27日目:ひとつ傘の下、屋根の下(前編)
バイトが休み、土日も休み。学祭準備はちょっと後回し。
放課後。朝から降り続ける雨と、気持ちの悪い湿度。
肌にまとわりつくような不快感に苛まれながら、先輩と放課後デートができることだけを楽しみに頑張った。
学祭準備は、取り敢えず段ボールを集めるところからスタートするらしい。暇な生徒たちが、近隣のお店やコンビニに段ボールを貰いに奔走している。うちのクラスは、あまり段ボールを必要としていないけど。
部活やバイトに向かうクラスメートの波に乗って、クラスを脱出し、玄関へ向かう。堂々と帰れない自分が情けない。
玄関には、傘を手に取り、段ボールを集めに向かう集団が居た。
「雨の中、よく段ボールを集めに行けるよねぇ」
「先輩。いつの間に」
「あはぁ。忍びの者の君でも、今回のボクの気配には気づけなかったみたいだねぇ」
「忍びの者……?」
ニンニン、と左手の人差し指を右手で握って、人差し指を立てる、忍者お決まりの印を結ぶ先輩。
そんなに、気配を察知する能力に長けているつもりは無いけど。それとも、クラスの輪に入れない人達の総称か隠語だろうか。
「雨だけど、どうしよっかぁ」
「どうしましょうかね」
田舎特有の、行くところがいつも同じになってしまう現象。飲食できる店が多い反面、遊べるところは少ない。自然と、ゲームセンターかカラオケに固定される。
「明日と明後日も、学校とバイトが休みだからさぁ。お泊まりとかしない?」
「私か先輩の家で、ってことですか」
「うん。どうかなぁ」
ホテルには泊まったが、どちらかの家に泊まったことは無い。パジャマパーティーというやつだろうか。長く先輩と一緒に居られるし、今の私にはたまらないイベントではないだろうか。
「正直、とても魅力的な提案です」
「あ、えっちなことはしないからね……?」
「我慢できるんですか」
「で、できるよぉ」
「では、私の家でどうですか」
「いいのぉ?」
正直、先輩の家に泊まるのは怖い。親とのエンカウント的な意味で。
逆に、私の家だとお母さんが確実にいるけど、そこは気にしない。学生身分で、一人暮らしなんてできないし。そもそも、一人暮らしに憧れは無いけど。
「お母さんがいますが、それでも良ければ」
「全然オッケーだよぉ。またお土産を買っていくねぇ」
「お気遣いなく」
「1回、家に帰って準備してから行くねぇ」
「わかりました。では、一緒に駅に行きましょうか」
「うん」
玄関の傘置き場に雑多に差された傘の中から、自分のものを探し出して取り出す。他の傘の水滴も付いて、べちゃべちゃだ。
「あれ。先輩、傘は」
「なんか今、あだ名で呼ばれたみたいでドキッとしたよぉ」
「いや、それはともかく。傘はお持ちでないんですか」
「いやぁ、持ってきたんだけどねぇ。クラスの誰かが間違えて持って行っちゃったみたい」
「そうですか。では、その、私の傘に入りますか」
「入る入るぅ」
玄関を出て、傘を開く。右手に傘、左手にカサ。なんて、やっぱりあだ名で呼ぶなんて恥ずかしくて無理だ。
先輩が濡れると困るので、傘を左手に持ち替え、2人の真ん中で差そうとすると、先輩がそれを遮った。
「先輩?」
「そうすると、君の右肩が濡れちゃうでしょ」
「いやいや、先輩こそ半身くらい濡れちゃいますよ」
「じゃあぎゅーって密着するから、右手で持ちなよぉ」
「そ、そうですか」
あまりこれ以上言い合っても、「じゃあ入らない」とか先輩なら言い出しかねないので、右手に傘のまま、外を歩く。
先輩の左肩が少しずつ濡れて、肌が透けて見えている。これはまずい。極めてまずい。
コアラの赤ちゃんみたいに、先輩がしっかりと抱きついている左手に、傘を持ち替える。
「あれぇ、いいんだよ遠慮しなくてぇ」
「いえ、その。だいぶ濡れて、透けちゃってますよ」
「別に、君に濡れ透けを見られても恥ずかしくないけど」
「私ではなく、人目のことを言っているんです。あと、普通に恥ずかしがってください」
「あはぁ。だって、お互いに裸を見た仲でしょ」
「……何度見たって、慣れるものじゃないです」
先輩の裸が、脳裏を過ぎる。先輩の裸を見て興奮するということは、やはり私もそっちなのだろうか。恋もまだなのに、そういうことに興奮してしまう自分が情けない。
駅に着き、傘を畳む。皆の傘から垂れたであろう水が、あちこちに水溜まりを形成していた。
ホームには、あまり学生の姿が見られない。学祭準備に勤しんでいるのだろうか。
先輩は不行駅で降りる。私は、真っ直ぐ肆野駅まで行く。先輩のところで一緒に降りて、何か買ったりしましょうか、と提案したけど、やんわりと断られた。
「何を持っていけば良いかなぁ」
「歯ブラシとかパジャマとかですかね。あと、こだわりがあるならシャンプーとか」
「友だちの家に泊まるのなんて初めてだから、よくわからないなぁ」
「私は、中学生の頃に何度か泊まりに行ったことがありますが、自分の家に友だちが泊まりに来るのは初めてです」
「……なんかぁ、『友だち』って言い合うの、照れくさいねぇ」
友だちという言葉が、私たちの関係を表すのに適当とは思えないが、悪い気はしない。今は親友、ということになっているけど。
2人で照れ笑いをしていると、電車が入ってきた。濡れているので、向こうでも雨が降っていることが窺い知れる。
手を繋いで、一緒に乗り込む。車内は空いていた。ドアの近くの座席に、一緒に座る。
「夕飯はどうしましょうか」
「なんか作ってぇ」
「希望はありますか?」
「なんでもいいー、は困るよねぇ。じゃあ肉料理で」
「ふふ、本当にお肉が好きですね」
『次は不行です。不行では、全てのドアが開きます』
「それじゃあ、またあとでねぇ」
「はい。お待ちしております」
先輩の背中を見送り、前に向き直す。
お母さんに説明して、部屋を片付けて、食材を確認して、お風呂も洗おう。猶予は1時間くらいだろうか。
それから、もう1つ準備しないといけないことがあった。この、高鳴り続けている胸を落ち着かせることだ。
次回、パジャマパーティー。