3日目:サタデー・デート・フィーバー(前編)
3日目は土曜日のお話になります。学校がない日はログインボーナスも無いはずが……?
小学生の頃から愛用している目覚まし時計が、ジリリリリと鳴り響く。
それを止めて、カーテンの隙間から射し込む朝日に目を細め、昨日の放課後、先輩と過ごした時間を思い出す。
まさか夕飯までご馳走になるとは思いもしなかった。しかも焼肉。花盛りの女子2人は、食い盛りでもあったわけだ。
先輩のあの、一部を除いて細い体のどこに吸収されるのだろう。全部、胸にいっているのだろうか。それなら少し羨ましい。
今日は土曜日。学校は休みで、私も先輩も部活動をしていないので、完全に休みだ。
つまり、ログインボーナスも無い。
「……先輩と同じバイトにしようかな」
私の方が、ログインボーナスに対して乗り気になってどうする。恐らく、先輩には簡単に勘づかれてしまうだろう。
先輩のシフトは、基本的に月水木土の4日間。そんなに働けるなんて尊敬に値する。私には到底無理だけど、土曜日も先輩に会えるだけで価値がある。
体を起こして、スマホから充電器を抜く。電源を入れると、着信履歴が一件。先輩からだ。
寝ている時は通知音が鳴らないように設定しているので、気が付かなかった。目覚ましが鳴る20分前にかかってきている。随分と早起きだ。
急ぎの用だと困るし、すぐに折り返し電話をかける。
「もしもし、おはようございます先輩」
『おはよぉ。ごめんねぇ朝早くから』
「いえ、休日に先輩と話せるだけで嬉しいですよ」
『あれぇ、なんだかデレてる』
「用件はなんでしょうか」
『バイトが休みになったから、遊びたいなぁって』
「すぐ準備します」
『あはぁ。そんなに急がなくてもいいよぉ』
10時に駅で待ち合わせることが決まり、会えないはずだった先輩に会える喜びで、浮き足立っている自分に気がつく。
ベッドから出て、一階へと階段を降りる。
バイト先も違う、部活もしていない先輩と、こうして仲良くなったのは何故だったか。どうも思い出せない。気が付くと、たまに一緒に遊ぶ仲になっていた。
そして今では、ログボを前提に好意を寄せられる仲に。なんだログボを前提って。
ログボと言えば、次に会うのは月曜だと思っていたから何も考えていない。どうしよう、ほっぺにキスの次ってなんだろう。同じ内容でも良いのだろうか。
まだ3日目だし、地味でも仕方ないと納得してもらおう。
「おはよう。ごきげんね」
台所に立っていたお母さんに、顔を一瞥されただけで機嫌が良いことがばれてしまった。流石は肉親。
「え? そうかな」
「うん。好きな人にでも会うの?」
「……うん、大好きな先輩に会うの」
ふぅん、とだけお母さんは呟いて、手作りのサンドイッチを私の前に置いた。
卵とハム、苺ジャム、ピーナッツバターの3種類。まず苺ジャムのサンドイッチに手を伸ばすと、お母さんが私の向かいに座った。なんだか神妙な顔をしている。
「あのさ。あんたは好きな人と一緒になりなよ」
「お母さんは、好きな人と一緒になってないの?」
「なれなかった。相手も女性だったから」
「へ、へぇ。じゃあお父さんのことは好きじゃなかったの?」
「一番じゃあなかったけど、好きだった。でも一番好きじゃなかったから、今は家にいない。駄目よね、中途半端な気持ちで人と付き合ったら」
「……どうして、こんななんでもない土曜日の朝にそんな話をする気になったの? 今まで、そういう話はしたことがなかったのに」
「あんたが恋をしたら話そうと思っててさ。遅いなーって心配してたんだけど、良かったよ。ゲーム以外にも興味があるみたいで」
「悪いけど、これはまだ恋じゃないよ」
「早めに認めた方が、人生得だよ。時間を有意義に使える。青春はねぇ、大人になって経験を積んでお金も稼いで、それでも振り返ってしまう思い出の時間だよ。10代の1日は20代の1ヶ月だよ、覚えておきな」
「……ありがとう、お母さん」
サンドイッチを全て食べ終え、歯を磨きに洗面所へ向かう。
お母さんも女の人が好きだったんだ。今、お父さんがいないのは、そういうことだったんだ。
なんだか、とても説得力のある言葉だった。先輩のログインボーナスもそうだけど、一日一日を意識して過ごすということは、とても大切なことなのかもしれない。
ふと、自分で思ったお母さん『も』、という部分に引っかかった。違う違う、私は違う。
将来は彼氏を作って、平凡な家庭を築いて、そしてゲームを続けて、たまに先輩と遊ぶのも良いだろう。そう、それでいい。だってこれは恋じゃないのだから──
「それより、先輩と一緒の方が幸せそうだなぁ」
早く認めてしまった方がいいかもしれない。人生の時間を、有意義に使うために。
今日のログインボーナスは決まった。
次回、デートします。