28日目:椴米でキス(中編)
なんか長くなったのに、終わらなかったです。
「いらっしゃい」
頭にバンダナを巻いた初老の男性が、入店した私たちに声をかける。
入口の正面にレジがあり、そこにその男性は座っている。店内は結構広い。
右側が家電や雑貨類、左側が古着系を置いているように見える。この店に来るのは初めてだ。
「まずは、雑貨類を見ましょうか」
「そうだねぇ。あ、古い電話とかあるよぉ」
「黒電話ですね。タイプライターとかもありますよ」
まるで民俗資料館のようだ。
食器、ダルマ、招き猫。ポスターにぬいぐるみに、フィギュアに子ども向け玩具。リサイクルショップの、無節操な感じが出ている。
「ねぇねぇ、これ見てよ」
「カメラ、ですか」
「サブカル好きな女子を気取るわけじゃないけどぉ、こういうカメラいいなぁって」
「フィルムカメラですね。現像してくれる店も少なくなりましたよね」
デジカメの方が楽だし、残数を気にせず撮れるし、現像しなくても楽しめるし、なんならスマホでも写真は撮れる。
けど、フィルムカメラには、それにしかない魅力がある。先輩は部屋に写真を貼っていたし、形に残すのが好きなのだろう。
「やっぱり、普通のデジカメにした方がいいかなぁ」
「お嬢ちゃん、フィルムカメラに興味があんのかい」
店長が話しかけてきた。随分と目を輝かせている。
「店長さん。ボクは初心者なんだけどぉ、それでも平気かなぁ」
「そうだな。現像するまで仕上がりはわからねぇし、スマホに保存して見直すなんてこともできねぇし、誰にでもおすすめはしないな」
「やっぱり、そうだよねぇ」
「試しに使ってみるかい。これと、期限が切れてないフィルムを貸してやるよ」
「えっ、それならちゃんとお金は払うよぉ?」
「今日一日、使ってみろ。それで、良かったら買ってくれ」
店長はガラスケースを開け、フィルムカメラを取り出した。
黒いボディの、一眼レフ。頑丈そうな見た目をしている。ちらりと見えた値札には、3万6千円と書かれていた。相場がわからないので、高いのか安いのかはわからない。
「結構重たいねぇ」
「軽いやつもあるけどな、まぁこれがオススメだ」
「ありがとぉ」
「取り敢えず、絞り優先で撮れば大丈夫だ。レンズとかなんとか、そこら辺は後で良いだろ」
店長は先輩からカメラを受け取って、同じガラスケースからフィルムケースを取り出し、カメラにフィルムをセットして、また先輩に手渡した。
「何から何まで、本当にありがとぉ」
「デート、楽しんでこいよ」
「あはぁ。恋人に見えるぅ?」
先輩はイタズラに微笑み、カメラを首から下げる。フィルムカメラを持っているゴスロリ風の少女。なんだこれ、よくわからないけどときめく。
2人で店長さんに頭を下げ、店を出る。
早速、先輩は店の外観を撮影した。
「次は、何処に行きます?」
「古本屋さん、とかいいんじゃないかなぁ」
「先輩の部屋には、ほとんど本とかありませんでしたよね」
「そうだねぇ。ボクの趣味はコスプレと莎楼くらいだからねぇ」
「趣味の枠に、私の名前があった気がしますが」
「あはぁ。趣味というか、生き甲斐というか、生きる理由というか糧というか」
「依存性が、合法のそれではありませんね」
それとも、世間で持て囃されている愛とか恋というものは、依存性が極めて高いものなのだろうか。
考え出すと、答えが出ないまま悶々とするのは目に見えているので、やめておこう。
歩き始めて10分ほどで、古本屋に到着した。
古本の独特の匂いが、私たちを歓迎する。
「君はさ、小説って読むタイプ?」
「作家買いをするタイプです。行方行方の作品はほとんど持っていますね」
「不行市出身の小説家だよねぇ。名前だけは知ってるよぉ」
「おや、ご存知でしたか」
「読んだことはないけどねぇ」
行方行方。
不行市出身、不行市在住の小説家。本名は勿論、顔や性別、年齢も不明。
恋愛小説以外のほとんどのジャンルに精通していて、特に推理小説が人気だ。
「あ、ここら辺が行方行方のコーナーですね」
「おすすめはどれぇ?」
「おすすめ、ですか。私が好きなのは、『サヨナラエナジー』ですね。えっと、行方行方が書いた唯一の恋愛小説でして、恋を知らない私にも楽しむことができた作品です」
「じゃあ、それを買おうっと」
「あまり小説はお読みになられないのでは?」
「好きな人が好きなものを、理解しようとするのはおかしいかなぁ」
昨日の私の言葉を真似し、にやりと笑う先輩。
