる先輩。そのまま私を抱き寄せ、唇を重ねる。
舌が侵入してくることはなく、チュッという音と共に唇が離れる。普通のキスだ。
そういえば日付も変わっているし、さっきのキスがログボになるのだろうか。いや、あくまで罰ゲームは罰ゲームか。
「そろそろ、寝ましょうか」
「そうだねぇ。ババ抜きでも盛り上がれたねぇ」
先輩は大きく欠伸をし、目をこする。
普段から脱力気味の先輩の目が、更に半分くらいの大きさになる。半分寝ているんじゃないか。
「ほら先輩。歯磨きは先に済ませていますが、コンタクトは外さないと」
「んぅー。外してくるねぇ」
「ご一緒しますよ」
一緒に部屋を出て、手を繋いで階段を降りる。
このまま寝て、朝を迎えて、そうしたら先輩は帰ってしまう。長く一緒に居ると、離れ難くなってしまう。
洗面所に着き、先輩は鏡を見ながらコンタクトを外す。なんとなく見るのは失礼かな、と思い、洗面所の外で待つ。
そういえば、リビングにお母さんの姿は無かった。流石に寝たのかな。
「おまたせぇ。手、繋いで?」
「はい、お部屋までエスコートさせていただきます」
階段を上り、部屋に入る。
手を繋いだまま、一緒にベッドに倒れ込む。布団を被っていないのに、もう先輩は寝かけている。
「おやすみぃ……」
「また、私の寝顔は見れませんでしたね」
「そう言われると、なんか悔しいなぁ」
先輩は頑張って目を見開き、私に抱き着いた。
恐らく、もう数分も経たない内に寝るだろう。
「明日……今日は、起きたらお帰りになられますか?」
「お昼くらいに帰ろうかなぁ、長居するのも悪いし」
「わかりました」
「……寂しい?」
「めちゃくちゃ寂しいです」
「あはぁ。そう言ってもらえると、ボクも嬉しい……ね」
「おやすみなさい、先輩」
先輩の頭を撫でて、唇に軽くキスする。
これが今日のログボということにしておこう。
そういえば、明日は記念すべき30日目だ。
1ヶ月の間に、キスどころか、こうやってお泊まりをするほどに進展した。
そして、あの時の人が先輩だったということも知った。そろそろ私も、先輩にあのことを話さないといけないかもしれない。
すぅすぅと寝息を立てる天使を横目に、私も夢の世界に行くことにした。
次回、ログインボーナス30日目。




