19日目:ときめきはディナーのあとで(後編)
一緒に「ごちそうさま」を言えることの幸せ。
「君の得意料理ってなぁに?」
「基本的に、和食系ならなんでも作れますよ」
「へぇ、家でも作ってるのぉ?」
「家では、たまにしか作りませんが」
午後8時。つまり閉店1時間半前。
スーパーの店内は、閑散としている。とは言え、値引きシールの貼られたお惣菜や刺身を、次々とカゴに入れる主婦やサラリーマンはそこそこいる。この時間ともなると、半額もあるので侮れない。
しかし、今日はお惣菜や刺身を買いに来たわけではない。
「お肉とかも値引きされてるねぇ」
「豚バラ肉とか結構安いですね。食べます?」
「そもそも、何を作るのかわからないけどねぇ」
「マスターからいただいたものと合わせて、なんとなくで作りますよ」
「わー、できる人って感じだぁ」
「先輩は、お料理はなさらないんですか?」
「親が作らないなら覚えるべきだよねぇ。つい外食しちゃって」
親が作ってくれるのに、料理ができる君とは正反対だよ。と先輩はため息混じりに言った。
料理というものは、必要に迫られて覚えるものではないと思う。そういう人もいるとは思うけど、嫌々やっても身につかないだろう。好きこそ物の上手なれ、とは言ったものだ。
「先輩は勉強も運動もできて、美人でスタイルも抜群で。料理ができなくても、私が……わ、私が」
「君が?」
「私が……作ったりとか、その……先輩ができないことは、私がしますよーっていう……すみません、忘れてください」
「あはぁ。ふふふふふ……あははぁっ!」
「そっ、そんなに笑わなくても良いじゃないですか」
抱腹絶倒、破顔一笑。こんなにお腹を抱えて笑う先輩、初めて見た。ひとしきり笑い終えたらしく、瞳に溜まった涙を拭う。
「いやぁ。やっぱり君のこと、好きだなぁって」
「なんですか、それ」
「君はいつだって、ボクに足りないものをくれるなぁと思って」
そんなの、私だってそうだ。先輩から、沢山のことを教えてもらっている。
ログボ1日目に思ったことだ。お互いに足りていない何かを、満たし合えるかもしれないって。まさか、ここまでの効果があるとは思わなかった。凄いぞログインボーナス。運営は私だけど。
「さて。これだけ買えば良いですかね」
「そうだねぇ。冷蔵庫にも、なんかはあるだろうし」
「誰も料理をしないのに、食材が入っているのはどうしてなんですか?」
「食べ物を入れておけば、食事を与えていないんじゃないかって疑われないからでしょ」
「……流石に怖いんですけど」
セルフレジで会計を済ませ、先輩の家に向かう。先輩が財布を出す前に、お金を払うことに成功した。頑張った。
スーパーから先輩の家までは、徒歩5分ほどだ。リッチなだけでなく、立地まで良いとは。本当に、親御さんはなんの仕事をしているのだろう。
「はぁ。なんだか良い夜だねぇ」
「良い夜、ですか」
「うん。空気といい、君が隣にいることといい。最高だよぉ」
先輩は微笑み、私が左手に持っていた、マスターからいただいた袋を取った。それを左手に持ち替える。
空いた私の左手と、先輩の右手が自然にくっつく。まるで磁石のように。磁石との相違点は、あたたかいところ。
「あ、着きましたね」
「それじゃあガチャっと」
先輩が鍵を差し込み、解錠する。相変わらず大きな家だ。
「おじゃまします」
この前と同様の、フローラルな香りが鼻腔をくすぐる。高そうな絵画は、恐らくだが前回と違う絵になっている。枚数は変わらず2枚だけど。
リビングに繋がるドアを開け、マスターからいただいた袋と、買ってきた物をキッチンに置く。
「ボクは着替えるけど、君も着替えるぅ?」
「お気遣いなく。エプロンだけ貸していただけると嬉しいです」
「りょーかい。ここに居ても落ち着かないだろうし、ボクの部屋で待っててよ」
「でも、着替えるんですよね?」
「自分の部屋と着替える部屋は、別だよ?」
「あー……なるほど。理解しました」
