133日目:グラッドナルド・ロマンス(前編)
秋を鮮明に焼き付けて。
全く射し込まない太陽の光に代わって、鳥のさえずりが朝を教えてくれた。
「……ふわぁ」
眠たい。昨日は歩いて帰ってきて、そこから……まぁ、眠りにつくまでに色々あったせいで眠たい。
変な筋肉が痛いし、パジャマが擦れると痛い部分まである。目視できないけど、恐らく赤い痕になってる。
キスも痕をつけることも、噛み跡をつけることだって、許可を出したのは自分なので文句はひとつも無いけど。
先輩を起こさないように、ベッドから出ずに静かにスマホに手を伸ばす。
「……まだ8時じゃん」
土曜日なのに、無駄に早起きしてしまった。色々疲れてるはずなのに、どうして熟睡できないんだろう。
……まさか、未だに先輩が居るとドキドキしてしまうからだろうか。だとしたら、同棲とか始めたら一生早起き生活になってしまう。
「ぅん……朝……?」
「朝の8時です」
「6時間くらいしか寝てないねぇ……」
「もう少し寝てても良いですよ」
「起きる……」
細い声と眠そうな目で、先輩は体を起こした。
物音とか出してないのに、私が目を覚ますと先輩も起きてしまう。なんだか申し訳ない。
「ごめんなさい、もう少し寝たかったですよね」
「……別に謝ることじゃないよぉ。君が起きたら、ボクも起きないと勿体ないし」
「そ、そうですか」
「うん。勝手にボクも起きてるだけだし。あ、やり直しするね」
「やり直し?」
「おはよぉ、莎楼」
いつもと同じ、柔らかくて可愛い声とはっきり開いた目で、先輩は朝の挨拶をした。
「おはよう、華咲音先輩」
あまりの威力に、奇声を発する手前でなんとか踏みとどまった。平静を装って挨拶を返す。
うん、一生早起き生活でも良い。
「うふふぅ。やっぱり、ちゃんとおはよぉってしないと物足りないからね」
「大事ですよね」
一緒にベッドから出て、取り敢えずリビングを目指す。
因みに、先輩は自分の家だとコンタクトが無くても平気らしい。先輩の視力って、どれくらいなんだろう。
目が悪いと、世界はどんな風に見えるんだろう。
「そういえば先輩、今日の予定は?」
「えっ、今日もしていいのぉ?」
「そんなこと言ってないよ!?」
「ボクは大歓迎だけど」
「いやいや、私の身も心も耐えられませんって」
正式に付き合ったから、堂々と後ろめたさも感じずにできるって気持ちはわかるんだけど、流石に連日は厳しい。
運動とかスポーツって言葉でオブラートに包むことがあるけれど、案外あれって的確だったんだ。
限りなくスポーティーで、間違いなくエキサイティングで、疑いようのないくらいハッピーだから良いけど。
「まぁそれは冗談だけど、正直何も思いつかないんだよねぇ」
「デート先も限られてますし、いつものお店でご飯とかになりますもんね」
「君と一緒ならそれでもいいんだけどさぁ、たまにはこう……なんか違うこととかしたいよねぇ」
「そうですね」
付き合って、もうすぐ2週間。だからと言って何も浮かばない辺り、自分の想像力の貧困さが浮き彫りになる。
何処かに遠出……も悪くはないか。日中はまだ暖かいけれど、夜は寒いからホテルに泊まるとかも良いかもしれない。
いやいや、ただの土日にそれは大袈裟か。考えても考えても、思考が沼から抜け出せない。底無しだ。
「11月には失礼だけど、あまり何もないんだよねぇ」
「そうですね。……いや、11月中旬といえば紅葉とか見れそうでは?」
「紅葉かぁ。そういえば、京都の紅葉も今くらいが見頃らしいねぇ」
「流石に京都は行けないけど、近場に紅葉を見に行くのはどうでしょうか」
「さんせーい。じゃあ、レジャーシートとお弁当も必要だねぇ」
「作りますか?」
今から作るとなると、時間的に少し厳しいだろうか。冷ます時間とかも考えると、家を出るのが遅くなってしまう。
まぁ、普通にコンビニとかで買っても良いけど。先輩と一緒に食べるなら、なんでも美味しいし嬉しいし。
「あ、あのさ。もし君が良かったらなんだけど……グラドのハンバーガーでいい?」
「別に構いませんけど。先輩のバ先ではなく、あくまでグラドなんですね」
グラド。正式名称はグラッドナルド。恐らく世界で一番店舗数の多いハンバーガーショップで、『グラッドセット』というおもちゃが付いてくるセットはあまりにも有名。
……そういえば、今のグラッドセットってまんなカぐらしだっけ。CMで見た覚えがある。
「先輩、今やってるグラッドセットって確か」
「あああああいや別に!? そんなつもりじゃなくてね!?」
「そんな、照れなくても良いですよ。少なくとも私相手にそんな」
「だ、だってぇ……子どもっぽいって笑わない?」
「笑いませんよ。CMでも言ってましたよ、『大人も大歓迎』って」
「じゃあ、堂々と買っても大丈夫ぅ?」
「恐らく。多分、きっと……」
「なんで自信なくなったのぉ!?」
それはもちろん、店舗側は大歓迎だろうけど、周囲がどう思うかまではわからないからだ。
たとえ何も悪いことをしていなくても、ルールに則っていたとしても、先輩が恥ずかしいと感じることを止めることはできない。
最近は転売行為をする悪い大人も居るし、肩身が狭いかもしれない。
悪人のせいで私の愛する先輩が嫌な思いをする可能性があるの、なんか腹が立ってきたな。
「あれって確か、ランダムでしたよね」
「う、うん。そうだけど」
「じゃあ、私も買うよ。それなら堂々と買えるよね?」
「く、莎楼ぅ〜!」
「よしよし」
なんか流れで撫でてしまった。まぁいいか。
先輩の方が身長が高いから、抱きついてきて頭をうずめてくれると撫でやすいんだよね。目の前に『撫でろ!』って画面が表示されていたから仕方ない。
ひとしきり撫で終えたので、外出するための準備を始める。そういえばまだ、朝食はおろか洗顔とかもしていないことを思い出した。
「いや、グラドが朝食になるのかな……?」
先輩に確認をする、というよりはただの独り言だったけど、先に洗面所に向かっていた先輩から返事があった。
「朝昼兼用にしようよ」
紅葉狩りなんて、即座に帰宅するようなイベントでもないだろうし、なんならグラッドセットだけではなく朝グラドも買えば良いかも。
「はーい」
このくらいの声の大きさなら聞こえたかな。無駄に広い家の中に、こだまとまではいかないけれど、私の声が軽く響いた。
次回、紅葉を見たり貰えるおもちゃで大興奮!




