16日目:バースデー・イブ(中編)
二人きりで、遠出。お泊まり。そしてデート。こんな誕生日プレゼント、反則ですね。
玄関を出ると、日光が私たちを優しく照らした。時刻は朝の9時を回ったところだ。
「さて。それじゃあ行こっかぁ」
「何処に行くんですか?」
「ホテル」
「……ちょっと急用を思い出したので帰りますね」
「お家は目の前だけどねぇ。いやいや違うよ、そういうホテルじゃないよぉ」
「目的地が少し遠いから、ビジネスホテルを予約してるとか、そういう感じですか?」
「んー、簡単に言うとそうかなぁ」
「すみません、疑って」
「いいよぉ。ちょっと車で2時間くらいのところだから、電車でゆっくり行こうかなって」
「それで、私の家で待っていたわけですね」
なんとなく納得はしたけど、今もまだドキドキしている。まさか、朝起きたら家に先輩が居るなんて。
どうやら、まずはホテルに向かうようだけど、本当に手ぶらで良いのだろうか。
先輩と手を繋いで、人気の無い日曜の道を歩き始める。
「そういうことぉ。じゃあ肆野駅に行って、そこから加木駅まで行くよ」
「加木ですか。……あの。確認ですが、日帰りですよね?」
「明日は学校休むよぉ?」
「あ……そうですか」
明日の学校はサボることが決まった。というか決まっていた。ついでに、バイト先にも休むことを連絡しておかないと。
確かに明日が私の誕生日だけど、まさか本当に前夜祭だとは思わなかった。
加木市は、不行市から車で約2時間ほどの距離にある、観光で有名な市だ。大きなホテルが乱立し、水族館に動物園、歴史ある建造物などが多数存在する。
中学生の時の修学旅行先は、加木市の動物園だった。
そんなことを考えていると、駅に到着した。先輩が二人分の切符を購入し、ホームへと向かう。
「なんかさぁ、2人で遠くに行くのって初めてだから、どきどきするねぇ」
「私もです。初めての遠出……と、初めてのお泊まりですね」
「自分で計画しておいてなんだけど、すごく楽しいねぇ」
「そうですね。朝から先輩と一緒というだけで、既に楽しいです」
先輩は照れ笑いしながら、私の目を真っ直ぐに見つめる。長い睫毛から、なんらかの光線的なものが発射されている。気がする。
「そろそろ電車が来るけど、その前に飲み物でも買おっか」
「何から何まで、買っていただいてすみません」
「いやいやぁ、そういうイベントだからねぇ。今日は君に代わって、ボクが運営ってわけだよぉ」
「なるほど、その発想はありませんでした」
「というわけで、何飲むぅ?」
「緑茶でお願いします」
「はぁい」
近くの自動販売機に向かって歩く先輩。後ろ姿も可愛い。
冷えた朝の空気が、少し温まり始めた。絶好のお出かけ日和だ。お茶を2本持った先輩が戻ってくると、電車が構内に入ってきた。
「これに乗るんですよね?」
「そうだよぉ。はい、お茶」
「いただきます。では、乗りますか」
9時25分。加木市に向かう電車が動き出した。
―――――――――――――――――――――
「電車の中で何があったのか、いつか明らかになるかなぁ」
「何を言ってるんですか?」
正午。加木に着いた私と先輩は、ホテルへ向かって歩いてる。駅から徒歩で着く範囲にあるということは、もしかしてお高めのホテルなのだろうか。
「そろそろ着くよぉ。ほら、あれ」
「めちゃくちゃデカいじゃないですか。しかも、ショッピングモールが隣接していません?」
「ホテルの中からショッピングモールに行けるんだよぉ」
「すごいですね……」
ホテルの前まで来ると、改めてその大きさがわかる。不行市には、ここまで立派なホテルは無い。
回転扉を抜け、チェックインの為に先輩はフロントに向かう。その間、フロントの正面に位置する、階段の横を流れ落ちる水を見ることにした。よくわからないけど、マイナスイオン的なものが出ている。気がする。
「チェックイン、終わったよぉ。部屋は7階の407だって」
「わかりました。しかし凄いですね、このホテル」
「凄いよねぇ。その階段の先は朝食を食べるところみたいだよ」
「朝食、付いてるんですか?」
「ぜーんぶ付いてるよぉ」
金額がとんでもないことになっているのだろうけど、気にしないことにした。
先輩と手を繋ぎ、エレベーターに乗る。ガラス張りなので、他の階の部屋の扉が見える。まるで、密集した住宅街のようだ。
7階で止まり、407に向かう。廊下で清掃作業中の方に挨拶をし、部屋に着いた。先輩がカードキーをかざし、解錠する。
「お部屋はこちらになりまぁーす」
「わぁ……!」
窓から海が見える。大きなベッドが1つに、テレビやテーブル、キャビネットもある。間接照明の隣に空気清浄機があり、先輩はすぐに電源を入れた。
……ベッドが1つ?
「あの、先輩。どうしてベッドが1つなんですか?」
「どうせ一緒に寝るじゃん」
当然でしょ、愚問だよと言わんばかりの顔で言われた。
たくさん用意していたはずの反論が、1つも浮かばなくなる程度に可愛い顔だった。
「さ、チェックインも済ませたし。お昼ご飯を食べに行って、そのまま水族館に行くよぉ」
「わかりました。エスコートお願いします」
「あはぁ。お任せあれぇ」
どんっ、と胸を叩く先輩。自信に満ち溢れたその顔も、やっぱり可愛かった。
次回、バースデー・イブ完結。しかし、それだけで終わるのでしょうか。え、どうやって終わらせるんだろうこれ。