14日目:フォー・ガールズ
突然ですが、登場人物を増やします。大変。
「それじゃあ、また明日ねぇ」
「はい、また明日」
放課後。先輩も私もバイトなので、今日は玄関で別れる。
朝、いつもの場所でキスをしたので、今日のログインボーナスは一応終わっている。とは言え、少し寂しい。昨日はバイト先に先輩が来てくれたので、まだ良いけれど。
バイト先へ向かう電車の中で、同じ制服の人たちが恋人や友人と談笑している。それを見て、昔は感じなかった孤独感のようなものが押し寄せる。すっかり先輩に変えられてしまったな、と心の中で笑う。
今日は木曜日だけど、仕事は昨日と同じようなものだろうか。昨日は私が来てから、陸上部のエースと先輩しか来店していなかったので、今日はお客さんが来るかどうか心配になる。
味は確かだけど、オープンしてまだ日が浅いからなのか、外観がレトロだからなのか、あまり賑わっている様子は無い。
とは言え、喫茶店がうるさくなるのは好ましくないので、経営難にならない程度には繁盛してもらいたい。
『次は戸毬です。停車時間は僅かです』
目的の駅の名前がアナウンスされた。先輩とデートする時に、いつも聞く駅名だ。
それから間もなく、電車は停車した。
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「今日もよろしくお願いします……」
「はい、マスター」
「マスターだなんて……照れますね」
マスターは照れ笑いを浮かべながら、厨房へと消えた。笑うと可愛らしい。年上だけど。
お客さんが来るまでの間、机やカップを拭いて過ごす。カウンターでこうしていると、自分がマスターになったかのような錯覚を覚える。
最後のひとつを拭き終えたところで、チリンと鈴が鳴った。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは、です」
「お好きな席へどうぞ」
空いてるお席、と言いそうになったが、全て空席だ。
今日初のお客さんは、床に届きそうなくらいの長い黒髪を揺らし、静かに微笑んだ。
私と同じ高校の制服、正確に言うと先輩の同級生だ。ベタだが、タイの色で学年がわかるのだ。
今年の1年生は黄色、2年生は青、そして3年生が赤。『信号機みたい』だと、生徒も近隣の人々も思っているのは有名な話。
「素敵なお店だね、です」
「ありがとうございます」
「ここのアップルパイが美味しいって、恋人に教えてもらったの、ですよ」
「そう……ですか」
この店に2回客として来て、店員として働くのも2回目だが、男性客を一度も見たことがない。私が知らない時に来ているのだろうか。
いや、そもそも女性の恋人がイコール男性というのは浅はかだ。自分だって、男性と恋愛していないのだから。
「妹の私にも教えてくれないなんて、姉には困ったものだよ、です」
「と、言うと?」
「ここのマスターは私の姉なんだ、です」
「そうなんですか」
「そうだよ、です」
顔も喋り方もあまり似ていないけど、姉妹なんてそんなものなのだろうか。身近に兄弟姉妹がいる知人や友人がいないので、よくわからない。
というか、随分と不思議な口調だ。取って付けたようなですます口調。
「あっ、マスターに注文を伝えてきますね」
「よろしく頼むよ、です」
「マスター、妹さんがお見えになられてますよ。アップルパイを注文しています」
「えっ……わかりました。取り敢えず……お水を持って行って下さい……」
「かしこまりました」
コップに氷を数個と、軟水のミネラルウォーターを注ぎ、マスターの妹さんの座っている席に置く。
と同時に、チリンと鈴が鳴り、扉が開いた。
「いらっしゃいませ」
「今日も来ちゃったぁ」
「あたしも2日連続だよ」
先輩と、陸上部のエースが一緒に来店した。なんだか悔しい。
「あら、カサちゃんとニケちゃん。仲良しだね、です」
「えっ、あっ、アラちゃん!? 違うぜ? これはそういうのじゃなくてだな。というか来るなら誘ってくれたら良かったのにさ」
「何が違うの、ですか」
「いや、待ってくれよ。怒ってる……?」
「怒ってないよ、です」
陸上部のエース……改め、ニケさんが動揺している。
そういえば、ニケさんはマスターのことを知っていると言っていた。そして、アラさん(で良いのだろうか)はマスターの妹。アップルパイが美味しいと恋人に教えてもらったという発言と、この、まるで浮気を疑われているかのような動揺ぶり。
「あの、先輩。もしかして、あの2人って……」
「うん、付き合ってるよぉ。本人たちはバレてないと思ってるみたいだけどねぇ」
「それ、私たちにも言えません?」
「あれぇ、ボクたちは付き合ってないでしょ?」
「……それはそう、なんですけども」
でも、毎日のようにキスをしたり、手を繋いでデートをしたりはしているじゃないですか。と言いたかったが、飲み込んだ。2人に聞かれるわけにはいかないし。
アップルパイが焼き上がったことを告げる香りが漂ってきたので、厨房へ向かう。そして、先輩とニケさんの注文をマスターに伝える。2人が頼んだのは、2人とも同じアップルパイのセットだった。それがまた悔しい。
もしこれが、私の嫉妬心を煽るための先輩の作戦なのだとすれば、悔しいけれど大成功だ。
ニケ→陸上部のエース、アラ→喫茶店のマスターの妹。そしてこの2人は先輩の同級生。よし、これで後で自分が混乱するのを防げたぞ。




