29日目:罰の名は。(前編)
デュエル!!
「もう、終わりにしよう。君と居たって、ボクは寂しくて虚しいだけだから」
真面目な顔、いつもと違う声色。
私の顔を真っ直ぐ見つめる先輩。その迫力に、思わずたじろぐ。
今日買ってきた小説、『サヨナラエナジー』を、私のベッドの上に座って朗読する先輩。
というかなんで朗読しているんだろう。国語の授業じゃあるまいし。
ふと時計を確認すると、日付が変わってから10分が経過している。
「一緒に居ても、寂しいことってあるんですかね」
「体だけが近くにあっても、そこに心がなかったら、やっぱり寂しいんじゃない?」
「なるほど」
孤独というものは、一人きりじゃなくても存在するものなのか。
「孤独を二人で分かち合う、なんてこともあるかもねぇ」
「それは、孤独の解消になるのでしょうか」
「知らなーい。ボクはねぇ、君と一緒に居られるなら、それだけで幸せだもん」
先輩は本を閉じて、傍らに置いた。その隣に、私も座る。
今更だけど、私が貸せば良かったかな。もし仮に他の作品も読むとなったら、その時は貸そう。
しかし自分から貸しますよ、とは言わない。
自分の好きな作品を布教する際に、最もやってはいけないこと。それは、押し売りをすることだ。無理に勧められると、見る前から嫌われる可能性があるから。
作品を作るのは作者の仕事だが、評価や感想、世間のイメージを作るのはファンの仕事だ。
なんて、一介のオタクの戯言だけれども。
「本当に、一緒に居るだけで幸せですか」
「そりゃ、キスしたりデートしたりもしたいけど」
「いえ、そうではなくて。私と過ごすだけが、幸せの形ではないじゃないですか」
「なるほどねぇ、他の幸せも欲しいでしょってことね」
「そうです。先輩と一緒に居ると幸せですが、それ以外の幸せもあります。先輩だって、そうじゃないですか?」
「君と過ごす以外の幸せも、君と共有できた方が幸せじゃん」
「……ほんっと、私のことが好きですね」
「うん、だぁいすき」
屈託なく笑う先輩を、思わず抱きしめてしまった。
こんなにも自分のことを好きでいてくれる先輩に、私は何も返せない。
先輩と同じ好きだって、認めるのはきっと簡単なことで、それを言葉にするのも、そんなに難しいことではないはず。なのに、私はいつまでこの関係を続けるつもりなのだろう。
「……先輩」
「なぁに?」
「好き、です」
抱きしめながら、耳元で囁く。
間違っても、顔なんか見ては言えない。
「あはぁ。たまにそう言ってくれるの、本当に嬉しいよぉ」
「まぁ、本当のことですから」
「それがボクと同じ意味になるまで、待ってるからねぇ」
先輩はベッドから降りて、リュックから透明なケースを取り出した。どうやら中身はトランプらしい。
それを上下にシャカシャカと振る。これが音の主か。
「トランプ、ですか」
「ただのトランプじゃなくてぇ、罰ゲームトランプなのだぁ」
私もベッドから降りて、テーブルの前に座る。
ケースから出されたトランプを見ると、1枚1枚に罰ゲームの内容が書かれている。
流石に、そんなにヤバそうなものは無さそうだ。
「その罰ゲームトランプで、なんのゲームをするんですか?」
「2人で盛り上がれるのってなんだろぉ」
「無難にババ抜きとかどうですか」
「どっちがジョーカー持ってるか、すぐわかっちゃうのに?」
「まずはやってみましょうよ」
先輩からカードを受け取り、シャッフルする。
トランプなんて、何年ぶりだろうか。中学の修学旅行以来かな。
先輩の手元にカードを飛ばし、次に自分の手元にカードを置く。それを交互に繰り返し、全てのカードを配る。
「ふっふっふ、どうやら切り札は、常にボクの所に来るようだねぇ」
「ババ抜きじゃなかったら、カッコイイ台詞ですね」
「これ、どうやって罰ゲームするぅ?」
「数字が揃ったカードを捨てる時、とか」
「それでいこっかぁ」
まずはお互いに手札から、揃っているカードを捨てる。これはカウントしない。
残ったのは、私が6枚で、先輩は7枚。捨て間違いはないようだ。
「では、私から引きますね」
「はぁい」
私から見て、一番右のカードだけが突出している。罠か。それとも裏をかいて……なんて、一手目から長考するものではない。
その反対側、一番左からカードを引く。二人でババ抜きをするということは、ジョーカー以外を引いたら、必ず罰ゲームがあることを意味する。
手札に揃ったキングを捨てる。
両方とも、書いてある罰ゲームは同じだった。
『誰にも話したことのない秘密を暴露する』
「えー、と。あまり自分から話すことではないのですが、中学3年生の時に、痴漢されている女性を助けたことがあります」
「……へぇ。カッコイイねぇ」
「いえ、そんなカッコイイものではありませんよ。内心汗だくで、膝もガックガクでした」
「それでも、他人に深入りしない君が、恐怖心と戦いながら人を助けるなんてさ。すっごいことだよぉ」
