28日目:椴米でキス(前編)
50話目になります。え、まだ28日目?
朝。……だと思って目を覚ましたが、部屋が暗い。
時計を確認すると、まだ午前4時だった。隣で先輩も、すぅすぅと寝息を立てている。天使かと思った。
目が覚めたついでに、トイレに行って、水でも飲むか。
先輩の腕をゆっくり避けて、立ち上がる。
するりと離れた先輩の腕が、私の右腕を力無く掴んだ。
「んぅ……くぐる。どこいくの……」
「先輩、起こしてしまいましたか。ちょっとトイレに」
「そっか……むにゃ……」
先輩は、すぐに眠った。なんとなく、反射的に目が覚めたのだろうか。まるで、置いていかないで、と言われた気分だ。
部屋を出て、冷たい階段を降りる。
リビングで、お母さんが水を飲んでいた。
「おはよう。昨夜はお楽しみだったかしら」
「おはよう。帰りが遅かったのに、もう起きてるの?」
「これから寝るところ」
「若いね」
欠伸をするお母さんを横目に、トイレに向かう。
いつ帰ってきたのだろう。職場の飲み会だけで、こんなに遅くなるだろうか。なんて、邪推しても仕方ないか。
トイレと水飲みを済ませ、部屋に戻る。ベッドの上では、まだ天使が寝ていた。今度こそ起こさないように、ゆっくり布団を被る。少し冷えた体に、先輩の熱がゆっくり伝わる。
これなら、すぐに二度寝できそうだ。
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「ん……」
ほんの少しだけ、部屋が明るくなっている。今度こそ朝で間違いなさそうだ。
先輩は私に抱きついたまま、まだ寝ている。あの後、また抱きついたのか。無意識って凄い。
無理に起こすのも悪いし、もう少し横になったまま、まったりしよう。
「莎楼ぅ……もう朝ぁ……?」
「一応朝です。8時を回ったところですね」
「そっか……。んー……ふわぁ」
「本当に先輩は、朝に弱いですよね」
隣で欠伸をする先輩を見て、思わず頭を撫でてしまった。仮にも年上に対して、これは失礼だろうか。
猫じゃあるまいし、喉をゴロゴロ鳴らしたりはしないけど、目を細めて微笑む先輩。何故、いつもすぐに猫を想起してしまうのだろう。
布団を出て、カーテンを開ける。今日は天気が良い。絶好のデート日和だ。
「まぶしぃー……」
「ほら、先輩。天気も良いですし、遠くに行くなら早く行動しましょうよ」
「わかったよぉ、起きるよぉ……」
冬眠から覚めた熊のように、のそのそと布団から這い出る先輩。多分だけど、冬とか起きれないんだろうな。
寝惚け眼の先輩の手を引いて、リビングへ向かう。今は裸眼だから、階段は危険だと判断した。
「コンタクトを着けたら、朝ごはんにしましょう」
「駅かコンビニで買ってぇ、そのままお出かけしようよ」
「何処に行くか、決めましたか?」
「椴米に行こうかなぁ」
「珍しいチョイスですね」
椴米市。
不行市から車で1時間弱ほどの距離にある、比較的行きやすい街。
古本屋やリサイクルショップが多く、別の地域から、根強い愛好家が訪れることでも有名。
ログボ実装前は、私も最低でも月に1回は遊びに行っていた。
「別に探しているものがあるわけじゃないんだけどぉ、なんとなく見るのが楽しいんだよねぇ」
「わかります。私も好きです」
コンタクトレンズを装着し、やっと眠そうな顔をやめた先輩が、私の顔を覗き込む。はっきり見えるようになった確認だろうか。
「よし、それじゃあ椴米に行こう」
スマホで電車の時間を調べる。
今から30分後に、椴米を通過する電車が肆野駅に到着するようだ。
「コンビニに寄ってから駅に行っても、余裕がありますね」
「じゃあ、そうしよっかぁ」
2人で歯を磨き、交代で顔を洗う。
先輩が髪を整えている間に、着替えておこう。
そういえば、先輩のリュックの中でカシャカシャと音を立てていたのは、なんだったのだろう。訊いても良いのかな。
部屋のタンスから、まだデートで一度も着ていない服を選ぶ。そろそろ夏服も買わないと。
黒と白のボーダーのバスクシャツと、カーキ色のスカートに着替える。
「あれぇ、もう着替え終わったのぉ?」
いつも通りの髪型になった先輩が、可愛いねぇと呟きながら、部屋に戻ってきた。
「あ、先輩。はい、いつでも行けます」
「それじゃあ、ボクも着替えようっと」
先輩はリュックの中から、黒いワンピースを取り出した。上手く言えないけど、ゴスロリのような服だ。
白い襟に黒いリボン、袖口にもリボン。スカートの丈は膝が少し見えるくらい。白のソックスが眩しい。
白のショルダーバッグも取り出し、財布とスマホを入れている。
「詳しくないのですが、ゴスロリというやつですか」
「そんな感じぃ。似合うかなぁ」
「めちゃくちゃ似合ってます。この襟は、着脱式なんですね」
「うん。外したら、普通に黒いワンピースとしても着れそうでしょ」
胸が大きくても、ゴスロリって似合うものなんだ。自分の中の偏見的な何かが、音を立てて崩れる。
派手すぎず、甘すぎない可愛さというか。
「それでは、行きますか」
「はぁい」
「リュックは置いていくんですか」
「うん。デート終わってすぐ解散だと、ちょっと寂しいでしょ?」
「そうですね」
まだ先輩と一緒に居られるんだ。なんて素敵な休日なんだろう。
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『次は椴米です。椴米では、全てのドアが開きます』
電車の中で、コンビニで買ったパンを食べながら、他愛ない話をしていると、アナウンスが流れた。
1時間ほど揺られていたとは思えないほど、時間の流れが早く感じる。
「それでは、そろそろ降りる準備をしますか」
「そうだねぇ。あ、その前にぃ、キスしてもいい?」
近くの座席に人が居ないことを確認し、先輩の申し出を許可する。
先輩の唇が、頬に柔らかく触れる。元々、私から先輩の頬にすることは多かったけど、逆は珍しい。
と思ったが、そういえば先日、駅で頬にキスされていた。
「珍しいですね、唇にしないなんて」
「たまにはいいでしょ」
「元々は、ほっぺがメインでしたね」
ゴミを片付けて、荷物を持つ。
電車が停止し、全てのドアが開いた。一番近くのドアから、手を繋いで降りる。
「んー、いい天気だねぇ。暑くなく、寒くないって感じぃ」
「こっちも晴れていて、良かったですね」
「そうだねぇ。デート日和だねぇ」
手を繋いだまま、子どもみたいに笑う先輩。
駅を出てすぐに、老舗の佇まいのリサイクルショップが眼前に飛び込んできた。
「まずは、あそこから入ってみますか」
「さんせーい」
50話も書くことが出来たのは、応援してくださる皆様のおかげです。本当にありがとうございます。




