17日目:バースデー・ナウ(前編)
ボクの考えたお誕生日おめでとうデート前夜祭は終わり、誕生日当日を迎えます。
「日付、変わっちゃったねぇ」
「本当ですね」
2人で窓際に置いてある椅子に座り、ほとんど見えなくなった海を見ながら、カップアイスを食べる。
間接照明の灯りだけが部屋を照らし、空気清浄機が静かに仕事をしている。
「ショッピングモールでの買い物とか、いつか明らかになるのかなぁ」
「前にも言ってましたけど、それはどういう意図の発言なんですか」
明らかになるも何も、私の記憶にはしっかりと刻まれている。
水族館を出てからホテルに戻り、ショッピングモールの中にある和食屋さんで焼き魚定食を食べ、買い物をして、ホテル内の温泉に入って、そして部屋に戻って……。
思い返してみると、結構な出来事があったはずなのに、あっという間に日付が変わった気がする。
「あっ。日付が変わったってことは、本当にお誕生日だねぇ」
「そうですね。まだ産まれた時間ではないですが」
「何時なのぉ?」
「確か昼過ぎくらいですね。お母さんからメールが届いたら、産まれた時間です」
「へぇ、良いお母さんだねぇ」
「あっ、えっと」
「ボク、いやみっぽくなってた……?」
「……いいえ、私が気にしすぎていました」
「んー。君の誕生日に話すのも気が引けるけど、ボクと家族の話、するぅ?」
聞きたい気もするが、時期尚早な気もする。先輩にとって、話したい話題でもないだろうし。
私の沈黙で察したらしい先輩が、言葉を続ける。
「やっぱり、やめとこっか」
「……はい」
「君が告白をしてくれた時みたいに、いつか話すよ」
「わかりました。その時は、しっかりとお聞きします」
先輩は食べ終えたアイスの容器を捨てるため、立ち上がる。私はまだ食べ終わっていないので、少し急いで、溶けかけたアイスを口に運ぶ。
「実はねぇ。2人で予約したら、ベッドは2つなんだよぉ」
ぼふん、とベッドに腰掛ける先輩。
「それはまぁ、わかりますよ」
「じゃあ、どうして1つなんだと思う?」
「え、一緒に寝るからって仰っていましたよね?」
「それは冗談だよぉ。あのね、ホテルの人が間違えちゃったんだってぇ。でも、ボクが1つでも大丈夫ですーって言って」
「なんで言ったんですか」
「その代わり、すごく割引してくれたんだよぉ」
「……まぁ、それなら。かなり高いですよね、このホテル」
「お金の話はしないでよぉ。って、先に言ったのはボクだったねぇ」
先輩は笑いながら、布団を被る。
先に寝るつもりなのだろうか。
「あの、先輩。まだ歯を磨いていませんよ」
「あはぁ。寝ないよ。君より先になんて、絶対に寝ない」
「いや、先に寝ていただいても構わないのですが」
「だって、布団の中でおしゃべりたーっくさんしたいんだもん」
「なんだか最近、唐突に可愛いキャラ始めますよね」
そういう露骨な可愛いキャラに、私は滅法弱い。なんだろう、なんかの作品の影響だろうか。あざとすぎる。
天然でも計算でも、先輩が可愛いことに変わりはないので構わない。天然のマグロでも養殖のマグロでも、私にとってはどちらも美味しいマグロであることと同じ。
ペンギンの次はマグロか。私は先輩をなんだと思っているんだ。
「こういうのは嫌い?」
「大好きです、大好物です。マグロよりも」
「マグロ好きだったんだねぇ。ボクはマグロじゃないよ」
「ちょっと待ってくださいね、なんて返せば良いのかわかりません」
アイスの容器をゴミ箱に捨て、歯を磨くために洗面所へ向かう。入って左側の扉を開くと、お風呂とトイレと洗面所が一緒にある部屋になっている。
家のこだわりとかは特に無いけど、お風呂とトイレが別になっていない家では暮らせない。
アメニティーグッズの歯ブラシを手に取り、袋から取り出して、付属の歯磨き粉を付ける。洗面所の鏡に映る自分をなんとなく見ていると、扉が開いて、先輩が入ってくるのが映った。
「ねぇ、歯磨きしてるところ悪いんだけどさ、トイレ使ってもいい?」
「すみません、出ますね」
「ごめんねぇ」
右手に歯ブラシを持って、そそくさと出る。
先輩には、意外にも羞恥心がある。それは2日目の時からわかっている。照れ笑いをしたり、顔を赤くしたり。
先輩の色々な顔を見てきたけど、怒っているのは見たことが無いかもしれない。
水の流れる音が聞こえてくると、歯ブラシを持った先輩が出てきた。ベッドは1つだったが、アメニティーグッズはちゃんと2人分ある。
「ふぇ、ふぁふぃふぁふぃふぁふぉふぁっふぁふぁ」
「絶対それ文字に起こしたら面白いですよ。歯磨きが終わったらなんですか?」
「よくわかったねぇ」
「普通に喋れるじゃないですか」
「ちょっとさ、恋バナ……はできないし、怖いのは嫌だし。なんかおしゃべりの話題を決めてよぉ」
「えっ……じゃあ、あの時みたいに、お互い質問を出し合いませんか?」
「いいねぇ」
恋バナが出来ないのは完全に私に非があるので、せめてその他の何かを、赤裸々に語ることにしよう。
私から洗面所へ行き、口をゆすいだ。交代する形で、先輩が洗面所に入る。そういえば、コップは1つしか置いてなかった。
今更、間接キスなんて気にしないだろうけど。
「終わったよぉ。あ、間接キスだと物足りないから、本物くーださい」
「……私の誕生日祝いの間は、ログインボーナスはお休みでは?」
「だからぁ、普通にキスしようよぉ。もういっぱい我慢したから、いいでしょ?」
普通にキス。ログボという建前が無くてもキスが出来る、となると、運営としては非常にマズイのだが。
いや。思い返してみると、ログボ扱いではないキスを、何度か先輩としている。
「では、取り敢えずベッドに入りましょう」
「なんかやらしぃねぇ」
「どこがですか。キスしませんよ、そういうこと言うなら」
「あはぁ、ごめんごめん」
時刻は0時半。
誕生日当日にして、またもお互いを知る時間がやってきた。
ホテルの部屋で、2人が30分だらだらしてるだけでしたね。