17日目:バースデー・ナウ(後編)
後輩の誕生日編、完結。
ビュッフェは思ったほど混雑していなかった。考えてみれば、ゴールデンウィークも終わっているし、今日はなんでもない平日だった。
「先輩、随分と盛っていますね」
「折角だし、色々食べたいからさぁ」
焼きたてのクロワッサン、ウィンナー、目玉焼き、スクランブルエッグ、焼売、きんぴらごぼう、唐揚げ、フライドポテト、コーンスープに飲み物は珈琲。普通、最初はそんなに持ってこない気がする。
私はクロワッサンとウィンナー、サラダを盛り、緑茶をコップに注いで席に座る。
「いただきます」
「いただきまぁす」
先に座っていた先輩は、食べずに待っていてくれた。
そういう、何気ない優しさが好きだ。
料理はどれも美味しかった。初めてのホテルでの朝食がこれだと、これから先のホテルのハードルがかなり上がった。
「やっぱりおいしいねぇ。朝食つけて正解だったよぉ」
「先輩は、本当に美味しそうに食べますね」
食事をする先輩を見るのが、密かな楽しみだったりする。美味しそうに、嬉しそうに食べる先輩が可愛くて仕方がない。
やはり、またご飯を作りに行こう。先輩の両親が不在の時に限るけど。
沢山盛っていたはずの先輩だったが、また取りに向かった。相変わらず、食べるのが早い。
「ねぇねぇ、デザート増えてたよぉ」
「凄いですね」
一口大のティラミス、ショートケーキ、チョコレートケーキを皿いっぱいに乗せて、ご満悦そうな顔をしている。
比較的、しっかり朝ご飯を食べるタイプだが、先輩には敵わない。でも、デザートは食べたい。
「ちょっと食べてみなよ。ほら、アーンしてぇ?」
「あ、あーん」
小さいフォークに刺さった小さいティラミスが、私の口に運ばれる。あーんなんて、幼少の頃にもされたか怪しい。
嬉しさと恥ずかしさでいっぱいで、ティラミスの味が脳に伝わる余地が無い。後で自分で取りに行こう。
「おいしぃ?」
「お、美味しいです」
ティラミスというより、この状況が美味しい。ごちそうさまです。
「君の分も取ってこようか?」
「お心遣いありがとうございます、ですが自分で行きますよ」
「はーい」
フルーツの乗ったケーキや、チーズケーキもある。先輩が見た時は無かったのだろうか。この2つとティラミスを皿に乗せ、席に戻る。
先輩はケーキを全て食べ終え、珈琲を飲んでいる。
「おかえりぃ。あ、そんなケーキもあったんだぁ」
「食べます?」
「食べるぅ」
「……では、アーンしてください」
「あーん」
特に疑問も躊躇もなく、すぐに口を開ける先輩。
歯も白いし、歯並びも綺麗だし、口内まで整っているのか。どうしよう、なんだか興奮してきた。
いつまでも先輩の口内を眺めているわけにもいかないので、チーズケーキを運ぶ。
「どうですか?」
「おいしぃよぉ。でも、なんだか口に入れるの遅くなかったぁ?」
「すみません、歯並びが綺麗だなぁと思いまして」
「あはぁ。君はボクのことを、なんでも褒めすぎだよ」
「オタクというのは、推しのことをなんでも褒めるものです」
そっかぁ、と先輩は小さく呟き、残りの珈琲を飲み干した。
私も残りのケーキを食べ終え、ごちそうさまでした、と手を合わせる。それを見た先輩も手を合わせる。
一緒に席を立ち、手を繋いでエレベーターに向かう。
「それじゃあ、部屋に戻ろっか」
「はい。早めにチェックアウトしますか?」
「そうだねぇ。加木観光でもする?」
「観光地ですもんね」
エレベーターに乗り、部屋を目指す。
階下を見下ろしながら、今日のこれからのことを少し考える。まだ私の誕生日だけど、先輩の考えて下さったデートプランはこれで終わりだろう。流石に、これ以上どこかで奢ってもらうのは忍びない。
エレベーターが止まり、また先輩と手を繋いで、部屋を目指す。
「ピッ、と。こうやって解錠するのも、これで最後かぁ」
「この部屋も、今日で見納めとなると、なんだか寂しいですね」
干しておいた服に着替え、先輩から借りた服をお返しした。
私は特に何も持ってきていないけど、先輩と一緒に、忘れ物が無いか確認をする。
「それじゃあ、出よっかぁ」
「はい」
ドアを閉め、エレベーターへ向かう。
途中、ドアの開いた部屋がいくつかあり、清掃をしている様子が見える。また、今日にでも新たなお客さんが泊まるのだろう。私たちが泊まっていた部屋にも。
フロントに到着し、先輩がチェックアウトをしている間、来た時と同じように、滝のように流れる水を見ていた。
なんだろう、なんとなく切ない気持ちになる。
「終わったよぉ。行こっか」
「はい。あの、なんだか少し切ないですね」
「そうだねぇ」
「また、一緒に──」
言いかけて、濁す。
今回の旅費は、全て先輩が出している。それなのに、『また一緒に泊まりましょう』なんて、厚かましすぎると思ったから。
「また、一緒に泊まりたいねぇ」
「……はいっ」
そんな私の心情を察したのか、先輩は柔和に微笑む。
バイト頑張ろう、と決意した。
ホテルを出ると、初夏を感じる気温が、私たちを歓迎した。もう少しで、5月も終わる。
「さて、どこに行こうかなぁ」
「先輩の好きな、喫茶店やパフェのある店を探すのはどうですか。海が見えるところとか、あるかもしれませんよ」
「いいこと言うねぇ。適当にぶらぶらしてみよっか」
「はい。一緒に喋りながら歩くだけで、私は楽しいです」
「ボクもだよぉ」
歩き出して5分くらいで、スマホが振動した。確認すると、お母さんからのお祝いメールだった。
「先輩。どうやら今、産まれたみたいです」
「それじゃあ、本当の本当にお誕生日おめでとーぅ!」
「ありがとうございます。……あの、お願いがあるのですが」
「なぁに?」
「一緒に写真を撮ってもいいですか。お母さんにも見せてあげようと思って」
「喜んでぇ」
肩を寄せ、くっつく手前まで頬を近づける。自撮りは不慣れだが、なんとか撮れた。
そういえば、プリクラ以外ではツーショットは初めてかもしれない。大事にしよう。
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午後4時。帰りの電車の中で、先輩は眠っている。
海が見える喫茶店で珈琲を飲んで、先輩はパフェを食べて、その後は意味もなく適当に歩き、不行に帰るのに丁度いい時間の電車に乗り、今に至る。
そういえば、先輩に貰った花……ムシトリナデシコの花言葉を調べていなかった。先輩が寝ている間に、調べてみよう。
ムシトリナデシコの花言葉は、全般的には罠。赤のものは青春の恋。薔薇の本数が9本だったのは、いつも想っている。いつも一緒にいよう。という意味らしい。
先輩が目を覚ましたら、どんな顔をしよう。
長くなりましたが、無事に後輩の誕生日も終わりました。これを機に、良かったらポイント評価や感想をいただけると幸いです。




