16日目:バースデー・イブ(前編)
自分にとっては特別な日でも、誰かにとってはなんでもない1日。それでも、そんな1日を誰かと分かち合えたら嬉しいですよね。
日曜日。昨日は先輩がバイトの日だったので、会っていない。
今日はお互いバイトではないけど、会うのかどうかはわからない。
いつものようにスマホから充電器を抜き、電源を点けると、着信履歴が1件。先輩からだ。
これだけで、顔がにやけてしまう。勝手に、自分にとって都合のいい内容の電話だと判断してしまう。
かけ直してみると、すぐに先輩が出た。
「もしもし。すみません、また寝ていました」
『あはぁ。いつも早く電話してごめんねぇ。ほら、急いで電話しないと、君のことが誰かに取られちゃうーと思って』
「ご安心を。他の用事があっても、キャンセルして先輩を優先します」
『それはそれで、友だちを大事にしてねって感じだねぇ』
「それで、ご用件は?」
『あのね。今日お休みだし、遊びたいなぁーって』
「それを期待していました。いつもの時間に、いつもの場所で良いですか?」
『うん、それで大丈夫だよぉ』
「では、また後で。失礼します」
電話を切り、ウキウキしながら階段を下りる。恐らく、軟体生物のようになっているのだろうけど、そんなことは気にしない。
居間にいるであろうお母さんに、朝の挨拶をする。
「おはよう」
「おはよぉ」
「……へ?」
そこにいたのは、お母さんではなく、先輩だった。
「あはぁ。君に『おはよう』って言われるの、新鮮で良いなぁ。ねぇ、たまには敬語抜きで喋ってよ」
「え、待ってください。どうして先輩がここにいるんですか」
「それはまぁ、普通にお義母さんが通してくれたよぉ?」
混乱する私をよそに、先輩は花束を机の下から取り出した。
「お誕生日おめでとーぅ!」
本当は明日だけどね、と先輩はウィンクしてみせた。
感動と混乱と可愛いと可愛すぎるの感情がごちゃ混ぜになり、頭の中がカオスだ。
「あ、あの。ありがとうございます」
「あはぁ。本当は1年の日数分の薔薇にしたかったんだけど、お金が足りなくてねぇ」
「それは流石に受け取れませんよ。……見たところ、薔薇が9本に百合が数本。あと沢山ある、このピンクと赤の中間のような花はなんですか?」
「ムシトリナデシコ、だったかなぁ。花屋さんが『貴女と彼女にぴったりっすよ』って言ってたよ」
あの人がそう言う時は、花言葉が絡んでいる。調べてみようかと思ったが、先輩の前で検索するのは野暮だろう。
「本当にありがとうございます。泣きそうなんですが」
「まだ早いよぉ。今日は1日、『ボクの考えたお誕生日おめでとうデート前夜祭』に付き合ってもらうからねぇ」
「なんですか、そのめちゃくちゃ嬉しいけど語感が悪いデートは。夜じゃないですし」
「まぁまぁ、細かいことは置いておいてさ。花束も取り敢えず置いてさ、着替えておいでよ」
「そうですね、そうします」
そういえばパジャマだった。恥ずかしい。
先輩は、白のブラウスに黒のロングカーディガンを羽織り、白黒のチェック柄のロングスカートを履いている。派手さを抑えた大人っぽい可愛さだ。何着ても可愛いのが先輩だけど。
「誕生日っぽい派手なやつ着てねぇ」
「派手な服なんて持ってませんよ」
急いで部屋に戻り、タンスを漁りながら、先輩の言葉の真意に気づいた。先輩はモノトーンで統一しているから、私を引き立てようとしてくれているのだ。先輩の考えたお誕生日おめでとうデート前夜祭の主役は私だから、だろう。
「でも、派手な服なんて持ってないし……」
いや、去年の誕生日に、お母さんがくれた服があった。それを取り出し、袖を通す。姿見に映る自分が、なんだか自分ではないみたいだ。
部屋を出て階段を下り、先輩の前に立つ。
選んだのは、赤と白のツートンの、花柄のワンピース。胸のすぐ下辺りに切り替え部分があり、高い位置で引き締まる。丈は足首が隠れるくらいの長さだ。
「すっごい可愛い!」
「あ、ありがとうございます」
先輩がエクスクラメーションマークを使うくらいの大きさの声を出すのは珍しい。いつもはちょっとやる気のない感じだし。
「敬語で真面目な後輩キャラの君に、花柄のワンピースが似合うなんて誰も思わないよぉ。もぉすっごい可愛い」
「褒めてます?」
「褒めてるよぉ。キスしたくなっちゃう」
「キスはいつでもするじゃないですか」
「じゃあ、ムラムラするに訂正するぅ?」
「キスのままでお願いします」
「あはぁ。でもねぇ、今日はボクが君に色々としてあげる日だから。ログインボーナスはお休みだねぇ」
先輩はそう言って、私に微笑みかける。別に私は構わないのだが、考えがあるのだろう。
「それじゃあ、行こっか」
「あ、待ってください。財布とかまだ用意してません」
「いらないよぉ。ボクからのプレゼントが、花束とデートプランだけだと思ったの?」
「と、言うと?」
「ボクからのプレゼントはねぇ、今日という1日だよぉ」
「そんなに豪華で良いんですか……?」
「これでも足りないくらいだよぉ」
先輩は私の手を繋いで、玄関へ行こうと促す。
「財布はわかりましたが、鍵は必要ですよね」
「お義母さん、部屋にいるから大丈夫だよぉ」
「えっ、てっきり外に出ているのだと……」
「それじゃあ、しゅっぱーつ」
先輩のふわふわした嬌声を合図に、『ボクの考えたお誕生日おめでとうデート前夜祭』が始まった。
先輩のちょっと強引な感じ、好きだわぁ。




