134日目:アニメーションは止まらない(前編)
日曜日、お泊まり最終日。
日曜日の朝、それは何故か焦燥感と隣り合わせだったりする。
始まりから終わりが見えてしまうというか、日曜日の半分は月曜日で構成されていると言っても過言ではないだろう。
そう思ってしまうのは、先輩との楽しい楽しいお泊まりが、終わる手前なのも原因かもしれない。
「やっぱり、同棲したいな……」
そんな寝言と妄言の狭間なワードを呟いてみても、眠り姫はピクリとも動かない。
ちゃんと生きていることは確認したけど、やっぱり疲れてるのかな。昨日は結構歩いたし、無理もない。
因みに、今日の予定は特に無い。個人的には、先輩と一緒に『まんなカぐらし』を視聴したいくらいだろうか。なんなら、布団の中で一緒にダラダラするとかでも構わない。
「昔は、一緒に居るだけで幸せ……みたいな言説を信じられなかったけど、今ならわかるなぁ」
「あはは…………んふっ、んふふ……」
「!?」
起こしちゃったか。先輩が寝ているのを良いことに、恥ずかしげもなく恥ずかしい独り言を呟きすぎた。
「せ、先輩」
「………………ぅん」
「起きてます……?」
返事が無い。ただの寝言のようだ。
寝言というか、普通に笑ってたけど。楽しい夢を見ているなら何より。
「華咲音が寝てる間に、朝食の準備でもしようかな」
反応が無い。狸寝入りではなさそうだ。
ゆっくりとベッドから起き上がって、空いたスペースを埋めるように布団を直す。
まるで真夜中みたいに、先輩が目覚めないように細心の注意を払ってドアを開ける。
今日の朝食は何にしよう。菓子パン……いや、オシャレパンがあれば話は早いけど、折角だし何か作ろう。
キッチンに到着し、冷蔵庫を開ける。
「……え?」
冷蔵庫の中に、皿に乗ってラップがしてあるフライドチキンとフライドポテトが入っている。
そして、『余ったから食べると良い』とやけに可愛い文字で書かれた、手書きのメモが置いてあった。
「金曜日、うちに泊まって……昨日も泊まってて、夕飯か何かでこれを食べて、そして私と先輩が寝てる時に来て冷蔵庫にしまったってことか……?」
口に出さないと、上手く整理ができない。
というかアレか。もしかして私が先輩の家に泊まりに来ている時って、基本的に先輩の母親が私の家に泊まっていたりするのかな。なんか複雑。
まぁいいや。朝食にしては重たいけど、フライドチキンが多めにあるから使っちゃおう。
「まず、3つくらい取り出して……」
ラップを外してフライドチキンを取り出し、別の皿に移す。のこりはラップを元に戻して、再び冷蔵庫へ。
取り出したチキンを細かく手でちぎって、骨を外す。身とスパイスのたっぷり付いた皮だけになったところで、一度手を洗う。
「ホットサンドメーカー……ある。よし」
あるのが意外だけど、そこは気にしない。
ホットサンドメーカーに食パン、フライドチキンをセットして、その上からマヨネーズとスライスチーズを乗せる。
「あとは黒胡椒と……ポテトもいっちゃうか」
冷蔵庫からポテトを取り出して、チーズの布団の上に置く。順序がめちゃくちゃになってしまったけど、まぁいいか。これは自分用にしよう。
「最後にパンで蓋をして……っと」
ホットサンドメーカーを閉めて、コンロの火をつける。チリチリ、と焼ける音が静かに聞こえ始める。
いつも焼きすぎてしまうんだけど、何かコツとかあるのかな。しっかりと焼き時間を計測するとかだろうか。
「……莎楼ぅ。何作ってんのぉ」
「あ、おはようございます」
「おはよぉ……。起きたらいないから、ちょっと泣いたんだけど」
「えっ」
「嘘だよぉ……んふ」
眠たそうながらも、随分と小悪魔的な笑みを浮かべる先輩。
可愛いとかの次元じゃない。いや勿論今日も今日とて寸分違わずなんら変わりなく、平時と同じく可愛いしなんならそれを日々更新する可愛さだけど。
