27日目:ひとつ傘の下、屋根の下(中編)
訂正とお詫び:前編の後書きで、「次回、パジャマパーティー」と書いていましたが、まさかの後編に持ち越しになりました。申し訳ございません。
幼稚園では節分の時に、太鼓を鳴らしながら鬼がやって来たことを、先輩の来訪を告げるインターホンの音で何故か思い出した。
種類の違うドキドキがごっちゃになっている。吊り橋効果の逆バージョン的な。
鍵を開け、ドアを開くと、リュックを背負った先輩が、満面の笑顔で立っていた。
「おじゃましまーす」
「どうぞ」
「お義母さんはぁ?」
「職場の飲み会に参加するようで、遅くなるとメモが置いてありました」
「ご都合主義かなぁ」
「なんの話しですか……」
取り敢えず、一緒にリビングに入る。先輩は、リュックからお肉を取り出した。パック詰めされた豚肉と牛肉。パジャマパーティーに肉を持参する女子、どう考えても強そうだ。
それを私が冷蔵庫に入れ、部屋に行くよう促す。2人きりとはいえ、なんだかんだで部屋の方が都合がいい。……何がだろう。
階段を上る私の後ろから、カシャカシャと音が鳴るリュックを背負った先輩が着いてくる。何が入っているんだろう。
「君のおうちに来るのは4回目だけど、部屋に入るのは3回目だねぇ」
「思ったより来てますね」
「そうかなぁ。もっと来たいくらいだよぉ」
「これから先、いくらでも来れますよ」
部屋のドアを開け、一緒に入る。時間に余裕があったので、きちんと片付けてある。
部屋の真ん中に置いてある、ガラステーブルの横に置いてあるクッションに、先輩は腰を下ろす。
「今、お茶をお持ちしますね」
「待ってぇ。その前に、キスしよ」
「いいですよ」
先輩の目の前に座り、唇を重ねる。今日は、あと何回キスするのだろうか。えっちなことはしないと言っていたけど、キスは例外だろうし。あれ、キスってえっちじゃないよね。
お茶を取りに行くため、先輩を部屋に残し、階段を下りる。
時刻は午後5時半。先輩は、普段は夕飯を何時くらいに食べているのだろうか。戻ったら訊いてみよう。
お茶を持ったまま、どうやってドアを開けようかと悩んでいると、私の気配を察したのか、先輩が開けてくださった。優しい。
「ありがとうございます。あの、夕飯は何時くらいにしますか」
「旅館の女将さんみたいだねぇ。うーん、君に合わせるけど」
「では、あと1時間ほどで作り始めようと思います」
「はぁい。それまで、何しよっか」
「友人がほとんどいないのでお聞きしますが、友だちと一緒に過ごす時は、何をするのが正解なんですか」
「えー、それをボクに訊くぅ?」
先輩は困惑しながら、本棚に手を伸ばして、中学の卒業アルバムを取り出した。私ですら、最後に見たのがいつか思い出せない代物だ。
「あの、何をなさるおつもりで?」
「先輩に遣うレベルの敬語じゃないよぉ、それ。いや、やっぱりお泊まりの醍醐味は、卒業アルバムを見てキャッキャウフフすることだよねぇ」
「そんな盛り上がります!?」
カバーを取り外し、ページを開く。アルバム特有の、ページをめくる際のペリペリ感と、不思議な匂いがする。
教員紹介やクラスの集合写真を飛ばし、各クラスのページから読み始める先輩。
「1組、にはいないね。2組……でもないか。あ、この子知ってる」
「え、どうしてですか」
「バイト先にいるんだぁ。そっか、君とオナチューだったんだねぇ」
「……おなちゅーってなんですか。先輩のことですか」
「アレの中毒者って意味じゃないよぉ。同じ中学って意味」
「ごめんなさい、ひたすらにごめんなさい」
「あはぁ。キスで許してあげる」
「んっ」
