25日目:先輩にはログボが八日間も無かったので後輩の私が色々することになった(前編)
テストを無事終えた二人に、テストよりも大事なログボが迫る。
「おつかれさまぁ」
「ひぅっ」
3日間のテストも終わり、玄関前の広場で先輩が来るのを待っていると、背後から首筋に冷たい何かが触れた。
振り返ると、満面の笑みを浮かべた先輩が、両手に緑茶の缶を持って立っていた。首筋に触れたのは缶だったらしい。
「はい、どうぞぉ」
「ありがとうございます」
私がいつもお茶ばかり飲んでいるのをよく見ているんだなぁと感動しつつ、緑茶を飲む。疲れた体に、冷たいお茶が染み渡る。
「さて。さてさて。まずはどうしよっかぁ」
「『Venti』でアップルパイでも食べませんか」
「そうだねぇ、お腹減ったもんねぇ」
昼休み無しの4時間だったので、お互いにまだ昼食を済ませていない。ついでに、明日からバイトに復帰できることも、改めてマスターに伝えよう。
「……それで、その。その後は、どちらでなさるおつもりですか」
「微妙に特定のワードを伏せた、無理やりな敬語感が否めないねぇ。やっぱり、ボクの家がいいかなぁ」
「でも、先輩のシーツを汚してしまうことになりますよ」
「シーツが汚れるの前提なんだねぇ」
「あれ、なんか私がすごく乗り気みたいになってませんか」
「あはぁ。気のせいじゃないかなぁ」
金曜日にお話するのが好きって言っていたけど、まさか本当に、えっちなことをするつもりが無くなったのだろうか。
「……あの、先輩の家に行ったら」
「えっちするよぉ」
決定事項だよ、と言わんばかりの表情だ。どうやら、とんだ愚問だったらしい。先輩が一度決めたことを曲げるなんて、ありえるはずがなかった。
Ventiに行くために、戸毬に向かう。それが終わったら、不行駅に戻る。進行方向が逆だけど、仕方ない。
手を繋いで、駅へと向かう。学校帰りに手を繋ぐことに、なんの違和感も感じなくなっている。慣れって怖い。
「あれ、茶戸ちゃん」
「杯さん」
突然、駅の手前でクラスメートに話しかけられた。思わず先輩の手を離してしまう。
普段、教室で少し会話する程度の仲だけど、クラスの中では比較的絡んでいる方だ。
「随分、先輩と仲良しなんだね」
「え、えぇ。とても仲良しですよ」
「私、手を繋ぐくらい仲の良い人なんていないから、羨ましいな」
「……変ですかね」
「ううん、とっても素敵。美男美女ならぬ、美女美女カップルって感じ!」
「それ、すごく濡れまくっているみたいに聞こえますね。あと、私は美女ではありません」
「茶戸ちゃん、最近すごく可愛いよねーって話題になってたよ」
「そう、ですか」
悪口じゃないなら良いか。別に、先輩以外の人にどう評されても、どうでもいい。
「あ、邪魔してごめんね。それじゃっ」
「また明日」
杯さんはバス停に向かって歩き出した。駅の前には、バス停もある。全員が電車通学というわけではない。
先輩が、強めに手を握ってきた。
「先輩?」
「ボクたち、お似合いだってさぁ」
「先輩はともかく、私に対してはお世辞ですよ」
「今の子とは、仲良いのぉ?」
「クラスで話す程度ですね。少しくらい話す人がいないと、支障が出ますから」
駅のホームに入り、手を繋いだまま電車を待つ。テストが終わって喜んでいる学生が沢山いる。私たち程ではないにしろ、皆ある程度は何かが溜まっているに違いない。
「君にも友だちがいたんだねぇ。安心したぁ」
「友だち、ですか。まぁそんな感じですかね」
「ふぅん」
先輩は、それ以上は言及することなく、無言になった。いつも先輩から話を始めてくれるので、沈黙が怖い。
「あ、あの。怒ってます……?」
「機嫌悪く見えたかなぁ。ごめんねぇ」
「怒ってはいないんですか」
「うーん。怒ってはいないけどぉ、複雑な気持ち」
「と、言いますと」
「ほら。ボクと君の関係って、友だちでしょ。で、さっきの子も友だちだって言うからさぁ」
なるほど。同じレベルの関係と言われたように感じて、少し不貞腐れていたのか。可愛いなぁ、この人は。どう考えても、先輩とクラスメートが同じレベルなわけが無いのに。
「私が杯さんとキスをしたり、休日に遊んだりしているわけではありませんし」
「うぅー」
「友だちが不服なら、何か別の案をください」
「かのっ……親友、でお願いしようかなぁ」
思い切り『彼女』と言おうとして、慌てて方向転換したっぽい。仮に付き合ったとしたら、どちらも彼女ということになるのだろうか。謎だ。
「親友ですね、わかりました」
「いつかアップデートできるよねぇ……?」
「さぁ、それはどうでしょう」
「なんで笑ってるのぉ」
ログインボーナスといいアップデートといい、そういう言い回しが先輩は好きなのだろうか。それとも、ゲームが好きな私に合わせているのだろうか。別に、どちらでも良いけど。可愛いし。
頬を膨らませる先輩を見つめていると、電車が来た。
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「アップルパイの……ランチセットです……」
「ありがとうございます、マスター」
「明日から……また、よろしくお願いしますね……」
Ventiで一番人気のアップルパイに、サラダと好きなコーヒーが付くランチセットを、先輩と一緒に頼んだ。たまには他のものを頼もうと思うけど、ついアップルパイのランチセットに落ち着いてしまう。
2人で一緒に手を合わせ、いただきますをして食べ始める。
「やっぱりおいしいねぇ」
「そうですね。バイトをしている時は、美味しそうだなって思いながら運んでいます」
「その気持ち、わかるなぁ」
食べ始めて10分ほどで、お互い食べ終えた。
まだ明るい外を眺めながら、これから先輩の家に行って、先輩が求めていることをするんだと思うと、今更になって緊張してきた。毎日しているキスでさえ、未だに緊張するというのに。
8日分のログボを求める先輩に、果たして私は応えられるだろうか。
次回。あんなことやこんなことをした後の話になります。




