136日目:The life still goes on
お久しぶりです。
何か特別な力が宿ったわけではないけれど、テスト勝負で敗北した私はランプの魔人よろしく、先輩の願いを3つ叶えることが確定した。
と、いう話をココさんに伝えた。
伝えた覚えの無い対決のことを知られていたけど、結末くらいは自分の口から伝えようと思ったから。
「なるほどねー。前回までのあらすじ、ありがとー」
「前回って言っても、昨日の話ですけどね」
「何ヶ月も更新が無いと、前の話とかわからなくなるでしょー?」
「何を言っているのか全くわかりません」
「クグルちゃんは前の話とか忘れないタイプ?」
「そうですね。コミックの最初の方に載せてある『前巻までのあらすじ』とか必要に思ったこと無いですね」
「あれは単行本派のためのサービスじゃないの?」
なるほど。確かにあのページに描き下ろしイラストがあったりとか、文章に小ネタを仕込む作家も少なくない。
実際、前回までの話を忘却する前には新刊が出るし、まさかなんの報告も無いまま何ヶ月も待たせる、なんてことは皆無だろう。
まして、よくわからない番外編を挟んだまま、本編の更新が止まるなんて普通では考えられないし。やはり、前回までのあらすじなんてものは、サービスの類なのだろう。
「ココさんも漫画とか読むんですね」
「物語を楽しむ、っていう行為自体が好きだからね。漫画でも小説でも映画でも、なんでも好きだよー」
「他人の人生も、でしょ」
「あ、左々木さん。おはようございます」
「おはよ」
それだけ言い残して、左々木さんは大きな欠伸をして、それを手で隠すこともなく、スタスタと自分の席へ向かっていった。
「ココさんは、もし自分が願いを叶えてもらえるとしたら、何を願いますか?」
「んー。それを叶えてくれるのは、クグルちゃん? それとも超常的な、それこそランプの魔人みたいな存在?」
「そう、ですね……。私とは断定しませんが、私のような普通の人間が叶えられる範囲ってことにしてください」
別に、先輩のお願いの予想だとか予行練習だとか、そういう理由ではないけれど。なんとなく気になってしまった。
ココさんは秘密が多いし。
「……じゃあ、まずは叶えられる願いを100個に増やしてもらってー」
「あっそれはズルいですよ」
「だって、3つじゃ足りないよ」
「意外と強欲なんですね」
「当たり前でしょー。あ、でもクグルちゃんが相手なら100個もいらないかな」
「まぁ、超常的な力はないですからね」
そう言う私に、そういう意味じゃないよ、と呟くココさん。
なんだか、いつもの飄々とした雰囲気とは違う。まるで、これから新章が開幕するかのような物々しさ。
「私が居なくても、セイナとシオリと仲良くしてあげて。それだけで十分」
「……えっと、転校とかするんですか」
「まさかー。あ、もちろん死ぬ予定も無いよ」
上手い返事が思いつかず、数秒間のフリーズ。一昔前のパソコンのようなモーター音が、脳内に響く。
「なんて言うかさー、私とあの2人ってセット扱いされがちだからさ。だから、私とは関係なく仲良くしてねっていうだけの話」
「なるほど。別にココさんにお願いされなくても、自分の友だちは大切にしますけどね」
「やっぱり良いねぇ、クグルちゃんは最高だよ!」
「恐縮です。まぁ、貴女も大切な友だちですけどね」
流石にこれは、自分らしさから逸脱した言葉だったか。
なんか普通に恥ずかしくなってきた。活動休止明けのバンドの楽曲が、以前のテイストと変わっていたりするアレだと思ってもらおう。
どんな弄りも茶化しも受け入れる、対ショック姿勢で待っていたけれど、ココさんは静かに微笑んで「ありがとう」と呟いて、少し間を置いてから言葉を紡いだ。
「2人の友情がずっと続くことを、まだ誰も知らないのであった……」
「突然のナレーション」
不穏な内容じゃないだけ良いけど。
というか、私が恥ずかしがっていることを察して、同じくらいアオハルな言葉で上書きしてくれたのかな。
でも、続いたら嬉しいな。先輩との交際だけじゃなくて、色々なことが終わらなければ良い。
人生はまだまだ続いていくのだから。
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「やっとボクの出番!」
「いや、昨日も普通に会話とかしましたよ」
放課後。まるで半年ぶりに喋ったかのような表情で、先輩は瞳を輝かせている。
朝は降っていなかったのに、生憎の空模様で私のテンションは下がり気味。でも、先輩と相合傘ができるのはシンプルに至福なので、トータルで見たら勝ち。