「ふふ、ありがとうございます。その女性の家付近まで送ったのですが、どんな会話をしたのか、緊張のあまり覚えていなくて」
眼鏡をかけて、マスクをしている人だったから、顔もはっきりとはわからない。
年齢も降りた駅も先輩と同じだったわけだし、もしかすると先輩の知り合いだったりするのだろうか。
「さて、次はボクのターンだねぇ。悩まずほいっと」
先輩は、揃ったクイーンを捨てる。
これも、2枚とも書いてある罰ゲームは同じ。そういうものなのか。
『20秒間、相手にくすぐられる』
「……では、くすぐらせてもらいます」
「指の動きがすご……んぅ、ひ、ひひぁあははははは!」
「こっちはどうですか」
「腋はだめぇ、んっふふ、あはっ、あはははははっ!」
「弱いですねぇ」
「も、もう20秒たったってぇ! とんじゃうってぇ!」
先輩の言葉で我に返り、手を止める。
何処に飛ぶところだったんだろう。天国とかだろうか。
あまりにもイイ声で鳴くもんだから、つい歯止めが効かなくなってしまった。反省。
「では、引きます」
「はぁっ、はぁ……どうぞぉ」
今度は、真ん中のカードが飛び出している。自己主張の高いそれを、試しに引いてみることにした。
大きな鎌を持った道化師が、いやらしく微笑みかけてきた。最悪だ。
そして何より恐ろしいのは、その鎌に書かれている罰ゲームの内容。マズい、これは本当に負けられない。
「くっ……どうぞ」
「ふふ、勝たせてもらうよぉ」
先輩を真似して、私も真ん中のカードを目立たせる。これはフェイクだ。
しかし先輩は迷うことなく、この飛び出したカードを引いて、揃ったエースを捨てる。
『身につけている衣服を一つ脱ぐ。どれを脱ぐかは、正面にいる人が決める』
「なんですかこれ、不健全が過ぎませんか」
「手札にある時からわかってたじゃん。ほら、早く決めて?」
「では……上に着ている、ルームウェアを脱いでください」
「はぁい」
ピンクと白のモコモコを脱ぐと、何故かノーガードの胸が眼前に現れた。脱いだ反動で、揺れに揺れている。
「なんでブラ着けてないんですか!?」
「えー、だって部屋でゆっくりしてる時は外したくなるんだもん」
「か、隠してください」
「罰ゲームだもん、隠せないなぁ」
マズい。これは集中ができない。見ても別に誰かに咎められることは無いけれど、それにしたって正視できない。
なるべく胸を見ないように、先輩の手札から1枚抜き取る。
当然揃うので、罰ゲームを実行する。
『全員に、自分の体にあるホクロを3つ見せる』
「バカじゃないの!?」
「ほらほらぁ、早く見せてよぉ」
「私の体のどこにホクロがあるのか、先輩ならご存知ですよね」
「えーわかんなーい。もしかしてぇ、脱がないと見えないところにあるのかなぁ?」
とぼけながら、胸を揺らして迫る先輩。悪質だ。悪質だよこの人。
私は袖を捲り、右の二の腕と、左の肘付近にあるホクロを見せる。なんだこれ、今のご時世でこのトランプは発売できないでしょ。
「あ、あと一つは……勘弁していただけませんかね」
「だーめ」
「わかりましたよ、もう」
服を脱ぎ、左胸の上の方にあるホクロを見せる。
勿論、私は下着を着けているので、先輩のような事態にも痴態にもならない。
「いやぁ、大満足。あとは、ボクがジョーカー以外を引いたら終わりだねぇ」
「私の手札は残り3枚。3分の2で敗北ですか」
ヒリついた緊張感にザワザワする。鼻や顎がシャープになり、汗がとめどなく溢れ出す錯覚。
最後は小細工なし、3枚をテーブルの上に並べる。ジョーカーの場所はわかっている。これは、表情に出るのを防ぐためだ。
「考えたねぇ。じゃあ真ん中にしよ」
「……先輩は仰いましたよね。常に切り札が手元に来ると」
「えっ、うわぁ最悪だよぉ」
狼狽し、手札をシャッフルする先輩。
先輩も、1枚だけ飛び出させたりはせず、3枚を均等に広げて持つ。
左の1枚を引き抜くと、先輩はあっ、と小さく悲鳴を漏らした。
このババ抜きの間で、先輩の癖がわかった。引く時もジョーカーを置くところも、どちらも真ん中ばかり。
「私の勝ち、ですね」
最後に、揃ったカードを捨てる。勝利が決まったが、罰ゲームはしないといけない。
『右隣の人にキスをする』
「右隣は不在なので、正面にいる先輩にしますね」
敗北し、呆然とする先輩の唇にキスをする。これは、私にとっても先輩にとっても、罰ゲームにはなり得ないな。
「うぅー、キスは嬉しいけど悔しいよぉ」
「では、私の最後の1枚を引いて、そこに書いてある罰ゲームと、ジョーカーの罰ゲームの2つをお願いします」
「え、鬼かな?」
『正面の人をハグして愛を囁く』
『ジョーカー:1人を指名し、その人がゲーム中に行った全ての罰ゲームをする』
「では、よろしくお願いします」
真面目な話をした後にデュエルするの、楽しい。




