12日目/13日目:ツーデイズ②
2日分まとめたやつです。前のツーデイズとは別に関係ないです。
12日目:火曜日
「イベントシーンってさぁ、スキップする派?」
「後で見返せるシステムがあるゲームだと、基本とばしますね」
「でもさぁ、結局めんどうで見返さないことが多くならない?」
「鋭いですね」
放課後。今日は先輩がフリーの日なので、一昨日に食事をした喫茶店で雑談をしている。店内には他にお客さんの姿は無く、遠慮なく会話を楽しめる。
「……あの、2日前にいらしたお客様ですよね」
店長なのか店員なのか未だに不明な彼女が、恐る恐る話しかけてきた。
「はい、そうですが」
「あの、その……珈琲とか料理とか……美味しいですか?」
「とても美味しいですよ。先輩もそう思いますよね?」
「うん、今後はこのお店に立ち寄ることが増えそうだねぇ」
「あ……ありがとうございます……今月オープンしたばかりで、その……若い方がほとんど来なくて、でも若い方に美味しいと言っていただけると、嬉しいです……」
相変わらず三点リーダーを乱用しているけど、なかなかの長文を話すことに少し驚いた。
「この前も気になったんだけどさ、貴女が店長さんなのぉ?」
「は、はい……まだ誰も雇っていません……」
「ふーん」
何故か、先輩が私のことを真っ直ぐ見つめてくる。
「……なんですか?」
「君さ、今バイトしてたっけ」
「たまにしてますよ。本当にたまにですが」
「ボクがバイトの日は、このお店で働けば良いんじゃない?」
なるほど、悪くない提案だ。私のバイト先は、行きたい時にだけ行き、その日の給料を手渡してもらうという方針なので、ここで働いても特に問題は無い。
最近はゲームをする時間も減ってきたし、先輩に奢ってもらってばかりなのも悪いので、少し稼ぐことにしよう。
「そうですね、良ければ働かせてもらえませんか?」
「良いんですか……? あの、履歴書とか面接とかは……別にしないので、入れる日と時間だけ……教えていただければ」
「月水木、入れます。明日からでも出ますよ」
「それはありがたい……です。では、明日から……えっと、制服とかはこちらでお貸ししますので。交通費やその他のことはまた……」
「わかりました。よろしくお願いします」
こんな簡単にバイトが決まるなんて。いくら他に従業員が居ないからって、私のことを信用しすぎではないだろうか。
「それじゃあ、お会計お願いしまーす」
「はい……」
こうして、新たにお気に入りになった喫茶店は、バイト先になった。
13日目:水曜日
バイト初日。
メイド服のような服を貸してもらい、袖を通す。まるでコスプレのようだと思いつつ、先輩はこういうコスプレもするのだろうか、とも思った。
「とても……お似合いです。えっと……茶戸さん」
「ありがとうございます。接客業は初めてですが、頑張らせていただきます」
客としては2回しか来店していないけど、粗暴な客が来るような店ではないと思うし、そこまで緊張はしていない。
時刻は午後5時半。店の戸が、チリンと音を立てて開いた。
「いらっしゃいませ」
「おっ、カサっちの後輩ちゃんじゃん」
「先輩の友人の、陸上部のエースの……」
「あれ、陸上部って知ってたのかよ」
さっぱりとしたショートカットの髪と、健康的な日焼け肌に猫のような目。そしてちらりと覗く八重歯。以前、先輩が風邪を引いて休んだ時に、私にプリントを託した人物だ。
どういう距離感で接すれば良いのだろう。取り敢えず、いつも通り、なるべく踏み込まずにやり過ごそう。
水とお手拭きをテーブルに置き、注文を伺う。
「ご注文は」
「んー、初めて来たんだけどさ、オススメってある?」
「飲み物なら珈琲全般、食べ物ならアップルパイがオススメです」
「じゃあ、アメリカンとアップルパイで」
「かしこまりました」
マスターに注文を伝え、次にすることを訊ねてみたが、特にすることはないと言われた。確かに、私には珈琲を淹れることも、美味しいアップルパイを焼くこともできない。本当に私を雇う必要があったのだろうか。
「あの……できたので運んでください……」
「あっ、はい。わかりました。……あの、失礼ですが、以前のようにマスターがお運びになれば良いのでは?」
「私はなるべく……お客様の前に出たくないので、茶戸さんを雇ったんですよ」
なるほど。喫茶店のマスターって、ずっとカウンターに立っているイメージがあったけど、人それぞれか。
「お待たせしました。アメリカンとアップルパイです」
「ありがとう。美味そうだな」
陸上部のエースは、アップルパイにかじりついて、満面の笑みを浮かべた。なるほど、ファンが大勢いるのも納得の笑顔だ。
「お口に合いましたか。マスターが喜びます」
「マスターによろしく伝えておいてよ。恥ずかしがり屋だろ、あの人」
「ご存知なんですか」
「まぁね」
この店に来るのは初めてと言っていたが、知り合いなのだろうか。深入りするのは止めておこう。私の柄ではない。
陸上部のエースが退店し、閉店まで1時間となったが、他にお客さんは来なかった。平日の夕方なんてこんなものだろうか。
マスターも、少しずつ片付けを始めている。手伝おうと思ったその時、チリンと鈴がなった。
「いらっしゃいま──」
「あはぁ。お店の制服姿も可愛いねぇ」
「……ご注文は?」
「そうだねぇ。コーヒーと、キスが欲しいなぁ」
「マスターには内緒ですよ」
ずっとカウンターに立っているタイプのマスターじゃなくて、本当に良かった。
バイト先を作ることで、新たに話の展開ができる場所が生まれましたね。