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133日目:グラッドナルド・ロマンス(後編)

いざ紅葉狩り。

「エッググラドマフィングラッドセットふたつとビッググラッドのセット、ドリンクはコーラで、あとチーズバーガー単品ふたつとポテト単品を持ち帰りでお願いしまぁす」


 ご一緒にポテトはいかがですか、の類のワードが挟み込まれる余地が無い。


 かろうじて、私の分も注文したことだけ理解できた。


 まだ朝限定メニューを注文できる時間帯だったので、おもちゃが付いてくるセットはそれにした。


 店内はそれほど混んでいない。朝グラドを食べている親子が数組いる程度。


「結構頼みましたね」

「うん。だって外で食べるからいっぱい必要でしょ?」

「わかるような、わからないような……?」


 別に、外で食べるからって胃袋が拡張されるわけではない。気分も上がるし、特別感に心が踊るのはわかるけど。


 番号を確認して端っこの方で待っていると、さっきまでポテトを食べるのに夢中になっていた女の子が、じっとこちらを見ていることに気が付いた。


 なんだろう、先輩の美しさに釘付けなのかな。わかるよ、あげないけど。


 その子は小さい体をゆっくり揺らして、床まで少し距離のある長さの脚を下ろして、てこてこと歩み寄ってきた。


 近くで見て気が付いたけど、何処かで見たことのある顔だ。けど、心当たりが無い。


「あの、ぬいぐるみ取ってくれたおねーちゃんだよね?」

「えっ、あっ、そうです」

「やっぱり! あのね、今でも大切にしてるよ!」

「それは良かった。ドラゴンも幸せ者だね」

「えへへ。それでね、いつか会えたら渡そうと思ってたんだけどね」


 少女の後ろから、慌てた様子の母親がやって来た。


 席を空けて大丈夫なのかな、と確認してみたけど荷物類は全て持っているみたいだ。安心。


「これを、娘がずっと渡したがっていまして」


 母親は鞄から、まんなカぐらしのクリアファイルを取り出した。それを少女に手渡すと、今度はそのクリアファイルがそのまま私に回ってきた。


「これは……?」

「おねーちゃんに、ありがとーのきもちをこめたお手紙だよ!」


 言われて、クリアファイルの中を覗いてみると、確かに手紙のようなものが入っている。


 可愛らしい、まんなカぐらしの封筒だ。この統一感、並のファンではないことが窺える。クリアファイルは返そう。


「あ、そのファイルもあげるよ!」

「流石にそれは申し訳ないですよ」

「いいのいいの。ぬいぐるみのお礼だから」

「どうぞ、貰ってください」


 親子にここまで言われたら、受け取らない方が失礼か。ありがたく頂戴しよう。


 流石に本人の前で手紙を読むのは気が引けるので、後の楽しみに取っておこう。


「じゃーね、おねーちゃん!」

「はい、またね」


 また次があるかのような別れの挨拶は、本来なら控えるんだけどそこまで考えないことにした。


 笑顔で手を振り、席に戻ってトレーを片付けるところまで見守った。なんだか、とっても幸せな気持ちになった。


 先輩以外の人が私をこんな気持ちにさせてくれるなんて、人生というやつは捨てたものじゃないな。いや、元々別に人生とか他人に絶望してないけど。


「うふふぅ。よかったねぇ、莎楼」

「はい。なんだか心がほんわかしました」

「ボクも鼻が高いよ」

「なんで?」

「え、だってこんな素敵な人と付き合ってるんだぞーって自慢したくなるでしょ」

「お、おぉ……凄いことを言いますね」

「なんでぇ?」


 もしかして、先輩は語彙がパワーワードで構成されている節があるから、シンプルに自覚が無いのか。


 普通なら照れたり恥ずかしくて言えなさそうなことも、真面目な顔でごく普通の言葉のように紡ぐから、全く油断ならない。


 いや、完全完璧に受け身の姿勢を取っていても、どうせやられるのは目に見えてるんだけどね。


「お待たせしました、100番でお待ちのお客様」

「あ、受け取ってくるねぇ」

「はい」


 先輩が戻ってきたら、私が持ちますよって提案してみよう。持たせてくれるかはわからないけれど。


 ―――――――――――――――――――――


「思っていたよりも綺麗だねぇ」

「期待値低かった感じですか」

「見頃かどうかわかんなかったし?」

「そうですよね。まぁ、まだまだ楽しめそうではありますね」


 やってきたのは、名前も知らない公園。


 公園と言っても、遊具や砂場が設置されていてベンチが点在しているタイプの公園ではない。


 なんというか、遊歩道と散策路と森が合体している、市民の憩いの場……のような場所だ。犬の散歩をする人や、ウォーキングをする人、ベンチに座って本を読んでいる人なんかが居る。


