15日目:後輩の母に会いに行く(後編)
中編にしても良かったのですが、後編にしました。
「両手に花だねぇ」
「さらっと凄いことを言わないでください」
「あはぁ」
先輩は左手で花束を抱え、右手は私の左手と繋いでいる。
笑顔で車道側を歩く先輩。こういう、さり気ない優しさが先輩の凄いところだ。本来なら、後輩である私が車道側を歩くべきだと思うけれど、何故かいつも先輩が車道側にいる。
「あ、コンビニが見えましたね。寄っていきますか?」
「そうだねぇ。ボクたちが食べたり飲んだりするものも、あった方がいいもんねぇ」
「では、入りましょうか」
自動ドアが開き、入店する。週に数回は立ち寄る店なので、商品の配置も店員の顔も、すっかり見慣れている。
「飲み物、何買おっか」
「私は緑茶か烏龍茶で」
「ボクもそれで良いかな。大きいやつ買お」
「食べ物はどうします?」
「この、カットされてるバームクーヘンがいっぱい入ってるやつにするよぉ」
「美味しいですよね、それ」
先輩が烏龍茶とバームクーヘンをレジに持って行くと言うので、花束を預かった。流石に、両手に花のままだと会計ができないからねぇ、と先輩が微笑む。
嫌味でも冗談でもなく、自然にそういうことを言ってのけるのが先輩の凄いところだと思う。
自動ドアが反応しないくらいの場所で先輩を待っていると、お客さんが1人、入ってきた。
「おや、久しぶりだね」
「モエ……さん」
不行市肆野町、最大の名物にして、最大の謎。本名は不明、名前らしきものはツキモエ。性別は女性、年齢は成人済みということだけわかっている。
金銭の一切を必要とせず、誰とでも寝ることを生業としている女性。この街に住む男性で、彼女を知らない人はいない。
「あそこで会計をしている美人は、君のお友だちかな」
「まぁ、そんなところです」
「ふぅん。良かったじゃないか、友だちができて」
実は少し心配していたんだよ、とモエさんは嘯き、カゴを手に取って店内を進んでいく。ほぼ同時に、会計を終えた先輩が来た。
「今の人、知り合い?」
「えぇ、まぁ。なんというか、何年か前に悩みを聞いてもらいまして」
「ふーん。妖艶というかミステリアスというか、なんだか惹かれる感じがしたよぉ」
「本当ですよね。あの人は只者ではないんですよ」
彼女こそが、先輩には話さなかったこの街の名物。
とは言え、他の町でも噂を知っている人は少なくない。
「さ、君の家に行こうかぁ」
「そうですね」
先輩は私から花束を受け取り、また手を繋いで車道側を歩く。
もう少しで私の家が見えてくる。
「ねぇ。もしもボクが、君のお母さんに嫌われたらどうする?」
「それでも、私は先輩のことを好きなままでいますよ。私の人生は私のものなので」
仮にお母さんが先輩を拒絶しても、そんなことは私の人生には関係ない。お母さんなら、きっとそう言う。
いつものように野良猫が居眠りしている塀を右に曲がり、私の家の前に到着した。
「準備はできましたか」
「うん。ばっちりだよぉ」
鍵穴に鍵を差し込み、右に回す。解錠音を聞き、ドアを開ける。先輩が我が家に来るのは2度目だけど、なんだか私まで緊張してきた。
「ただいま」
「おじゃましまぁす」
「おかえりなさい。あら、貴女が先輩?」
「初めましてぇ。いつもお世話になっています」
「お世話になっているのは、娘の方じゃない?」
シーツを汚すくらいに、とお母さんは付け加えた。肉親の下ネタは本当にキツい。というか汚してないから。
「いやぁ、ボクの方がお世話になってて。人生楽しいって感じです」
「ここ2週間くらい、娘も毎日楽しそうよ。時に軟体生物のように、時にゴリラのような顔になりながら」
「は、恥ずかしいんだけど」
「あはぁ。あ、これお土産の花束です」
「あら。素敵ね、ありがとう」
お母さんは早速、花を生ける準備を始めた。
「それでは、私の部屋に行きましょうか」
「うん」
「私は外に出ていた方がいいかしら」
「「お気遣いなく」」
先輩と声が揃った。思わずお互い顔を見合って、笑ってしまった。
それを見て、さっさと付き合っちゃいなさい、とお母さんがため息混じりに呟いた。聞こえなかったことにしよう。
階段を上り、私の部屋に向かう。
「ねぇ、お義母さんは付き合っても良いよって言ってたねぇ」
「待ってください。今の台詞に、指摘ポイントが2つくらいありましたが」
「あはぁ。そんなことより、早く入ろうよ。今日のログボ、まだ貰ってないよぉ?」
「そうでしたね。では、入りましょうか」
部屋のドアを開くのとほぼ同時に、玄関のドアが開き、閉まる音が聞こえた。気を遣わなくても良いのに、と思ったが、娘の変な声を聴きたくないだけよ、とお母さんなら言うだろう。
部屋で何をしたのやら。