25日目:先輩にはログボが八日間も無かったので後輩の私が色々することになった(後編)
※本来存在した不適切な箇所を削除し、その後にあった『蛇足:トーク・オン・ザ・ベッド』を改稿したものを後編にしています。
先輩がバスタオルを洗濯機に入れに行っている間に、服に袖を通す。元の格好に戻り、ベッドに座ったまま、壁にもたれ掛かる。
とんでもないことをしてしまった。嫌ではないし、先輩も楽しんでくれている、とは思うけど、やっぱりこんな関係はダメなんじゃないか。
どのくらいとんでもないことをしたかと言うと、恋人同士がするようなこと、だ。
流されやすいというか、強く断れないというか。いや、でも楽しかったし。
悶々としていると、部屋のドアが開いた。はにかむ先輩の手には木のお盆、その上に、ロールケーキとティーカップが2つ。
「ただいまぁ」
「おかえりなさい」
「これ。一緒に食べながらさ、お話しようよぉ」
「ふふ、良いですね。いただきます」
先輩は、私の右側に座り、その間にお盆を置いた。バランスとか怖いけど、案外大丈夫そうだ。
「あの、さ。その」
「謝るのは無しですよ。別に、私は怒っていませんし、嫌でもありませんから」
「……うん、ありがとぉ」
「こちらこそ、ありがとうございます」
何に感謝しているのか、自分でも少しわからないけど、まぁいいか。
ティーカップを手に取り、口元に運ぶ。ふんわりと香る甘い匂い。どうやら中身はミルクティーらしい。少しずつ飲み、喉元を適温のミルクティーが流れていく感覚を楽しむ。
お盆の後ろ側から、先輩が少しずつこちらに左手を伸ばしていることに気付いた。それを、右手で出迎える。指先が触れ、絡める。
「えへへ」
「ふふ」
「あのね、テストが終わったら、いーっぱいお話したいことがあったんだぁ」
「その前に、体でお話しちゃいましたけどね」
「うぅー」
「ふふ、責めていませんよ」
「えっと、まず君に、いつもありがとぉって言いたくて」
「いつも、と言うと?」
繋いだ手をにぎにぎ動かしながら、照れくさそうにする先輩。
「キスとか、デートとか。だから、ログインボーナスを毎日くれてありがとぉって」
「私も楽しませてもらっているので」
本心からそう思う。なんなら、運営の方が楽しんでいる気がしないでもない。
最初はあんなに抵抗のあったキスも、今でも挨拶みたいなものだ。ドキドキはするけど。
今日はもっとすごいことをしてしまったし、本当に私は変わったんだな、としみじみ思う。
「あとね、ニケとアラと3人でカラオケに行ったりもしたんだぁ。君のことを誘いたいってニケが言ってたよぉ」
「先輩ではなくて?」
「ボクはちゃんと我慢したもん」
頬を膨らませて、怒っている演技をする先輩。可愛い。つつきたい。
「しかし、8日間ログボが無いだけで、かなり違う日々でした」
「いい意味で?」
「勉強に集中できる、という意味では良かったかもしれませんが、むしろ先輩のことばかり考えてしまいました」
「ボクも、ずっと君のこと考えてた。……おんなじ?」
「同じです。これじゃあ、意味ないですね」
「じゃあ、次のテスト週間の時は会えるかなぁ」
「会って、キスをするくらいなら。テスト後に先輩が爆発するのが怖いので」
人を危険物みたいに言わないでよ、と笑いながら、先輩はロールケーキを食べる。私も食べよう、と思ったが、そういえば右手が多忙だった。離したくないな。
先輩みたいに反対側の手で掴もうとすると、それに気がついたのか、先輩はロールケーキを取って私に微笑みかけた。
「莎楼、あーん」
「ふぇっ、あーん、ふぁむ」
「おいしぃ?」
「もぐ……ごくん。美味しいです」
突然の名前呼びと、あーんのコンボで気絶しそうになったが、なんとか堪えた。
「ねぇ、莎楼って呼ばれると嬉しい?」
「嬉しいですよ、それはもう」
「ふーん」
「なんですか、そのリアクション」
「自分がしてもらって嬉しいことは、人にもしてあげなさいって教えられなかったぁ?」
期待の眼差しで見つめられる。なるほど、先輩も名前を呼んでもらいたいのか。そうならそうと、早く言ってくれれば良かったのに。いや、言われても呼ぶとは限らないけど。
「教わった記憶はありませんが、何故かその教えって頭の中にありますよね」
「というわけでぇ、お願いしまぁす」
ロールケーキを食べ終え、空になったティーカップを載せるだけとなったお盆を手に取り、床に置く。
空いたスペースを詰め、先輩の耳元に唇を近づける。勿論、手は繋いだまま。
ついさっき、耳を舐められたことを思い出しつつ、先輩の名前を耳打ちする。
「…………先輩」
「んひゃう、くすぐったいよぉ」
「やっぱり、先輩は外せないです」
「今はそれでいいよぉ。君の口から、ボクの名前を聞いたのは初めてだったし」
思った以上に恥ずかしかったが、思った以上に喜んでくれている。言ってみるものだ。
まぁ、名前は本当に恥ずかしいので、名字に先輩を付けて呼んでみただけだけど。
「さて、そろそろ帰りますね」
「あっ、待って」
「はい?」
「えっと、もうちょっとだけお喋りしたいなぁ」
上目遣いで、だめかな、と不安そうに呟く先輩。まだ外は明るいし、急いで帰る理由も別に無いし、そんな怯えた子猫みたいに言わなくてもいいのに。あ、また猫に例えてしまった。
「1つだけ、条件があります」
「なぁに?」
「ミルクティーのおかわりをお願いします」
「あはぁ、りょーかいっ」
安心したのか、笑顔で部屋を出ていく先輩を、ついさっきまで色々なことをしていたベッドの上から見送る。
倒れ込んで、立て掛けてある枕を掴む。先輩の胸ほどではないけど、そこそこ柔らかい。抱きしめて、顔を埋める。
あぁ、先輩の匂いだ。戻ってきて、この状況を見られたらどうしよう。
それも話の種になりそうだし、良いか。