 モミジはさながら真っ赤な絨毯で、イチョウ並木は黄色の壁紙、青すぎる天井と合わせて大きな部屋のようだ。


「よーし。じゃあこの木の下にシートを敷いて、紅葉狩りいこうぜぇ!」

「急にキャラ変しないでください」


 某狩猟ゲーのキャッチコピー捩りかな。突然すぎて、新キャラが出てきたかと思われそう。いや、誰にって話ではあるんだけど。


 小学生の頃の遠足以来じゃないかな、シートを敷いてその上に座るの。シートの四隅に靴や荷物を置いて、飛ばされないように固定する。


 ガサガサ、とビニール袋から、ハンバーガーの入った紙袋を取り出す。この紙袋の匂いが、間接的にハンバーガーの匂いだと錯覚してしまう。


「それじゃあ、朝か昼かわかんないけど食べよっかぁ」

「はい。あ、おもちゃの確認は後ですか?」

「うん。食べてからにしよっかなぁ」

「では、いただきます」

「いただきまぁす」


 包み紙を開いて、マフィンのバーガーに齧り付く。これこれ、この食感といい意味で粉が付いてくる感じがたまらない。久々に食べたな。


 普通の牛パティも美味しいけれど、朝限定のマフィンに挟まれている豚のパティがまた絶品だ。


「おいしぃねぇ。ポテトも食べていいからね」

「仮にダメと言われても食べるよ」

「そんなに好きだったの?」

「好きですよ。他のポテトとは別物の感じとか特に」

「なるほどねぇ」


 そんな会話をしながら、私がバーガーをひとつ平らげる頃には先輩はほぼ全て食べ終えていた。


 え、吸い込んだ?


 そんな驚きに包まれている私を他所に、先輩はポテトを掲げてモミジと見比べたりしている。私の知らない紅葉狩りの所作だろうか。


「ごちそうさまでした」

「じゃあ、おもちゃの開封しよっ!」

「うん。先輩の狙いは、やっぱりカッパかドラゴン?」

「そうだよぉ。よく覚えてたねぇ」

「先輩に関することなら、記憶力が上昇するんです」


 開封するまで、中身のわからない不透明なビニール袋に爪を立てる。


 刃物の類は当然持ち合わせていないので、力技での開封となった。


「いくよぉ、せーの!」

「……あ、ドラゴンが出ましたよ!」


 ドラゴンは後ろに引くと走る、所謂プルバックカーのようだ。先輩の推しキャラが出て一安心。


「ボクは……カッパだぁ!」

「良かったじゃないですか!」

「えぇーすっごくうれしいぃ……可愛いぃ……!」


 こんなに目を輝かせて、語尾にエクスクラメーションマークを付けている先輩が見られるなんて、眼福だ。


「はい、私のドラゴンもあげる」

「いいのぉ!? ありがとぉ!」

「うん。そろそろ私も、まんなカぐらし観て勉強してみようかな」

「それなら劇場版がオススメだよぉ。今度一緒に観よ?」

「是非ぜひ」


 好きな人の好きなものを知りたい、って前にも話したし、流石にこのまま未履修で生きていくのは厳しい。


 まんなカぐらしの可愛い手紙とファイルも貰ったし、良いタイミングだと思う。


「まだ少しポテト残ってるけど、ちょっと散策しない?」

「賛成。袋は私が持ちますよ」

「ボクが持つよぉ」

「いやいや。さっきも結局持たせてくれなかったし。私が持ちます、空いてる方の手を握ってください」

「あはぁ。わかったよぉ」


 シートを畳んで、バッグにしまう。


 ほぼ熱を失ったポテトの入った袋を右手に持って、熱を帯びた先輩の右手を左手で握る。


 まだまだ陽は高く、それほど寒くないので散歩するのにピッタリだ。


「ねぇ莎楼」


 袋の音と枯葉が踏まれる音と共に、先輩の甘い声が耳を撫でる。


「どうしたの、華咲音」

「たまにはこういうのもいいね、って言いたかっただけだよ」

「そっか。私も、これからもずっと先輩と一緒に、色んな景色を見ていきたいです」

「見せてあげる。ひとりだと見れないような景色とか」

「ふふっ。それは私も負けないよ」


 次は何処に行こうか。何を見ようか。何を食べようか。


 とめどなく溢れるこの想いが、きっとこれから先も私たちを導いてくれるだろう。


 木枯らしに撫でられて舞う葉を見て、なんとなくそう思った。

次回、日曜日。おうちデートでアニメ視聴!?

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