平謝りする私に、特に怒っているようには見えない先輩が、キスをする。アルバムから、20数人くらいの視線を感じる。こっちを見ないでほしい。
「ぷはぁ。あ、3組にはっけーん。この尋常じゃないくらい可愛い子だよねぇ?」
「どう見ても、根暗なオタクですよこれ」
「いやいや、この頃の君にも会って……うん、ねぇ。会ってみたかったなぁ」
「……?」
なんだろう、何で言葉に詰まったのだろう。まるで、会ったことがあるけれど、そのことを隠しているような。
いや、こんな綺麗な人に会っていたら、忘れるわけがない。気のせいだろう。
先輩は、どんどんページをめくる。私以外に、特に興味が無いのだろう。……いや、これ自分で言うのめちゃくちゃ恥ずかしい。心の中でも恥ずかしい。
「体育祭の時の君、すごく可愛いねぇ。髪しばってるの新鮮だよぉ」
「今はこの頃よりも短いので、結ばなくなりましたからね。……もう少し、長い方がお好みですか?」
「どっちも可愛いから大丈夫だよぉ」
「ふふ、ありがとうございます」
付き合ってもいないのに、先輩の好みに合わせて、髪型を変えようか思案する自分がいたことに、内心驚いている。
先輩はアルバムを閉じて、棚に戻した。そして、小学校の卒業アルバムに手を伸ばしたが、指をクルクル回し始めた。なんだろう、悩んでいるのだろうか。
「うーん、やっぱりやめておこう」
「どうしてですか?」
「小学生の頃の君なんて見たら、何かに目覚めちゃいそうだし」
「……変態。あれ、そういえば小学校も違うんでしたっけ」
「そんな目で見ないでよぉ。うん、ボクは不行西小から不行西中だからねぇ。君は東でしょ?」
「そうです。微妙に住んでいる地域で変わりますよね」
ふと時計を見ると、午後6時を少し回っていた。そろそろ夕飯の支度を始めましょうか、と言うと、先輩は微笑んで頷いた。
一緒に部屋を出て、キッチンへ向かう。まだ何を作るか決めていないけど。
「お肉は沢山持ってきたけど、どうしよっか」
「ホットプレートで焼肉でもしますか」
「それいいねぇ」
「えっ、冗談のつもりだったんですが。良いんですか?」
「えっ、うん。君の手料理も食べたいけどぉ、そっちの方が君も楽できるし、何より遊ぶ時間が増える。でしょ?」
ワガママなだけではなく、気遣いができる先輩。臨機応変というか柔軟というか、本当に尊敬する。
キッチンの戸棚から、ホットプレートを取り出す。久しぶりに使うような気がする。テーブルの上に置き、コンセントを繋いで、温める。
お肉を買った時に貰ってきたのであろう、牛脂を箸で広げる。熱された油が焼ける、いい匂いが漂う。
「先輩、どんどんお肉を焼いちゃってください」
「おまかせあれぇ」
先輩がお肉を焼いている間に、焼肉のタレと、皿と箸を用意する。ご飯は炊いていないけど、まぁいいか。
私はいわゆる焼肉奉行ではないけど、2人でする焼肉は気楽で良い。ログボ実装2日目にも行ったけど、あの時も楽しかった。
「これ、焼けてますよ」
「ありがとぉ」
先輩の取り皿にお肉を乗せる。たっぷりのタレに、ゆっくりと肉が浸かっていく。さながら半身浴だ。
半身浴といえば、食べ終わったらお風呂に入らないと。
「食べ終わったら、お風呂用意しますね」
「一緒に入るぅ?」
「言うと思いました」
そのくらいでは動揺しなくなった。ログボを通じて、着実に経験値を得て、レベルがアップしている。そういうことにしておく。
「あはぁ。これは手厳しいなぁ」
「……言うと思っていただけで、入らないとは言ってませんよ」
少し驚いた表情を見せた後に、にっこりする先輩。
顔が熱い。ホットプレートの熱気のせいだろう。そういうことにしておく。
次回、一緒にお風呂とパジャマパーティー。




