表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/236

22日目:雨の後に歌えば

6月編がスタートします。ここから読み始めても大丈夫だと思います。

 目覚まし時計が鳴る前に、雨音で目が覚めた。


 今日から6月だけど、梅雨入りにはまだ早いはず。

 目覚ましのボタンを押し、鳴らないようにしてから、スマホの充電器を抜く。電源をつけたが、着信履歴は無い。自然とため息が出る。


 スマホを持ち、布団から出て、1階へ降りる。

 卓上に朝食を並べているお母さんに、朝の挨拶をする。今日のメニューは、ベーコンと目玉焼きの乗ったトーストのようだ。


「おはよう」

「おはよう。あら、随分とテンションが低いわね」

「雨だからね」


 先輩からの連絡が無いことも原因の1つではあるけど、半分くらいは本当に雨が原因だ。昔から雨や湿度に弱く、朝から降っている日は特に元気が出ない。


 別に、晴れている日も元気いっぱいというわけではないが。


「取り敢えず、朝ごはん食べちゃいなさい」

「うん」


 胡椒と焼けたマヨネーズの風味が、口いっぱいに広がる。ベーコンのジューシーさと、半熟の目玉焼きのやわらかさがたまらない。黄身がこぼれないように、慎重に噛みつく。


 半分ほど食べ進めたところで、突然スマホが鳴り出した。慌ててトーストを皿に置き、電話に出る。


「も、もしもし」

『あはぁ。今日は起きてたねぇ』

「はい。いつもは、先輩が電話をかけるのが早いんですよ」

『そうだねぇ。あのね、今日から土曜日はバイトしなくなったんだけど、遊べるかな。雨だけど』

「雨が降ろうと槍が降ろうと、先輩と遊べるなら問題ありません」

『ありがとぉ。それじゃあ、10時に戸毬(とまり)駅で待ち合わせってことで』

「わかりました。それでは、また後で」


 急いで残りのトーストを食べ、皿を片付け、階段を上って部屋に戻る。


 通販サイトで買ったばかりの、白のニットセーターと黒のジャンパースカートをクローゼットから取り出し、薄い紫色の折り畳み傘も用意した。服にお金をかけるようになったのも、先輩の影響だ。


 可愛いよ、って言ってもらえるだろうか。

 なんて、浅ましいか。


―――――――――――――――――――――


 午前10時。

 戸毬(とまり)駅のベンチで座っていると、先輩が駆け寄ってきた。胸が暴れている。暴乳(ぼうにゅう)ハロー注意報発令。


 全面に小さいテディベアが沢山描かれている、少し大きめのピンクの服と、黒のショートパンツ。一瞬、服が大きいから、下には何も着ていないのかと思った。


「安心してね、履いてますよぉ」

「ちょっと古いです」

「あはぁ。君がジャンパースカートを着てるの初めて見たけど、可愛いねぇ」

「ありがとうございます。先輩も、ピンクなんて珍しいじゃないですか」

「たまにはいいでしょ」

「はい。とっても可愛いです」

「ありがとぉ」


 良かった、可愛いって言ってもらえた。心の中でガッツポーズをしつつ、ベンチから立ち上がって、微笑む先輩と手を繋ぐ。


 相変わらず、特に行き先は決めていないが、2人で駅を出る。折り畳み傘を取り出そうと思ったが、いつの間にか雨は止んでいた。雲間から、光の梯子(はしご)が伸びている。


「それでは、今日は何処に行きましょうか」

「その前にぃ、6月初のログインボーナスくーださい」

「いつも通り、キスで良いですか」

「ぎゅーってしながら、とかはダメぇ?」

「良いですよ。……あの、駅を出る前にしておけば良かったですね」


 流石に土曜日ということもあって、駅も街中もそこそこの賑わいを見せている。こんな中で、抱きしめてキスは難しい。先輩には申し訳ないけど。


 少年漫画のように、『場所を変えよう』なんて言うのもなんだか可笑しいし、どうしようか。


「じゃあ、カラオケに行こうよ。個室だし」

「カラオケ、ですか」

「苦手ぇ?」

「私、カラオケに行ったことが無いんですよ。歌も得意ではありませんし」

「そっかぁ。ボクも歌は得意じゃないけど、仲のいい人となら案外気にならないよぉ」

「では、ちょっと体験してみます」


 以前に行ったゲーセンの隣に、カラオケ屋がある。土曜日に、予約もせずに行っても大丈夫なのだろうか。混んでいて入れなかった、とクラスメート達が話しているのを、よく聞くけど。


「君は、普段はどんな歌を聴くのぉ?」

「あまり聴かないですね。ゲームのサントラとかは聴きますが」


 歌詞のある曲が苦手で、どうしても内容が頭に入ってこない。歌詞に集中すると曲がわからなくなるし、曲として聴くと歌詞が理解できなくなる。だから、ゲームのサントラくらいしか聴かない。


 駅から歩いて10分ほどで、カラオケ屋に到着した。


「いらっしゃいませ。ご予約はされていますか?」

「してないんだけどぉ、()いてるかなぁ」

「2名様ですね。機種は選べませんが、それで良ければご案内できます」

「じゃあそれでお願いしまーす。2時間飲み放題付きで」

「かしこまりました。26番の部屋になります。ごゆっくりどうぞ」


 伝票らしきものと、おしぼりが入っているカゴを渡され、26番の部屋に向かう。


 部屋の扉を開けると、テレビだけが暗い部屋で光っていた。煙草の臭いがする。


 先輩が部屋を明るくして、マイク2本とよくわからない機械をテレビの前から手元に持ってきた。これで歌う曲を予約するのだろうか。


「ドリンク飲み放題で、2時間も個室で二人きり。これってすごいことじゃないかなぁ」

「確かにそうですね。では、ログインボーナスを」

「お願いしまぁす」


 先輩のことを抱きしめ、唇を重ねる。

 やわらかさと、甘い香りが私を包み込む。さっきまで感じていた煙草の臭いも何処へやら。胸の感触、鼓動の高鳴り、とろける唇の感覚。


 しつこく言うが、付き合っているわけではない。それでも、この感覚は嫌いじゃない。というより好き。大好き。


「キスで長生き、ハグでストレス解消だっけ」

「理論上、不老不死になりますね」

「あはぁ。君と一緒に、長生きできたら嬉しいなぁ」


 バッドエンドくさいフラグめいた発言は控えてほしい。明日にでも先輩がいなくなってしまうようで、怖い。失くしていないのに、変な喪失感が胸に去来する。


「できるに決まっているじゃないですか」

「本当かなぁ。そうだと嬉しいなぁ」

「さて。先に歌ってくださいよ」

「しょうがないなぁ。それじゃポチッと」


 先輩が謎の機械を触ると、1曲目に予約しましたという画面が表示され、音楽が流れ出した。


「これはどんな歌なんですか」

「甘ったるいラブソングだよぉ」


 2時間も先輩の歌うラブソングなんて聴いたら、脳が蕩けてしまわないだろうか。心配だ。

作者はカラオケが苦手です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング→参加しています。気が向いたらポチッとお願いします。 喫と煙はあたたかいところが好き→スピンオフのようなものです。良かったら一緒に応援お願いします。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