自室とは別に、ドレッシングルームがあるということか。我が家の倍以上の広さを誇るのだから、部屋数が多いのも頷ける。
2階に上がり、先輩の部屋に通された。とても女の子らしい匂いがする。先輩の匂いと、それとはまた違う甘い匂い。ベッドと机と椅子、あとは本棚が2つあるだけの、シンプルな部屋。
ベッドの枕元には、『まんなカぐらし』のカッパのぬいぐるみが置いてある。それと、壁にコルクボード。そこには、あの日ゲームセンターで撮った写真が貼られていた。……何故だろう、泣きそう。
嘘。泣いた。完全に号泣。
「おまたせぇ……って、どうして泣いてるのぉ?」
「泣いてませんよ。これは、悲しさから溢れ出ているわけではないので」
「なら、いいけど……」
泣いてませんよ、は無理があった。どう見ても泣いてるし。
急いで涙を拭い、ぎこちなく微笑んでみせた。
先輩の部屋を出て、1階のキッチンへと向かう。所謂対面キッチンになっていて、キッチンからリビングが見える。こういうのに憧れるタイプではないけど、案外悪くないかもしれない。
「それじゃあ、よろしくぅ」
「はい。先輩にも手伝ってもらいますね」
「初めての共同作業だねぇ」
「そう……ですかね?」
先輩から借りたエプロンを着け、いただいたものと、買ってきた食材を並べる。一通りの野菜と、豚バラ肉。調味料は、置いてあるものを借りよう。
簡単に、肉野菜炒めでも作ろうか。それとも、2品か3品くらい作るか。
「じゃがいもが沢山あるので、豚バラ肉と合わせますかね。照り焼きとか、そういうのお好きですよね?」
「好き好きぃ」
「まず、豚バラ肉を適当に切って、塩コショウと片栗粉をまぶします」
「なんだろう、料理番組が始まったのかなぁ」
「先輩は、じゃがいもを切って下さい。私は玉ねぎを切ります」
「これくらいならできるよぉ」
「あとは先程のお肉を焼いて、玉ねぎとじゃがいもを入れて、照り焼きっぽい調味料を合わせて完成です」
「あはぁ。できる人ってフィーリングで話すよねぇ」
「醤油とかみりんとか、詳細を語っても仕方ないじゃないですか。あとはマヨネーズも適当に合わせます」
「うーん、いい匂いだねぇ」
あとは味噌汁でも作ろうか。冷蔵庫を開けると、未開封の味噌があった。本当に、誰も料理をしないんだ。卵や肉、魚もある。けれど、使われずに捨てられるのだろう。
「……先輩。料理を覚えて、これらの食材を使えば、お金を節約できるのでは?」
「そう、だねぇ。本当にその通りだねぇ……」
「先輩は料理ができなくても良い、と言ったのにすみません」
「あはぁ。いやいや、勿体ないもんねぇ。頑張ろうかなぁ」
「取り敢えず、豚と野菜の照り焼きと、卵と玉ねぎの味噌汁ができました。スーパーで買ったパックご飯をチンして食べましょう」
「すごいなぁ。結婚しよ?」
「考えておきます」
できた料理とパックご飯をリビングに運び、向かい合って座る。立ち上る湯気の向こうで、私を見つめて微笑む先輩。
あれ、もしかして既に結婚してたかな。
「いただきまーす」
「いただきます」
「うん、おいしぃー!!」
「お口に合って、良かったです」
「卵と玉ねぎの味噌汁、初めて食べたけどすっごくおいしぃねぇ。照り焼きもご飯が進むなぁ」
本当に、先輩は美味しそうに食べてくれる。作りがいがあるというか、この顔を見ていたら、毎日でもご飯を作りたくなる。
この感情も、世間では恋と呼ぶのだろうか。
「あ、そうだぁ。食後のデザート、期待してるからねぇ」
「……?」
「あれぇ、忘れちゃったの?」
「あっ、あぁ。えっ、うっわ迂闊な発言しちゃってますね私」
「あはぁ。ごちそうさまでした」
「なんかそれ、2つの意味がありませんか」
こうして、一応ログインボーナスのディナーは終わった。
片付けを終えて、先輩の部屋に一緒に戻る。先輩自身の匂いと、部屋の匂いの波状攻撃が、鼻と脳を刺激する。お腹もいっぱいで、思考能力が鈍る。
これからは、もう少し自分の発言に責任を持とう、と誓った。
料理描写が驚くほど雑なので、なんの参考にもなりませんね。




