表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/236

27日目:ひとつ傘の下、屋根の下(前編)

バイトが休み、土日も休み。学祭準備はちょっと後回し。

 放課後。朝から降り続ける雨と、気持ちの悪い湿度。

 肌にまとわりつくような不快感に苛まれながら、先輩と放課後デートができることだけを楽しみに頑張った。


 学祭準備は、取り敢えず段ボールを集めるところからスタートするらしい。暇な生徒たちが、近隣のお店やコンビニに段ボールを貰いに奔走(ほんそう)している。うちのクラスは、あまり段ボールを必要としていないけど。


 部活やバイトに向かうクラスメートの波に乗って、クラスを脱出し、玄関へ向かう。堂々と帰れない自分が情けない。


 玄関には、傘を手に取り、段ボールを集めに向かう集団が居た。


「雨の中、よく段ボールを集めに行けるよねぇ」

「先輩。いつの間に」

「あはぁ。忍びの者の君でも、今回のボクの気配には気づけなかったみたいだねぇ」

「忍びの者……?」


 ニンニン、と左手の人差し指を右手で握って、人差し指を立てる、忍者お決まりの印を結ぶ先輩。


 そんなに、気配を察知する能力に長けているつもりは無いけど。それとも、クラスの輪に入れない人達の総称か隠語だろうか。


「雨だけど、どうしよっかぁ」

「どうしましょうかね」


 田舎特有の、行くところがいつも同じになってしまう現象。飲食できる店が多い反面、遊べるところは少ない。自然と、ゲームセンターかカラオケに固定される。


「明日と明後日も、学校とバイトが休みだからさぁ。お泊まりとかしない?」

「私か先輩の家で、ってことですか」

「うん。どうかなぁ」


 ホテルには泊まったが、どちらかの家に泊まったことは無い。パジャマパーティーというやつだろうか。長く先輩と一緒に居られるし、今の私にはたまらないイベントではないだろうか。


「正直、とても魅力的な提案です」

「あ、えっちなことはしないからね……?」

「我慢できるんですか」

「で、できるよぉ」

「では、私の家でどうですか」

「いいのぉ?」


 正直、先輩の家に泊まるのは怖い。親とのエンカウント的な意味で。


 逆に、私の家だとお母さんが確実にいるけど、そこは気にしない。学生身分で、一人暮らしなんてできないし。そもそも、一人暮らしに憧れは無いけど。


「お母さんがいますが、それでも良ければ」

「全然オッケーだよぉ。またお土産を買っていくねぇ」

「お気遣いなく」

「1回、家に帰って準備してから行くねぇ」

「わかりました。では、一緒に駅に行きましょうか」

「うん」


 玄関の傘置き場に雑多に差された傘の中から、自分のものを探し出して取り出す。他の傘の水滴も付いて、べちゃべちゃだ。


「あれ。先輩、傘は」

「なんか今、あだ名で呼ばれたみたいでドキッとしたよぉ」

「いや、それはともかく。傘はお持ちでないんですか」

「いやぁ、持ってきたんだけどねぇ。クラスの誰かが間違えて持って行っちゃったみたい」

「そうですか。では、その、私の傘に入りますか」

「入る入るぅ」


 玄関を出て、傘を開く。右手に傘、左手にカサ。なんて、やっぱりあだ名で呼ぶなんて恥ずかしくて無理だ。


 先輩が濡れると困るので、傘を左手に持ち替え、2人の真ん中で差そうとすると、先輩がそれを(さえぎ)った。


「先輩?」

「そうすると、君の右肩が濡れちゃうでしょ」

「いやいや、先輩こそ半身くらい濡れちゃいますよ」

「じゃあぎゅーって密着するから、右手で持ちなよぉ」

「そ、そうですか」


 あまりこれ以上言い合っても、「じゃあ入らない」とか先輩なら言い出しかねないので、右手に傘のまま、外を歩く。


 先輩の左肩が少しずつ濡れて、肌が透けて見えている。これはまずい。極めてまずい。

 コアラの赤ちゃんみたいに、先輩がしっかりと抱きついている左手に、傘を持ち替える。


「あれぇ、いいんだよ遠慮しなくてぇ」

「いえ、その。だいぶ濡れて、透けちゃってますよ」

「別に、君に濡れ透けを見られても恥ずかしくないけど」

「私ではなく、人目のことを言っているんです。あと、普通に恥ずかしがってください」

「あはぁ。だって、お互いに裸を見た仲でしょ」

「……何度見たって、慣れるものじゃないです」


 先輩の裸が、脳裏を()ぎる。先輩の裸を見て興奮するということは、やはり私もそっちなのだろうか。恋もまだなのに、そういうことに興奮してしまう自分が情けない。


 駅に着き、傘を畳む。皆の傘から垂れたであろう水が、あちこちに水溜まりを形成していた。

 ホームには、あまり学生の姿が見られない。学祭準備に勤しんでいるのだろうか。


 先輩は不行(いかず)駅で降りる。私は、真っ直ぐ肆野(よんの)駅まで行く。先輩のところで一緒に降りて、何か買ったりしましょうか、と提案したけど、やんわりと断られた。


「何を持っていけば良いかなぁ」

「歯ブラシとかパジャマとかですかね。あと、こだわりがあるならシャンプーとか」

「友だちの家に泊まるのなんて初めてだから、よくわからないなぁ」

「私は、中学生の頃に何度か泊まりに行ったことがありますが、自分の家に友だちが泊まりに来るのは初めてです」

「……なんかぁ、『友だち』って言い合うの、照れくさいねぇ」


 友だちという言葉が、私たちの関係を表すのに適当とは思えないが、悪い気はしない。今は親友、ということになっているけど。


 2人で照れ笑いをしていると、電車が入ってきた。濡れているので、向こうでも雨が降っていることが窺い知れる。


 手を繋いで、一緒に乗り込む。車内は空いていた。ドアの近くの座席に、一緒に座る。


「夕飯はどうしましょうか」

「なんか作ってぇ」

「希望はありますか?」

「なんでもいいー、は困るよねぇ。じゃあ肉料理で」

「ふふ、本当にお肉が好きですね」


『次は不行(いかず)です。不行では、全てのドアが開きます』


「それじゃあ、またあとでねぇ」

「はい。お待ちしております」


 先輩の背中を見送り、前に向き直す。


 お母さんに説明して、部屋を片付けて、食材を確認して、お風呂も洗おう。猶予は1時間くらいだろうか。


 それから、もう1つ準備しないといけないことがあった。この、高鳴り続けている胸を落ち着かせることだ。

次回、パジャマパーティー。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング→参加しています。気が向いたらポチッとお願いします。 喫と煙はあたたかいところが好き→スピンオフのようなものです。良かったら一緒に応援お願いします。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