17日目:バースデー・ナウ(中編)
10日目をお読みになられていない方は、そちらを読んでいただけるとわかりやすいかと思います。
部屋の電気は、枕元のライトを残して、全て消えた。空調も空気清浄機も沈黙している。
一緒の布団に入り、お互い見つめ合う。吐息が届く距離。じんわりと、体温が布団に伝わり始める。
「それじゃあ、始めよっかぁ」
「はい。お手柔らかに」
「前回の質問は、趣味と誕生日と、初めて会った日の3つだったよねぇ」
「最後の質問は、なんだか釈然としない結果に終わりましたけどね」
先輩と私の初対面の記憶は、どうやら違うらしい。
本当に教えてくれないのだろうか。
「ボクからいくよぉ。やらしぃことって、どのくらい考える?」
「わ……私は、そういうことは考えませんよ」
「性欲ないのぉ?」
「いや、完全に無いわけでは……。10日目のログボの時とか、ちょっとだけ乗り気だったじゃないですか」
「そうだけどさぁ。やらしぃことなんてしませんーって言ってたからさぁ」
「そこまで断言はしてませんよ……。ちょっと時間をいただければ、と」
「じゃあ気長に待つね。キスは待てないけど」
先輩は私の肩と腰に手を置き、少し引き寄せる。ホテルのシャンプーの匂い。甘さ控えめ。
お礼の意味も込めて、唇を重ねる。それとほぼ同時に、先輩が私を、もっと引き寄せた。布団の中で抱き合いながらキスを続ける。
「……あの、もう離していただいても良いですか」
「だめぇ。もっとぉ」
こんなに甘えるタイプの人だったのか。意外だ。
いっぱい我慢したって先輩は言っていたけど、冷静に考えると、一昨日にはキスしていた気がする。たったの2日も待てないとなると、今後が思いやられる。
なんて、実は私もしたかったから良いけど。
「先輩。次は私の質問に入りたいんですけど」
「いいよぉ」
唇は離してくれたけど、体は密着したままだ。先輩の暴力的なまでの柔らかさが、私の体を包み込む。
「先輩は、昔メガネをかけていましたか」
「……知ってたのぉ?」
「いえ、知りません。単純に先程、コンタクトレンズを付けていることを知っただけです」
「そっかぁ、それも知らなかったんだねぇ。そうだよ、ボクはそこそこ目が悪いんだぁ。コンタクトにしたのは去年からだよ」
「ゲーマーの私が裸眼というのも、不思議なものですね」
「遺伝とか体質とかもあるんじゃないかなぁ」
「そういうもの、なんですかね」
「今はコンタクトを外してるからぁ、こうやって近づかないと顔が見えないんだぁ」
「な、なるほど」
先輩の長い睫毛が、私の顔に触れるんじゃないか、と錯覚するほどの近さ。吐息が当たるなんてレベルじゃない。
ものすごく整った顔が、眼前にあるというだけで緊張する。
「さて、次はボクが質問する番だね。今回の誕生日プレゼント、楽しかったぁ?」
「はい、それはもう。今日……昨日の朝、先輩が家に居た時点で、既に楽しかったですよ」
「よかったぁ。ボクねぇ、こういうことをしたことがなかったから」
「私も、サプライズなんて初めての経験でした。初めてが、先輩で良かったです」
「あはぁ、なんか違う意味に聞こえ……る、ね……」
「先輩、眠たいんですか」
「そんなことないよぉ……君より先には寝ないって、言ったでしょ……ふわぁ」
「欠伸してるじゃないですか。もう寝ましょう」
「んぅ……おやすみぃ…………すぅ……」
「もう寝た……」
既に限界だったようだ。先輩はすやすやと寝息を立てて、夢の世界へと旅立った。
もう抱きしめられてはいなかったけど、感触がまだ残っている。緩く握られた先輩の手を撫で、軽く頬にキスをしてみた。
「おやすみなさい、先輩」
聞こえていないのだから、試しに名前を呼んでみようとも思ったけど、恥ずかしくて無理だった。
寝る前に、お互いの服を洗っておくことにしよう。今から洗濯機に入れておけば、明日のチェックアウト前には着れるだろう。
――――――――――――――――――
朝8時。特にアラームをセットしていたわけではないが、自然と目が覚めた。先輩はまだ寝ている。
朝食ビュッフェは既に始まっているけれど、そう慌てることもないだろう。チェックアウトも11時と、比較的遅いのでのんびりできる。
先輩が寝ている間に洗顔と歯磨きを済ませ、部屋着から、先輩が貸して下さった服に着替える。私は手ぶらで来たので、着替えも無かった。
「おはよぉ……早いねぇ……」
「おはようございます」
「先に寝ちゃったし、先に起きられちゃったし。君の寝顔を見たかったなぁ……」
「これから先、いくらでも見れますよ。そんなことより、布団から出てください」
「なんか今、さらっと素敵な言葉が聞こえたような気がするねぇ」
先輩はゆっくりと体を起こし、寝惚け眼を軽くこすった。綺麗な黒髪が、普段と違いうねっている。癖毛だったのか。
「私は急がないので、ゆっくり支度してください」
「うん、そうするぅ……。ビュッフェ、先に行っててもいいよぉ」
「一緒に行きましょうよ。私、服が乾いているか見てきます」
「洗ってたんだねぇ」
「はい。折角のホテルのサービスですし」
乾燥機付き洗濯機が無料で使用できるのだから、使わない手は無いだろう。部屋の外にあるため、カードキーを持って、一度部屋を出る。
乾いた服を抱えて、カードキーをかざして解錠する。ドアを開けると、いつもの髪に戻った先輩が、下着姿で歯を磨いていた。
「ふぁ、ふぉふぁふぇふぃ」
「何故、下着姿なんですか」
「ぐちゅぐちゅ……」
口を濯ぎ、うがいをする先輩。
「何故って、君が洗ってくれた服を着るためだよぉ」
「乾いてはいますが、少しシワになってますよ。干しておくので、別の服に着替えてください」
「はぁーい」
いや、先輩ならそんなことはわかっているハズ。変に深読みしそうになるが、やめておこう。
「準備かんりょー。それじゃ、行こっか」
「はい」
先輩にカードキーを渡し、部屋を出る。
「ビュッフェはねぇ、和洋両方が用意されていてねぇ、目の前でシェフが作ってくれるコーナーもあるんだよぉ」
「すごいですね。ホテルで朝食を食べるの、生まれて初めてです」
「君の初めてが、ボクでよかったよぉ」
「……寝る前の私のセリフじゃないですか」
「あはぁ、伝わって何より」
先輩はイタズラっぽく微笑んで、私の手を握った。
ほとんどの経験の、初めての相手が先輩だとは言わないでおこう。
次回、後輩の誕生日編はいよいよ完結。学校までサボったプレゼントの結末や如何に。