16日目:バースデー・イブ(後編)
歴代最長の文字数になりましたが、会話ばっかりなんでお時間はそんなにいただかないと思います。
加木水族館。
総面積105,000㎡、約240種類の魚や動物が4500頭。年間来園者数は三十万人を超える。イルカやトド、ペンギンのショーが大人気……と、受付で貰ったパンフレットに書いてある。自分で大人気と書くスタイル、嫌いじゃない。
ホテルの近くのラーメン屋さんで昼食を済ませ、午後1時過ぎに水族館に到着した。流石は日曜日、相当な混雑だ。
「もうすぐ、ペンギンのショーが始まるみたいだよぉ」
「混む前に、場所取りしておきましょうか」
「そうだねぇ」
先輩と手を繋ぎながら、ペンギンのいる場所へ向かう。加木水族館は海と面していて、入場ゲートから少し歩いたところにある階段を下ると、海岸を利用したプールがあり、そこにトドやアシカがいる。中心には、ペンギンの水槽が独立して存在する。
プールの陸には、階段や滑り台、シーソーが置いてあり、ショーが無い間は、ペンギン達は自由にそこをウロウロしている。
「あそこの、滑り台の下で全く動かない子。可愛いねぇ」
「個性が溢れていますね」
「ショーがない時は、滑り台で遊んだりとか、シーソーに乗ったりはしないんだねぇ。彼らにとって、あれは遊びじゃなくて仕事ってことなのかなぁ」
「魚のために頑張ってるんでしょうね」
「あはぁ。まるでボクと一緒だねぇ。ログインボーナスみたい」
「ふふっ、先輩はペンギンと同じですか」
『皆さん、お待たせしました! ペンギンショーを始めます!』
「おっ、始まるみたいだねぇ」
ヘッドセットをつけたお兄さんが、魚の入ったバケツを持って登場した。それを見て、ペンギンがお兄さんに駆け寄る。
『まずは滑り台、やってくれる子はいるかな!?』
「魚をチラつかせて、階段を登らせる作戦ですね」
「3羽くらいしか反応してないねぇ」
『えー、お魚を目当てに階段を登っていますね。イルカやアシカのショーと違って、完全に気分と、その時の食欲次第で動いてまーす!』
お兄さんの、慣れたトークで周囲は笑いに包まれる。ペンギンの反応が悪くても、お兄さんもペンギンも悪くはないのだ。
「なんか、芸をしなくても可愛いから許されますよね」
「可愛いって得だねぇ」
「それ、先輩が言います?」
滑り台を滑るペンギンは現れなかったが、シーソーに乗ったり、小さい飛び込み台からプールに飛び込んだり、全体的には盛り上がった。盛大な拍手に包まれて、お兄さんは終了の挨拶をし、裏へ消えていった。
「結局、あの子は滑り台の下でずーっと動かなかったねぇ」
「確固たる信念を感じますね」
「あ、次はトドのショーが始まるみたいだよぉ」
「トド、ですか。どうやら全国的にも、トドのショーをしている水族館は珍しいようですね」
恐らく、海に面しているから飼育できるのだろう。
さっきから、トドの鳴き声が聞こえる。例えるなら、デスメタルバンドのデスボイスのような、喉の奥から出している声。
「トドのショーはねぇ、すごいんだよぉ」
「先輩は、来たことがあるんですね」
「うん。おばあちゃんとねぇ」
「おばあちゃんとは仲が良いんですね」
「そうだねぇ、厳しくも優しい人でねぇ。今度、紹介したいなぁ」
「ご両親には挨拶しなくても平気ですか」
「平気どころか、一度だって会ってほしくないね」
「……あ、トドのショー、始まるみたいですよ」
私には父がいない。祖母は他界している。先輩とは対照的だ。
『皆さん、お待たせしました! 加木水族館名物、トドのショーを始めます。まずはお客さんに拍手〜!』
トド達がヒレを叩き、拍手をする。ペンギンとは違い、好スタートだ。
トド達はプールに飛び込み、高い岩を模した崖に登っていく。水泳の高飛び込みと同じか、それ以上の高さだ。
てっぺんに辿り着いた6頭のトドの口に向かって、下にいる飼育員さんが魚を投げる。プロ野球選手にも負けない、正確なスローイングで、トドの口に魚が入っていく。すごい。
「すごいですね先輩!」
「ボールと違って、魚は球体じゃないからねぇ。よく正確に届くよねぇ」
『それでは、トド達の飛び込みをご覧ください!』
6頭のトドが、右端から順に飛び込んでいく。大きな音と、豪快な水柱が私たちの興奮を誘う。
先輩の横顔を盗み見すると、とても楽しそうに、それでいて静かに微笑んでいる。トドには悪いが、私的にはこちらの方が興奮を誘う。
最後にお別れの拍手をして、ショーは終了した。
「本当に凄かったですね」
「そうだねぇ」
「なんですか、にやにやして」
「いやぁ。驚いたり興奮したりしている、君の顔が可愛かったなぁーって」
「……考えることは一緒ですね」
「えっ?」
「さて、後はお魚を見ましょうか」
「待ってぇ?」
「待ちません。ほら、行きますよ」
強引に先輩の手を繋ぎ、館内に入る。
水族館特有の、暗く冷たい感じが少し苦手なのだが、先輩と一緒なら平気だ。むしろ、先輩の手の──
「水族館ってさぁ、手の温かさがいつもより感じられて、なんだか良いねぇ」
「先輩、私の心とか読めます?」
「実は読めるのだ〜」
「えっなんですかそれ可愛い」
「あはぁ。もしかして、同じこと考えてたのぉ?」
「考えていました」
「かわいいねぇ」
「……先輩こそ」
もう、全然お魚を見ていない。それどころではない。
これから先、何処にデートに行っても、何を見ても、先輩の方が勝ってしまうのだろう。
……それが、恋というものなのだろうか。
「周り終わったら、ホテルに戻ろっか」
「そうですね。隣接しているショッピングモールにも行きたいです」
「なんでも買ってあげるよぉ」
「では、アイスクリームをお願いします」
「おまかせあれぇ」
「あ、夕飯はどうします?」
「お魚が良いなぁ」
「水族館に行った後に魚が食べたくなる人、普通はいないと思いますが」
「ここにいるよぉ?」
「ふふっ、そうですね。加木は水産も盛んですし、美味しいお店もありそうですよね」
先輩はいつも食欲が旺盛だ。そういえば、先輩が風邪を引いた時以来、ご飯を作りに行っていない。今日のお礼ということで、後日行こうか。
全ての展示を見終えて、水族館を後にした。
あとはホテルに戻って、ショッピングモールに行って、近辺で夕飯を食べて、またホテルに戻って就寝。
それで終わりだと、勝手に思っていた。
これで後輩の誕生日編も終わ……らない?