「あはぁ。それはそうなんだけどさぁ、冒頭はボクとのキスから始めるのがルールじゃなかったのぉ?」
「なんのことだかさっぱり……。確かに、今朝はログボを渡していませんが」
「だから今日のログボ、早くちょーだい?」
「はい。では」
とは言ったものの、既に駅に向かって歩き始めているのにキスは難しい。
周囲にはそれなりに生徒も居るし、2人で1つの傘をさして歩いている現時点が、既に限界の到達点。
「……あの、流石に今は厳しいです」
「そっかぁ。ボクはログボちょーだいって言っただけなのに、君は公衆の面前でナニをしようとしたのぉ?」
えっ。ログボって、実質キスの隠語じゃなかったのか。確かにキスじゃないログボもあったけど、朝もキスしてないしキスの流れだったよね。
キスのゲシュタルト崩壊。
ニヤニヤする先輩の顔を見て、なんだよもう可愛いなぁって感想しか出てこない自分の末期さに呆れつつも、必死に現状を打開する冴えた方法を模索する。
「そりゃあ、キスしようとしましたけど。逆に先輩はキス、しなくて良いんですか?」
どうだ。言い訳無しのストレートカウンター。
「ちゅっ」
「!?」
カウンターにカウンターを合わせてきた。
顔面にパンチではなく、頬に唇だけど。
「ボクの勝ちぃ」
「みっ、見られたらどうするの」
「大丈夫だよぉ。傘で見えないって」
「本当かな……」
こういうところも好きだけど、また左々木さんに油断しすぎって怒られちゃうかも。
「しかし、まさかこれが原因であんなことが起こるとは、この時はまだ誰も知らないのであった……」
「突然のナレーション」
しかも、先輩は不穏バージョンをやるんだ。
「まぁ、伏線なんていくらあっても、結局は回収されないことがほとんどだけどねぇ」
「だと良いんですけどね」
傘に当たる雨音が、少し強くなってきた。跳ねて流れ落ちる雨水が、ほんの少しだけ先輩の肩を濡らす。
「先輩、濡れちゃいますよ」
「こんなところで……!?」
「あ、あー……。ね。肩濡れるよ、華咲音」
「そんなリアクションしないでよぉ……。ごめんね莎楼」
「別に、謝るようなことでは」
「控える、そういう発言、許して」
「なんかロボットになっちゃった」
このロボット、水に濡れても平気なのかな。
本当に深く反省しているようで、しょんぼりしたまま無言になってしまった。私の対応が塩味強めだったのが良くなかった。こちらも反省。
「……莎楼はさ、ボクのどういうところが好き?」
「敢えて言うなら全部ですけど、強いて言うなら可愛くて優しくて勉強もできて、でもちょっぴり自信が無くて、その癖強引なのに割とすぐ落ち込んじゃうところですかね。あと可愛くて可愛いので可愛いから好きです」
酸素と知性と引き換えに、ありったけの愛を伝える。これでも不十分だけど。
「か、かわいいって言いすぎだよぉ」
「これでも足りないくらいですよ。文字数稼ぎだと思われると困るので控えましたが」
「そんな、小学生の時の作文じゃないんだからさぁ」
「ふふっ。まぁ、先輩がお望みとあらば、毎日ログボついでに可愛いって伝えますよ」
「ボクは別にかわいく……あっこれはもう言わない約束だった。えっと、その」
「大丈夫だよ、華咲音」
傘が無ければ、今すぐにでも抱きしめたかった。頭を撫でて、何度でも大丈夫だよって伝えたい。
「莎楼が大丈夫って言ってくれると、本当に大丈夫になるから好き」
「ふふっ。良かった」
雨が少し弱まってきた頃に、駅に到着した。今日はお互いバイトの無い日だけど、これといった目的は決めていなかった。
傘を畳んで、地面に向ける。取り残された雨水が、ゆっくりと傘から滲んで流れていく。
「さて、今日はどうしましょうか」
「生憎の空模様だし、どうしようかなぁ」
「ちょっとお腹空きましたね」
「じゃあさ、白金蛸でたこ焼き食べたいな」
「珍しいですね、プラオクなんて……。そういえば、まんなカとコラボしてるんでしたっけ」
「そう!!」
「ち、力強い……」
白金蛸は、全国でチェーン展開しているたこ焼き屋さんで、定期的に様々なアニメとコラボをする。
先輩と行ったことは無かったかも。
「なんか、先輩と放課後に何かを食べるの、久しぶりな気がしてワクワクします」
「あはぁ。テストから解放されたし、これからはどんどん食べちゃお!」
「そうですね」
まぁ、人生はこれからも続いていくので、先輩と一緒に美味しいものを沢山食べるためにも、見えないところでダイエットを頑張ろう。
まだまだ続きます。続かせてください。




