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23日目:まさかのランチ(前編)

先輩のセンパイについては、20日目をお読みください。

「ちょっとおつかいを頼まれてくれる?」


 朝食のおにぎりを食べていると、お母さんに珍しいお願いをされた。いつもは、自分で買い物に行っているのに。


「別に良いけど。わざわざ頼むってことは、別の街ってことかな」

壱津羽(いちつう)町のスーパーで特売があるの。定期区間内でしょ」

「区間外だよ。私の定期は学校から肆野(よんの)まで。壱津羽は学校の手前の駅だから」

「じゃあ、頼むのも悪いわね」

「いいよ。学校のところで降りて、そこから歩くよ。今日は雨も降ってないし」


 ありがとう、とお母さんは言って、私の目の前に5千円札を1枚と、買う物を書いたメモを置いた。


 壱津羽(いちつう)には、何度か行ったことがある。先輩がバイトをしているのが、壱津羽にあるハンバーガーショップだから。


 定期区間に入れたいけど、住所的にできないと前に言われた。残念。そのため、先輩がバイトの日は方向が違うため、一緒の電車では帰れない。それも残念。


 お金とメモを財布に入れ、出かける支度をするために部屋に戻る。

 今日は先輩もバイトは休みだけど、だからと言って必ず会うわけではない。こういう日は何をしているのか、気にならないと言ったら嘘になるけど。


―――――――――――――――――――――


 いつも登校する時に降りる駅に到着し、そこそこ混んでいる構内を抜け、外に出る。


 ここから壱津羽(いちつう)まで、徒歩10分ほど。そこからスーパーまでは5分くらいだろうか。ダイエットだと思って、前向きな気持ちで歩こう。先輩と一緒に外食をする機会が多いから、最近少し太ってきたし。先輩と違って、そのお肉は胸に吸収されないし。


 5分ほど歩いたところで、見覚えのある車が、左にウィンカーを出して停まった。助手席の窓が開き、運転手が私に手を振る。


「どこ行くの。良かったら送るケド」

「ヒアさん。実は、壱津羽(いちつう)のスーパーに用がありまして」

「定期区間外か。私も高校生の時、そうだったよ。乗って」

「でも、お忙しいのでは」

「別に。適当に走ってただけ」

「……では、お言葉に甘えて」

「助手席に乗って」


 助手席のドアを開いて乗り込む。やはり、お風呂上がりのような香りがする。ピンクと紫の中間の色をした芳香剤が目に入った。恐らく、あれの匂いだろう。


「よろしくお願いします」

「うん。一緒に買い物してもいいかな」

「もちろん、それは構いませんが。本当に何も用事が無いのに運転していたんですか」

「まあね。適当に走ってたら、たまに可愛い子を拾えることがあるから。今みたいに」

「え」


 右にウィンカーを立てて、車は動き出す。丁度、車が通らなかったので、すぐに車線に入ることができた。


「カサとは付き合ってるの」

「えっ、いや、そんな。付き合っていませんよ」


 どこまで先輩は話しているのだろうか。まさか、ログインボーナスと称してキスをしているなんて言わないだろう。

 それとも、恋愛相談のようなことをしていたりするのだろうか。なんというか、ヒアさんは経験豊富っぽいし。


「『女同士で付き合うわけないじゃないですか』とは言わないんだね」

「えっと、その。それは」

「ごめん。ほぼ初対面なのに」

「いえ。先輩のセンパイですから、なんでも訊いて下さい」


 あの先輩が、一応は『センパイ』と呼んでいるのだから、畏敬の念を抱いているに違いない。実際、昨日だってわざわざ私の家まで先輩を送り、その後に展望台にまで連れて行って下さったのだから、いい人なのだろう。


「先に言っておくケド、私はいい人じゃないよ。油断したら食べられるかも」

「食べられ……え?」

「冗談」


 ヒアさんは口角をほんの少しだけ上げて、微笑んだ。思わずドキッとしてしまう。先輩とは違うタイプの、妖艶な笑みだ。


「そろそろ着くよ」

「車だと、あっという間ですね」


 スーパーの駐車場は、セールというだけあって混んでいる。ヒアさんはごめんね、と呟いて、離れた場所にバックで停めた。入口付近は混みやすいので、仕方がない。


「行こうか」

「はい」


 ヒアさんは、今日もパーカーとジャージを着ている。昨日とは違い、背中にドクロが書いてあるパーカーだ。両耳のピアスが、近くで揺れる。片耳に6個、両耳合わせて12個ついている。痛くないのだろうか。


 昨日の雨で出来たと思われる、靴に浸水しない程度の水溜まりの上を歩き、入店する。


 スーパーイチツウ。

 4階建ての建物で、1階は食品と飲食店、2階は雑貨と家具、3階は衣料品、4階には本屋と眼鏡屋、キッズスペースがある。間違いなく、不行市で一番大きいスーパー。


「あ、カサ」

「傘、ですか。確か3階で取り扱っていたはずです」

「違う。サドちゃんの先輩の方のカサ」


 ヒアさんが指さす先に、先輩がいた。真剣にトマトを選んでいる。そして、穴が空きそうなくらい凝視している。トマトの品定めに真剣な先輩。なんだろう、新妻感。


「カサ。美人に見つめられて、トマトが真っ赤になってるケド」

「あれぇ、センパイ……と、どうして君が一緒にいるのかなぁ?」

「あのっ、たまたま通りがかったヒアさんが乗せて下さいまして」

「付き合ってないんでしょ。イイじゃん」

「センパイ?」

「冗談。殺気、漏れてるケド」


 本気で焦燥(しょうそう)している先輩。少し怒っている、気もする。もしかして、本当に私が取られると思っているのだろうか。……ちょっと嬉しい。


「えっと。話を戻しますが、何故トマトを見つめていらしたんですか」

「今日はねぇ、食材を買って、料理の練習をしようと思ってたんだよぉ」

「なるほど、それでトマトを。何をお作りになられるんですか」

「カプレーゼだよぉ」

「カサ。それは料理の練習としてはイマイチだと思う」

「どうしてぇ」

「トマトを切って、モッツァレラと交互に並べて、オリーブオイルをかけるだけだから」


 簡単に言うとそうだ。包丁の使い方から勉強するならともかく、先輩は野菜を切るのはできていたし、もう少し火を通す料理をした方が良いと思う。しかし、やる気を出しているのに水を差すのも悪い。


「では、パスタにするのは如何でしょうか。手伝いますよ」

「えっ、いいのぉ!?」

「はい。先輩さえ良ければ」

「なんだ。そういう関係なのか」


 ヒアさんはため息をつき、入ってきたドアに向かって歩き出す。


「えっ、あの」

「邪魔はしないよ」

「センパイも一緒に食べようよぉ」

「え」


 先輩の家で、3人でご飯を食べることになった。

 なんだか不思議な展開だが、今日は先輩と会う予定では無かったわけだし、願ってもいない。

突然のランチの予感。果たして、美味しいパスタは完成するのか。

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