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129日目:Promise You(Me)

いざ、先輩のセンパイに交際報告。

『今日は11月9日、土曜日。119番の日です!』


 そう、今日は土曜日。ヒアさんに、先輩と付き合うことになったことを報告する日。


 因みに、明明後日はテスト。そっちも不安だけど、やはりヒアさんに交際報告をする方が緊張する。


『今日から1週間、秋の全国火災予防運動が行われます。11月は空気が乾燥していることも多いですからね』


 今日も笑顔が素敵な、アナウンサーのお姉さんの声を聞きながらトーストをかじる。


 この前先輩が作ってくれたモンティクリスト、あれを自分でも作ってみようと思ったけど、冷蔵庫の中に卵が無かったので、残念ながら普通のトーストとなった。


 普通に焼いたパンにバターを塗り塗りして食べるのも、もちろん美味しいんだけどね。


「あと2時間もある。どうしようかな」


 ヒアさんは朝に弱いらしいので、10時過ぎくらいに向かうことになっている。先輩とは、珍しく現地集合。


「でも、前は早朝に車を出してくれたような……?」


 あれは朝に弱いヒアさんの、途方もない努力の結果だったのかもしれない。


 なんとなく低血圧っぽいもんな、ヒアさん。


『それでは今日も、元気にいってらっしゃい!』


 笑顔で手を振るお姉さんに別れを告げ、トーストの消失した白い皿に向かって、手を合わせる。


「ごちそうさまでした」


 皿を洗って、洗顔と歯磨きをして、それから着替えて……。やっぱり時間に余裕がありすぎる。


 以前までの自分だったら、こういう隙間時間にデイリークエストの消化とかしていたけれど、なんとなくそんな気分でも無い。


 もしかすると、今日は帰りが遅くなるかもしれないし、今のうちにテスト勉強をしておこうかな。


 今回のテストも、先輩に勝利すると何か良いことがあるみたいだし。頑張ろう。


―――――――――――――――――――――


「おはよぉ」

「お、はようございます」


 高校前の駅で降りて、ヒアさんの家まで歩こうと思っていたら。


 駅のベンチに座っていた先輩に、挨拶をされた。嬉しいサプライズに、私の心臓がドライブしそうになる。


「あはぁ。ビックリしたぁ?」

「はい。それはもう、驚きすぎて心臓が行方不明です」

「どっかいっちゃったの……?」


 勿論、どっかに走り出して消え去ったということは無い。きちんとここにある。


 見失いようが無いほど、大きな鼓動を鳴り響かせている。


「ところで先輩、今日は一段と可愛いですね。いや、常日頃からどんなファッションでも可愛いんですけど、あの……可愛いですね」

「ありがとぉ。落ち着いて?」

「いつだって私は冷静ですよ」


 今日の先輩は、黒のジャケットに白のワンピースを合わせていて、しかもポニーテール。大人っぽくもあり、少し活発そうな感じもする。


 あの時お揃いで買ったヘアゴムが、先輩の髪を束ねている。


「それじゃあ、一緒にセンパイのアパートまで行こっかぁ」

「はい」


 手を握って、駅を出る。ヒアさんの住むアパートまでは少し歩くけど、先輩と一緒ならどれだけ遠くても平気だ。


 むしろ、ちょっと遠い方が助かる。今度、なんの目的も無いお散歩デートとかしたいな。


 ……いや、それは流石に老後の楽しみ過ぎるか。


「そういえば、センパイはそろそろ引っ越すらしいよぉ」

「そうなんですか。やっぱり、キツちゃんと暮らすには狭いんですかね」

「そうだろうねぇ。あと、1人で借りてるのに2人で暮らすのはあまりよくないし」

「あ、根本的な話ですか」


 一人暮らしなのに半同棲、とかすると大家さんに怒られる的な話は聞いたことがある。


 私は、先輩と暮らす時は借家ではなく持ち家だと嬉しいな。でも、流石にそんな若いうちから家を建てるのは現実的じゃないか。中古物件とかでも良いな、いやでもそもそも市外で暮らす可能性だってあるわけだし、今からそんなことを1人で考えていても仕方ないか。


「……莎楼、なんかすっごい難しい顔してるよ?」

「あっごめんなさい。先輩も持ち家の方が嬉しいですか?」

「なんの話ぃ?」


 今日の先輩は、心を読んでいなかったらしい。


 先輩にもココさんにも、いつも心を読まれているから逆に驚いた。そうだよね、普通はちゃんと順を追って話さないと伝わらないよね。


 それか、普段の私があまりにもわかりやす過ぎるのだろうか。顔に書いてあるよ、ってやつ。


 そんなことを話したり考えたりしていると、ヒアさんの住むアパートの前に到着していた。


「あれぇ、センパイの駐車場に知らない車が停まってる」

「来客、ですかね」

「でも、ボクたちが来ることを知ってるからなぁ。センパイ、車変えたのかも」


 以前の車は黒だったけど、この車も黒。冬の夜を思わせる漆黒に、思わず心がときめく。


 ヘッドライトの目が横に2つあり、計4つの丸い目が輝いている。ボンネットに排気口が3つもあり、ハンドルは左。間違いなく外車なのがわかる。車には全く詳しくないけど、とてもカッコイイと思った。


