文化の日:幸福を上に重ねて
三連休の真ん中、日曜日でもあり祝日でもある今日。
時間が早いからなのか、それとも既に遠出する人は昨日出発しているのか。理由は定かでは無いけれど、電車の中は空いていた。
おかげで普通に座れたけど。今回は向かい合う形ではなく、隣合う形で。
「ふわぁ……」
「先は長いですし、寝てても良いですよ」
小さく欠伸をして涙目の先輩に、ここから数時間起きていてくださいと言うのは、普通に考えて無理がある。
早起きもしたし、おばあちゃんの家では嫌な思いをするかもしれないし、ここで英気を養ってもらいたい。
「うん……。でも、眠たいけど寝れなさそう」
「ありますよね、そういうこと」
緊張、しているのかな。
表情や声色からは感じれない。上手く隠しているのかもしれない。
それか、私の考えすぎなのかな。普通にお祝いだけして、すぐに帰れば良いだけの話かもしれないし。
「……莎楼」
「はい」
「やっぱり、少しだけ寝るね」
「どうぞ。眠れなくても、目をつぶるだけでリラックス効果がありますし」
「そうだねぇ。それじゃ、おやすみ……」
「おやすみ」
こてん、と私の右肩に頭を乗せて、天使はすぐに寝息を立てた。子守唄は要らなさそうだ。
今日は本も持ってきていないし、かと言ってスマホを見る気にもならないので、窓の外でも眺めていよう。
流れる景色を眺めながら、久しぶりに先輩と遠出をするなぁ、なんて呑気に考えていると、首のすわっていない赤子のように先輩の頭が暴れ始めた。
私の肩では安定性に問題があったのかもしれない。
「せ、先輩」
「……んぅ」
小声で意識の確認をしてみたけど、まだ夢の世界に居るらしい。
ここが公共交通機関の中でなければ、すぐに安定性の高い膝枕に移行していたところだ。
尾途はまだまだ先だし、私も少し寝ようかな。幸い、近くに他の乗客は居ないし。
……いや、それでもし先輩に何かがあったら、死んでも死にきれない。絶対に寝ない。
先輩が寝始めてから、かなりの時間が過ぎた。通過した駅の数が、それを物語っている。
「ふわぁ……。んふっ、おはよ」
何故か軽く笑いながら、眠り姫が目を覚ました。
「おはようございます。いい夢見れました?」
「パンダの黒いところにぃ、ひたすら大根おろしを乗せてシロクマにする夢見てたぁ」
「コメントに困るんですけど」
何をどうすれば見れるんだろう、そんな夢。
ファンタジーというか現実味のない夢って、見たことないから羨ましいかも。
『次は尾途です。尾途では、全てのドアが開きます』
「もう尾途まで来てたんだねぇ」
「そうですね。結構寝てましたね」
電車が停止したのを合図に、荷物を持って立ち上がる。
他に降りる人は居ない。観光地でも終点でもないのに、どうして全てのドアが開くんだろう。
無人の駅の、立て付けの悪い引き戸を開ける。
目の前に広がる光景は、あの時と少し違っていた。
「収穫の季節は終わったんですかね」
「そうだねぇ。ほとんど終わってると思うよ」
少し寂しい畑から、土の乾いた匂いがする。
太陽がすっかり高くまで上がっているけど、それほど暑くはない。もう11月なんだから、当然といえば当然だけど。
手を繋いで歩いて、数分で武家屋敷に到着した。
「ひまわり畑、秋はコスモスが咲いてるんですね」
「うん」
「……大丈夫ですよ、入りましょう」
「……うん」
前回来た時と同じく、玄関は施錠されていなかった。
おそるおそる入ると、笑い声や大きな声が聞こえてきた。自分の親戚じゃないからかもしれないけど、なんか嫌だな。
声の聞こえる方、居間の一言で片付けられないくらい広い居間に近づく。私たちが声を発する前に、テラコさんがこちらに気がついた。
「あらぁ。よく来たわね、2人とも」
「おじゃまします」
「た、ただいま……デス」
話に花を咲かせていた親戚一同が、全員ピタリと喋るのを止めてこちらを向いた。
沢山の視線が突き刺さり、先輩は軽くよろめいた。流石にこの場で手を繋ぐわけにもいかず、軽く肩を支える程度のことしかできない。
「今、おばあちゃんは席を外しているから。ご飯でも食べながら待ってて」
「は、はい……」
長い木のテーブルが4つも縦に並べられていて、その上には所狭しと料理と飲み物が並べられている。
状況が状況じゃなければ、先輩もきっと喜んでいたに違いない。食べ物に罪は無いけれど。
隣に座るよう促され、テラコさんの隣に先輩と一緒に座る。大丈夫かな、こんな近くに座って。心配だ。
「久しぶりだなぁ、吹空枝の嬢ちゃん」
「お久しぶりです、虎頭方のおじさん」
私という異質な存在については触れず、縦にも横にも大きい男性が先輩に話しかけてきた。
「ちょっと見ない間に、随分と美人になったじゃねぇか」
「ありがとうございます」
「特に胸、どんだけデカいんだ?」
「……」
未だに居るのか、こんな時代遅れの生き物が。仮にも親戚に対して、よくもまぁそんなことを言えるものだ。
その汚い手が、少しでも先輩に触れようものなら許さない。
「無視かよ。これくらいのこと、笑って済ませてくれねぇとさ。俺が悪いみたいになっちまうだろ」
「……ごめんなさい」
謝らなくてもいい、って言いたい。でも、先輩が我慢しているのに、私が水を差す訳にはいかない。
「あらあら、随分と久しぶりに顔出したのね。お母さんは元気?」
今度は40代くらいの女性が、コズカタとやらを押しのけて話しかけてきた。やっぱり、誰も私のことは気にもしていない。
「まぁ、元気だと思いますよ」
「あんな男と結婚して、跡継ぎも産まないなんて酷い母親よね」
「……」
「彼氏は?」
「早く結婚して、この家を継ぐのよ」
「こんなに美人なんだ、男なんていくらでも寄ってくるだろ」
「でも、ちゃんと相手は選ばないと。貴女の母親みたいに失敗しちゃ駄目よ」
「顔が良くても、愛想が悪かったら意味が無いよ」
次々と、無遠慮に人の心に踏み込む人達が集まってきた。
耐えろ。我慢だ、莎楼。
ここで私が何かを言っても、先輩が更に攻撃されるだけだ。
ここは我慢して、歯を食いしばって、手を握りしめて、煮えくり返る腸を鎮めて、平静を取り繕おう。
おばあちゃんが来たら、お祝いだけしてすぐに帰ろう。
そして肩を抱き合って、健闘を讃えあって、いつもみたいにキスしよう。それで良いじゃないか、それで。
「……あの」
それで私は、心の底から笑えるだろうか。
大好きな人を、侮辱されたまま?
「……莎楼、大丈夫だよ。ボクは大丈夫だから、ね?」
「そうですか。でもごめんね」
「……?」
「私は全ッ然、大丈夫じゃないです」
そんなこと、ありえないでしょ。