そんな可愛い寝起きの声に含まれる色香は、私を狂わせる。普通に奇声とか発しながら抱きつきたい。
「で、何作ってるのぉ?」
「えっとですね」
冷蔵庫の中身のこと、ホットサンドメーカーがあったから、ちょっと重ための朝食を作っていることを説明した。
「ふーん。顔洗ってくるから、ボクの分も作っといて」
「は、はい。それは勿論、頼まれずとも焼きますが」
ひらひら、と手を振って、先輩はキッチンから居なくなった。
不機嫌になる手前くらいのテンションだったけど、大丈夫だと信じたい。信じてる。
「そろそろ開けてみようかな」
数回ひっくり返して両面に火が通っている、ハズのホットサンドを拝もうじゃないか。
開いてみると、やや焦げたパンが恥ずかしげもなく現れた。またやってしまった、何度同じ過ちを繰り返すんだ。まるで人生みたいだ。
「ホットサンドは、人生だった……?」
訳の分からない独り言を呟きつつ、ヘラを使ってホットサンドを救出し、皿に乗せる。
先輩の分は絶対に焦がさないぞ。あとチーズは最後に乗せるぞ。と決意をして、制作に取り掛かる。
「……うん。完璧!」
「いい匂いだねぇ。できた?」
「できましたよ」
顔を洗ってきた先輩の、圧倒的なまでの美人オーラに気圧されつつも、綺麗に焼きあがったホットサンドを見せる。
「わぁ。すっごくおいしそうだねぇ」
「食べましょう、チーズがトロトロなうちに」
「うん。あ、ボクはこっちの焦げてる方でいいよ」
「ダメだよ。あっいや、そっちは具材の順番も適当だし、ちょっと時間経っちゃってるからこっちね」
「う、うん」
「自慢じゃないけど、私は頻繁にパンを焦がすのでご心配なく」
ホットサンドの乗った皿をテーブルに移動し、先輩と一緒にいただきますをする。
ザクッ、という音と共に、チキンとかチーズとか黒胡椒とか、とにかく色んな味が情報の洪水となって口内に広がった。あとシンプルに焦げの苦さも。
「おいしぃ!」
「良かった」
「なんか、色んな味と食感がして楽しいね」
「そうですね。適当にも程がありましたが、素材が良いので美味しいですね」
「うんうん。そうだ、今日は何かしたいこととかある?」
「今日はですね、先輩さえ良ければ『まんなカぐらし』の劇場版を観たいんですけど」
瞬間、目を輝かせる先輩。目の中で超新星爆発でも起こったのかと錯覚するほどの眩い瞳が、私を見つめる。
「いいよぉ! 事前知識がなくても楽しめるし、冒頭で各キャラクターの説明とか世界観の話がナレーションベースである程度は語られるし、細かいこと抜きでも可愛さが楽しめちゃうし、劇場版限定のキャラクターも出てくるっていうかその子が実質的な主人公みたいなものだから、詳しい子どもと知らない親御さんで観ても楽しめるような工夫がされてるなぁってボクは初見時に感動してね?」
「オタク特有の早口……!?」
情報量に反して、かなり流暢に言葉が紡がれていた。何事かと思った。
「ボクは初回限定特装版の円盤を持ってるから、部屋で鑑賞会しよぉ」
「しますします」
「副音声はない方がいいよね?」
「副音声?」
「ボクの解説、及びその場における会話」
「哲学書のタイトルかと思いました」
取り敢えずふたりでごちそうさまをして、皿を片付ける。
夕飯の時とかにも洗い物が出るだろうし、後でまとめて洗うことになった。……明日学校だけど、夕飯の時間まで居ても良いのかな。まぁ大丈夫か。
「それじゃあ、早速ボクの部屋に行こう!」
「はい、お手柔らかに……?」
こんなにハイテンションな先輩、珍しい。
いや、昨日もこれくらいのテンションだったか。とにかく、さっき下がっていたテンションが戻ったようで何より。
やっぱり明るく元気な先輩を見ている方が、こっちも元気貰えるし。
楽しみだな。先輩と一緒に、先輩の好きなアニメを観るの。
次回、劇場版まんなカぐらしの内容とは!?