 アパートの階段を上り、ヒアさんの部屋のインターホンを押す。数秒待つと、気だるげなヒアさんが扉を開けた。


「いらっしゃい。待ってたよ」

「おじゃましまぁす。……あれ、タイラちゃんは?」

「友だちの家に遊びに行ってる。まぁ、上がりなよ」

「おじゃまします」


 靴を脱いで、先輩と一緒にヒアさんの後ろに着いて行く。


「わざわざ2人で遊びに来たってことは、なんか話でもあるの」

「ふっふっふ。実はねぇ、莎楼と付き合うことになったんだよ!」

「で、です。その報告に参りました」

「そう。おめでと」

「リアクション薄くなぁい?」

「だって、両想いだったし。別に驚くことないと思うケド」

「それはそうなんだけどさぁ」


 唇を尖らせて、やや不服そうな顔をする先輩。


 ヒアさんの驚く顔を想像していたのかもしれないけど、少なくとも私はこのくらいのリアクションなのは想定していた。


 むしろ、大切なのはこの後というか……。


「ところでサドちゃん。あの時、車の中で話した内容は覚えてるかな」

「空港に送っていただいた時のことですよね。もちろん、覚えています」

「じゃあ、約束を破った自覚はあるってことで良いよね」

「……はい」

「約束……?」


 そう、あの時ヒアさんは私に、『大切な後輩を泣かせたら許さない』と言った。そしてそれを、肝に銘じて心に刻んだ。


 それから時は流れ、私は先輩に告白をし、誤解をしたまま走り去ってしまった。


 その後、先輩はヒアさんの家に行って、治療してもらったと言っていた。その時に、恐らく先輩は泣いていたのだろう。


「ん。私は別に、カサの親でも姉でもなんでもないケド、付き合ったならそれは清算しておきたい」

「ど、どうすれば良いですか」

「一発、殴らせて。それで許す」

「わかりました」

「な、殴るの!? ダメだよぉ、どんな約束だったかは知らないけど、そんなの」

「良いんですよ、先輩」


 先輩には、娘はやらんと怒る親は居ない。


 だからきっと、その役目はヒアさんのものだ。


「目、つぶって。歯は食いしばって」

「……はい。いつでも大丈夫です」

「やめてよぉ、いくらセンパイでも怒るよ!」

「いいよ。あとでいくらでも軽蔑して」


 闇の中、2人の声だけが聞こえる。正直怖いけど、本当に私は殴られるくらいの覚悟はしてきたんだよ、先輩。


 必死に止めようとする先輩の声が聞こえなくなった。次の瞬間、頬に手が触れた。


 むにむに、と頬を摘まれ、わしゃわしゃ、と頭を撫でられた。


「はい、終わり」

「……え?」

「まさか、本気で殴るわけないでしょ」

「も、もぉ。心臓に悪い冗談はやめてよぉ!」

「ごめんごめん」

「怖かったから、トイレ借りるね」

「ん」


 涙目でトイレに駆け込む先輩。ドアが閉まったタイミングで、恐る恐る口を開く。


「……本気、でしたよね」

「うん。サドちゃんがなんらかの言い訳をしたら、殴るつもりだったよ」

「何も言わず、殴られることを受け入れたから……許してくださったんですか?」

「元々、別に怒ってないケド」

「ご、ご冗談を。あれが演技なら、今からでも役者になれますよ」

「ふふ。意外とよく喋るね」


 よく回る口だ、塞いでやろう。みたいなニュアンスがあるような無いような、そんなことを微笑みながら言われると困る。


 緊張と緩和、じゃないけれども、そんな感じで逆に口が回ってしまう。


 水の流れる音と共に、先輩が戻ってきた。


「ねぇセンパイ、あの車って新しいの?」


 凄い、さっきまでの怒涛の展開が無かったかのような振る舞い。露骨すぎる気もするけど、正直助かる。


 まるで天から降りてきた、一本の蜘蛛の糸のようだ。


「叔父さんのお下がり。もう乗らないって言うから、譲ってもらった」

「私は車に詳しくないんですけど、それでも素敵だと思いました。アメ車ですか?」

「うん。チャレンジャーSRTヘルキャット、って車」

「すごく速そうな見た目だよねぇ」

「正直、オーバースペックだよ。日本の公道ではポテンシャルを発揮しきれないケド」

「ヘルキャット、って地獄の猫って意味ですか?」


 直訳すぎるか、と思いつつも、思わず訊いてしまった。頭が悪い女だと思われただろうか。


「直訳だとそう。でも、多分もうひとつの意味だと思う」

「もうひとつの?」

「『性悪女』だよ。私にピッタリでしょ」

「……リアクションに困ります」


 そんなことありませんよ、って笑いながら言うこともできたけど、それは不可能に近かった。


 これくらいの粗相では、拳は飛んでこないだろうと踏んでのことだったけど。


「昼になったら、きーちゃんも帰ってくるし。そうしたら、お祝いに好きなもの食べさせてあげる」

「お寿司、ピザ、ラーメン!」

「新しいコンボですか?」

「なんでも頼んで良いよ」

「わーい!」


 昼どころか夜までご馳走になりそうだ。やっぱり、勉強を済ませてから来て正解だったな。


 ウキウキの先輩を視界に収めつつ、静かにヒアさんに近づく。


「もう二度と、先輩を悲しませたりしません。約束します」

「ん。約束だよ」

「はい」


 ヒアさんが小指を立てたのを合図に、私も小指を立てる。


 実際には絡めず、小指と小指を空中で結んだ。


「莎楼は何食べる!?」

「めっちゃテンション上がってますね。私はピザが良いです」


 こんなにも素敵な笑顔なんだから、やっぱりもう泣かせたり悲しませたりはしない。


 貴女と、そして自分自身と約束しよう。

ヘルキャットの外見の説明が下手くそで申し訳ないです。是非、画像検索とかしてみてください。

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