この人は本当に、そういうのが上手い。それはつまり、私との会話をしっかりと覚えているということでもある。
他愛ない会話でも、記憶に留めておいてもらえるのは嬉しい。現実の世界では、チャットログなんて無いわけだし。
先輩と一緒に、行方行方の小説をレジに持って行く。
私が買うのは既に持っている作品だけれど、初版で帯付きのものがあったので、つい買ってしまった。
「あとは、どうしましょうか」
「そろそろご飯が食べたいなぁ」
「そうですね。もうすぐお昼ですし」
「何か食べたいもの、あるぅ?」
「先輩の行きたいお店で良いですよ」
「んー。椴米のお店には、あんまり詳しくないんだけどなぁ」
話しながら、様々なお店の前を通過する。怪しい佇まいの店舗ばかりだ。妙に狭いリサイクルショップは怖くて入れない。
お店が途切れ始めた辺りで、『本とイタリアン』と書かれた木の看板が目に入った。ログハウス風の、暖かさを感じる木の建物だ。
「ここにしましょうか」
「いいねぇ」
木の扉を開けると、チリンと鈴が鳴った。Ventiと似ている。
「いらっしゃいませ。2名様ですね。お好きな席へどうぞ」
「窓際にしよっかぁ」
「はい」
エプロンとデニム姿で、眼鏡をかけた三つ編みの女性が、窓際の席に案内してくださった。見た目はかなり若い。
木の椅子に座り、木のテーブルの上に置かれたメニューを見る。何もかも木ばかりで、こだわりが窺える。
店内を見渡すと、所々に本棚がある。売り物なのだろうか。
「ボクは、このナポリタンとハンバーグのセットにしようかな」
「ハンバーグ美味しそうですね。どうしようかな……」
「じゃあ、ボクのハンバーグをちょっとあげるからぁ、別のにしなよぉ」
「……先輩は、他に食べたいものありますか」
「ピザかなぁ」
「わかりました。では、マルゲリータにします」
卓上のベルを鳴らすと、先程の店員さんがすぐに来た。
「ナポリタンとハンバーグのセットとぉ、マルゲリータ。あと食後にコーヒーを2つお願いしまぁす」
「かしこまりました。店内の本は、ご自由にお読みいただけますので、もしよろしければどうぞ。購入もできますので」
店員さんはそう言って、頭を下げて厨房へ向かった。
早速、先輩は立ち上がり、本を取りに行く。どんな本を持ってくるのか、少し楽しみだ。
5分ほど、何冊かパラパラと捲って確認していた先輩が、少し慌てた様子で1冊の本を持ってきた。
「これ見てぇ」
「行方行方の小説ですか」
「これ、サイン書いてるよぉ?」
「えっ!?」
サイン会が開催されたことは一度も無い。顔も性別も不明なのに、どうやってこの本の持ち主はサインを入手したのだろう。
そもそも本物かどうかなんてわからない。真偽の確かめようもないのだから。普通に黒のペンで、行方行方と書かれているだけだ。
まるで、自分の持ち物に記名するようなシンプルな書き方。
「おまたせしました。マルゲリータです。……あら、行方行方のファンなんですか?」
「あっ、えっとその、この本のサインってご本人のものですか?」
「私が、本人を自称する人物から受け取ったものです。証拠はありませんけど」
「へぇ……。あ、すみません。マルゲリータ食べましょうか」
湯気が揺らめくマルゲリータを、2人で丁寧に取る。チーズが際限なく伸びる。すごい。顔に付かないように、慎重に口に運ぶ。
うん、チーズ自体の味がかなり好みだ。トマトも少し酸味があって、それがまたチーズとの相性がいい。バジルは新鮮なようで、みずみずしさがある。
「おいしぃねぇ。生地も薄めだけどしっかりしてる」
「不行だと、美味しいイタリアンって無いですもんね」
「お待たせしました。ナポリタンとハンバーグのセットです」
「ありがとぉ」
ナポリタンと、小さい皿にハンバーグが乗っている。
先輩がナイフとフォークでハンバーグを四等分に切り、一片をフォークに刺して、私に向ける。
「はい、アーンしてぇ」
「あーん」
デミグラスソースと肉汁が、口いっぱいに広がる。美味しい。
イタリアンのお店で、ハンバーグがあるのが疑問だったけど、これは納得の美味しさだ。
ハンバーグの美味しさと、自然とアーンをするようになったことに対して頬を緩めていると、フィルムカメラがこちらを向いた。まるで銃口。
「あっ。ちょっと、何撮ってるんですか」
「君の幸せそうな顔をパシャっとねぇ」
口いっぱいに頬張っている顔を、切り取られるなんて恥ずかしい。現像しても誰にも見せないことを祈る。
本当は後編にする予定だったのですが、やっぱりデートは長くなりますね。




