18日目:アフターファイブ(後編)
同じ場所に5人も集まると、会話が多くなりますね。
午後5時。
バイト先でもある喫茶店、『Venti』に到着した。
昨日はバイトを休んでしまったし、少し申し訳ない気もするが、ニケさんと一緒に扉を開ける。
チリン、と鈴が鳴るのと同時に、クラッカーの音が私たちを出迎えた。
「お誕生日おめでとう。です」
「お誕生日おめでとうございます……茶戸さん……」
「昨日も言ったけど、お誕生日おめでとーぅ!」
三者三様のお祝いの言葉をいただき、既に感動してしまっている自分がいる。
ログインボーナスが実装されるまでは、先輩以外の人に誕生日を祝ってもらえるなんて、夢にも思っていなかった。いや、先輩にも、あんなに盛大に祝ってもらえることも本来ならありえなかった。
先輩の人生に足りないものを満たすために作られたはずのログインボーナスが、いつの間にか、私の人生をどんどんと変えている。もちろん、良い方向に。
「ありがとうございます。マスター、昨日は急に休んですみませんでした」
「大丈夫ですよ……元々、1人でやっていましたし……いつでも休んでください」
「皆、座ろうよ。です。お姉ちゃんの焼いたアップルパイと、珈琲が食べ飲み放題だよ。ですよ」
「良いんですか?」
「アラが……こうして友だちと集まってパーティーをするなんて、姉としては嬉しくて……できることはなんでもしますよ」
マスターは微笑んで、料理を運んできた。
お店のテーブルを6つ繋げて、その上にテーブルクロスが敷かれている。そこに、アップルパイと珈琲だけではなく、人数分のオムライスに、サラダや唐揚げ、フライドポテト、グラタン、出前らしきお寿司まで並べられていく。
「あの、アラさん」
「なに、ですか?」
「ニケさんもですけど、特別、私と仲がいいわけではないじゃないですか。なのに、どうしてここまでして下さるんですか」
「カサちゃんの大切な人だから、です。私とニケちゃんでは満たせなかった何かが、最近は満たされているみたいで。それが嬉しいんだよ、ですよ」
「友だちの友だちは、友だちって理論ですか」
「ふふ。わかりやすく言うとそうかもね、ですね」
テーブルの上が、食べ物と飲み物でいっぱいになったところで、先輩が、全員のコップに飲み物を注いで下さった。
「それじゃあ、乾杯の音頭を、企画したニケにお願いするよぉ」
「あたしかよ。……えー、カサっちの後輩ちゃんの、誕生日を祝って。乾杯!」
「「「「かんぱーい!!」」」」
5人のグラスが、カチャッと音を立てる。グラスの中で飲み物が波打つ。
それを一気に飲み干し、手元の箸を手に取った。沢山の料理を見て、ホテルの朝食ビュッフェを思い出した。
「そういえばカサっちさ、学校サボって何してたんだよ」
「秘密だよぉ」
「えー怪しいなー」
ニケさんとアラさんにも内緒なのか。
まぁ、普通に説明しにくいか。キスをしたりデートをしたりするけど、付き合っているわけではない後輩……なんて、どう考えても伝わらない。最初は、私にすら『どちらもいける』と言っていたわけだし、親密であることと、なんでも話すことは違う。
「茶戸さん……料理、美味しいですか……?」
「とても美味しいです。これ、全部マスターの手作りなんですか?」
「お寿司以外は……全部作りました……」
「お姉ちゃんは料理が上手なんだから、もっと自信を持ってよ。ですよ」
「そうですよ。メニューも増やしてみたら如何です?」
「考えて……みますね……ふふ」
チラリと先輩を見ると、かなりの量を食べ終えていた。
顔を上げた先輩と、目が合った。見ていたのがバレてしまった。
「あはぁ。どうしたのぉ?」
「えっ、いえ。相変わらず、食べる量が凄いなぁと」
「美味しいから、いっぱい食べちゃうねぇ」
「相変わらず……って、よく一緒にご飯とか食べるのか」
「鋭いねぇニケは。まぁ、君とアラの関係みたいなもんだよぉ」
それは、どちらを指しているのだろうか。仲のいい友人という意味なのか、恋人という意味なのか。ニケさんもアラさんも、交際していることは先輩には話していないはずだが、どう捉えられても良いか。
周囲に付き合っていると思われても良いけれど、実際には付き合っていないわけだし、もどかしい。悪いのは私だけど。
「茶戸ちゃんは、いつからカサちゃんと仲良くなったの、ですか?」
「去年から関わりはありましたが、特に仲良くなったのは今月からですね」
「なるほど。最近、やけにカサちゃんの機嫌が良いのは、茶戸ちゃんのおかげだったのか、です」
「先輩は、いつも機嫌が良いと思っていました」
「いや。気難しくて、かなり仲良くならないと、あんなにふわふわしてくれないよ。ですよ」
「そう……ですか」
先輩が3年生のクラスでどう過ごしているのかは、当然わからない。けど、私と一緒にいる時に笑顔でいてくれたら、それだけで私は嬉しい。
ふわふわしている先輩の可愛さを知っていることが、なんだか誇らしくすらある。
気がつけば、時計が示していたのは午後7時。料理も無くなり、お開きとなった。
「あの、皆さん。今日は本当にありがとうございました」
「後輩ちゃん、楽しかった?」
「はい、とっても楽しかったです」
「それは良かった。また遊ぼうぜ、あたしは後輩ちゃんのことが気に入ったからさ」
「私も気に入ったよ。ですよ」
「あはぁ。でも、莎楼はボクのだからねぇ」
「……え、先輩。今、名前」
「それじゃあ、気をつけて帰ってねぇ」
「私が送っていきます……お2人は……?」
「ボクたちはゆっくり帰るよ」
全員で店を出て、マスターが施錠した。
マスターの車に乗る3人に手を振り、私と先輩だけが残った。
「あの、先輩。さっき、私の名前を」
「なんのことぉ?」
「えっ、流石に誤魔化されませんよ。確実に言ってましたよね」
「どうだったかなぁ。ほら、ちょっとぶらぶらして帰ろうよ」
先輩が、私の手を握る。
朝、いつも通りのログインボーナスは済ませたし、こうやってパーティーもしたけど、物足りなかったのだろうか。
「ねぇ、今日は楽しかった?」
「はい。まさか、先輩のお友だちにお祝いしてもらえるとは、夢にも思いませんでしたよ」
「……昨日と一昨日の方が、楽しかったよねぇ?」
「えっ、そんな不安そうな感じで訊かないでくださいよ。めちゃくちゃ可愛いじゃないですか」
「全部声に出てるよぉ……?」
「もちろん、先輩とのデートが一番ですよ。昨日、一昨日に限らず、私は先輩と一緒なら、なんでも楽しいです」
「よかったぁ。……ねぇ、駅に行く前に、ちょっとだけキスしてもいいかなぁ」
「ちょっとで良いんですか」
「えっと、じゃあ、いーっぱいしたいなぁ」
「ふふ、喜んで」
店から少し歩いた、人気のない夜道。月が照らす中で、私達は時間も忘れて、唇を重ねた。
お互いの両手を握り、長く、長く。どちらの唇なのかわからなくなるくらい、深く、深く。
後輩の名前が出てきましたが、先輩はまたしばらくは呼ばないと思います。なんでだろ。




