121日目:百鬼夜校(後編)
ご主人様とメイドの戯れ。
ハロウィンのイベント感と、生徒たちの仮装と私服。
非日常的とも言える熱気は、意外にも授業に支障をきたさなかった。
今年の私たちの姿勢や態度が、そのまま来年以降のハロウィンに繋がる。だから、何事も無く終わることは素直に好ましい。
「あ、そうか。私はまだ1年あるのか……」
「来年のハロウィンの話ぃ?」
無事に放課後を迎えた私は、メイド服のまま学校を出た。ご主人様のままの先輩と一緒に。
今日はバイトの日なので、Ventiで着替えれるからメイド服のまま。決して先輩と一線を越えた主従関係ごっこをするためではない。
バイトが休みだったら、その可能性もあったけど。
「来年のハロウィンには、もう先輩は居ないんだなぁって」
「あはぁ。別にこの世から消えるわけじゃないよ?」
「当たり前じゃないですか。私より先に死んだら怒りますよ」
「おっ、怒られるの……?」
前にも、似たような会話をしたことがあった気がする。
先輩が居なくなってしまうことなんて、考えたくも無い。
「そういえば、今日はまだキスしてませんね」
「外でしたくなったの? 悪い子だね」
先輩の表情と声色が変わった。目を細めて微笑むその姿は、先輩ではなくご主人様そのものだった。
キスしたいのは先輩の方でしょ、という言葉が喉の手前で高速Uターンしてしまった。
「……悪いメイドに、お仕置してください」
「どこでして欲しい?」
「ご主人様はイジワルですね……」
バイトに行く途中、というか駅に向かっているところなので、正直選択肢はあまり無い。
しかも普段と違って、私はメイド服という名の目立つ格好をしている。だから、歩道や駅の中でするのは避けたい。
特にトイレ。私は、トイレを決してふしだらな目的で使わないと決めている。
「学校に戻ろうか?」
「それは妙案ですね、ご主人様」
先輩の声色は、まだ演技がかっている。
私は自然な演技なんてできないけれど、与えられた役割を演じ切ることならできる。
手を繋ぎ直して、さっき飲み込んだ言葉と同じようにUターンをする。
さっきまで私たちの後方を歩いていた生徒たちと、歩みを止めて振り返った私たちの目が合った。思わず視線を逸らす。
「もっと自信を持ちなよ、ほら。ちゃんと胸を張って」
「は、はい」
そうだ。仮装というものは、中身も伴ってこそだろう。
駅に向かう生徒の流れに逆らって歩いていると、野球部の声と吹奏楽部の音がどんどん近づいてきた。
自転車置き場の横を通り抜け、誰も居ない玄関に入る。朝なら賑わっているのに、なんだか不思議な感じがする。
廊下にも誰も居ない。悪いことをしているわけではないけど、慎重に第二理科準備室を目指す。
「先ぱ……ご主人様、第二理科準備室でよろしかったでしょうか」
「そうだね。君が違う場所が良いと言うなら、それでも良いけど」
「違う場所、ですか」
危険が伴う、魅力的な提案。
空き教室とか、いつもお弁当を食べるところとか。
その気になれば、もっと大胆な場所でもログボは渡せる。けど、リスクを犯してまでやることではないかも。
「いえ、やはり安全を重視しましょう。ご主人様を危険に晒すわけにはいかないので」
「そうかい。なら、そうしようか」
そう言って、ご主人様は私の手を強く握った。痛みを感じない、絶妙な力加減。
階段を上り、閑散とした斜陽差す廊下を進み、時々グラウンドから聞こえる声を背に、第二理科準備室に到着した。
ご主人様が解錠している間、周囲を警戒しすぎて挙動不審になってしまった。
「開いたよ。さ、お仕置しようかな」
「よ、よろしくお願いします……」
壁にもたれた私に、ご主人様は覆い被さるように体重をかける。
フリルの付いた長いスカートが、半分ほど捲られる。あらわになった太腿が優しく撫でられる。
「んっ、んむ……ちゅっ、んちゅ……」
円を描くように撫で回しながら、私たちはキスを繰り返す。
お仕置というだけあって、もしくはご主人様という立場だからなのか、いつもよりも激しいキスだ。
「はっ、はぁっ、ご主人様ぁ……」
唾液が糸を引いて、空中で弧を描く。
呼吸が整わない、頬は燃えるように熱い。
「……ねぇ莎楼」
「は、はい」
「いつものボクと今日のボク、どっちの方が好き?」
「そうですね……。私は女性が好きなわけではないので」
「えっ」
「えっ。あ、いや先輩のことは大好きですよ。というか先輩だけが好きですよ」
「よかったぁ」
「えっと、なのでその。男性的なご主人様でも別に構わないんですけど」
「けど?」
そう、今日みたいな普段と違うキャラでも別に良い。
先輩が先輩であれば、性別も声色も喋り方も気にしない。
けど、やっぱり。
「私は、いつもの甘くて可愛い先輩が大好きです」
「莎楼ぅ〜!」
「わっ、なんですか」
ご主人様はもう居なくなったらしく、ふわふわとしたいつもの嬌声を響かせながら、先輩は私のことを思い切り抱きしめた。
「よかったぁ。男装してる方が人目を気にしないから、今後はそれでお願いします……とか言われたらどうしよぉって、不安でさぁ」
「そんなこと考えてたんですか。もっと自信を持ってください」
「じゃあ、もっかい大好きって言って?」
「愛してるよ、華咲音先輩」
「んはぁ!?」
「ふふっ、そろそろバイトに行きましょうか」
うん。やっぱり、いつも通りの先輩の方が良いな。
第二理科準備室を出て、施錠する先輩を見ながらふと思った。正確には思い出した。
胸、どうなってるんだろう。訊いてみよう。
「先輩、胸ってどうやって平にしてるんですか?」
「……いつも通りのボクがいいって、もしかして胸のことだったの?」
「違うよ!?」
「胸をつぶす用のタンクトップがあるんだけど、それとガムテープを併用してるんだぁ」
「なるほど。流石、コスプレが趣味ですもんね」
「うん。でも、君がおっぱいが好きなら男装はしないよぉ」
「だから違うって!」
「別に否定しなくてもいいのにぃ。莎楼が好きなら、ボクも自分の体に自信が持てるし」
確かに、前にも胸が大きくて良かったことなんて無い、的なことを言ってはいた。
いやまぁそりゃ、好きだよ。自分には無いものへの羨望というかなんというか、憧れというか。
押し付けられたらドキドキしちゃうし、一緒にお風呂に入った時にはつい見ちゃうし。
「胸、というか先輩の胸が……先輩だから、好きというか。ドキドキするというか」
「んふふぅ、そっかぁ。いつも見てるもんね」
「……そんなに見ちゃってます?」
「同じクラスの男子ほどは見てないと思うよぉ」
「そうですよね。だって私、先輩の顔を見てる方が幸せな気持ちになれるから」
「……も、もぉ」
こんなに美人なのに、全然褒められ慣れてないの可愛すぎるな。
ハロウィンなんて縁もゆかりも無いと思っていたけれど、こんなに可愛い先輩が見れるなら、また来年も仮装してみても良いかもしれない。
再び駅に向かうため、少し駆け足で廊下を駆ける。グラウンドから、乾いた金属音が聞こえた。
これにて10月編は終わりです。本当に長くなってしまいました。11月編は先輩のおばあちゃんの誕生日も含めて、濃厚になる予定です!




