121日目:百鬼夜校(前編)
学校内ハロウィン!
いつも通りの時間に、いつものように乗った電車の中。
そこに広がる光景は、いつもとは違っていた。
魔女、ドラキュラ、ナース、メイドに兎の着ぐるみを着用した生徒などで溢れかえっている。
制服の人は私を含めても疎らにしか見当たらず、仮装抜きで見ても私服の人の方が多い。
他校の生徒がこの光景を見たら、さぞ驚くに違いない。
「おはよー、クグルちゃん」
「えっ、ココさん。おはようございます」
いつも遅刻ギリギリで教室に入ってくるココさんが、私の目の前に居る。
この時間の電車内で見かけたことは一度も無かったのに、どういう風の吹き回しだろうか。
「珍しいですね、この時間に会うなんて」
「遅刻寸前で仮装なんてしたら、カテキンに怒られちゃうでしょー。だから早く来たんだー」
「普段遅いのは、何か理由があるんですか」
「内緒ー」
人差し指を一本立てて、自分の口元にあてるココさん。
寝坊とかじゃないのかな。わざわざ内緒にするようなことを、これ以上言及はしないけど。
でも、私の人生は読まれてるのにココさんは読ませないなんて、ちょっとずるい気がする。
『次は練羽高校前。練羽高校前では、全てのドアが開きます』
「それじゃあ、降りよっかー」
「はい」
百鬼夜行さながらの集団に混じって、電車から降りる。
本家のハロウィンって、確かお化けにバレないように仮装して紛れるって伝統なんだっけ。
だとしたら、今の状況は案外正しいのかもしれない。私は制服だけど。
ココさんと一緒に学校に近づいてきたところで、校門前で生徒たちの元気な声が聞こえてきた。
我が学校では、厳しい先生や風紀委員が立っているということは無い。だから、生徒たちが元気に朝の挨拶をしている場面なんて発生するわけがない。
「おはよう」
「おっ、おはようございます」
その正体は、校長先生だった。
そうか、生徒たちの仮装をチェックしているんだ。私もココさんも制服だから、ガッカリさせてしまったかも。
「安心してよおじいちゃん、私たちは後で着替えるから」
「そうかそうか、楽しんでくれよ」
ばいばーい、と言って校長先生に手を振るココさん。
頭の中が疑問符で埋め尽くされつつも、なんとか頭を下げてその場から移動する。
「いくらココさんでも、校長先生をおじいちゃん呼びするのはダメでは……?」
「そうだよねー、学校では校長先生って呼ばないとダメだよね」
「いや、そういう……え?」
「祖父なんだよー、母方の」
「えっ!?」
「クグルちゃんもそんな顔するんだねー。大発見」
今の自分が、豆鉄砲を掃射された鳩のような顔になっていることは鏡を見なくてもわかるけど、誰だってそんな顔するよ。
今まで誰にも明かさなかったのだろうか。自分の物語は読ませない、ココさんらしいっちゃらしいか。
「内緒にしてるんですか?」
「うん。だってさー、だから成績良いんだねーとか言われたくないから」
「それもそうですね。家族と自分自身は別ですから」
先輩にも同じようなことを言ったことがあるけれど、案外色んな人がそこで悩んでいるのかもしれない。
ココさんは、あまり悩んでいるようには見えないけど。
玄関に入ると、3年生の靴箱付近に人集りができていた。
そこから、ざわめきと歓声が入り交じって聞こえてくる。声に色があるとすれば、それは間違いなく黄色かった。
「ねぇ、あんなイケメンうちの学校にいたっけ?」
「イケメン通り越して王子様じゃね?」
イケメンにも王子様にも興味は無いけど、ココさんと一緒に人集りを覗き込む。
「あ、莎楼」
「……先輩!?」
正直、声を聴くまでわからなかった。髪型も違うしメイクもしているし、豊満なバストは断崖絶壁と化している。
完璧な男装、ご主人様になるってこういうことだったのか。
「どうかな?」
「なんというか、凄いですね……。素敵です」
いつものふわふわした甘い声が、やや低く透き通った声になっている。
まさか声色まで変えられるとは。
「あ、そろそろ行かなきゃ。じゃあね莎楼」
「は、はい。また後で」
今日は私の着替えがあるので、第二理科準備室には寄らない。先輩には事前に話してあるので、問題無い。
「びっくりしたねー、まるで別人だったよ」
「そうですね」
今まで色んなコスプレを見てきたけど、男装は初めてだった。
男装カフェとか男装ホストとか、噂には聞いたことがあるけどああいう感じなのかな。
ココさんと真っ直ぐ更衣室に向かう。他学年に混じりながら廊下を歩くのは、なんだか不思議。
「更衣室が全学年で共用なの、こういう時に不便ですね」
「おじいちゃんに言っておこっかー?」
「いえ、ココさんが進言すると本当に変わってしまいそうなので」
更衣室に到着し、扉を開けると何人か着替えている人が居た。ココさんを見て、軽くザワつく人も居る。
そんな周囲を気にすることなく、先に制服を脱いだのはココさんだった。勿体ぶることも無いし、私も早く着替えよう。メイド服に。
「あれっ、茶戸先輩じゃないですか」
「笹さん。おはようございます」
「先輩はメイドさんになるんですね」
「はい。笹さんもコスプレを?」
「私はですね、この前の撮影で着た服を着ます。宣伝にもなるので」
「なるほど。それは良いですね」
ざわめきが更に大きくなってしまった。
なんせココさんと2人で更衣室に入ってきた冴えない女子生徒が、今度は読者モデルでお馴染みの笹さんと会話をしているのだから。
……なんだか自分が、どんどんとやれやれ系の主人公みたいになってしまっている。
植物のように、とまでは言わないけど静かに暮らしたい。スローライフしたい。
無事にメイド服に着替え終え、笹さんに手を振ってココさんと更衣室を出た。
「でもさー、ちょっと騒がしいくらいの方が青春っぽくて良いよね」
「……えっ、もしかして私の心の声に返事しました?」
「うん」
「うん、じゃないんですよ」
いくら『読者』だからって、地の文まで読まないでほしい。
でも、確かにそうかもしれない。先輩にログボを渡すようになる前より、間違いなく今の方が楽しい。
教室の前に到着し、一緒に入る。ちょっとだけ緊張。
「おはよー」
「おはようございます」
既にメイド服に着替えている、セイナさんと左々木さんに朝の挨拶をする。
「おはよう! ってあれ、ココが遅刻ギリギリじゃないなんて珍しいね」
「おはよ。確かにそうだね」
「えー、失礼じゃない?」
「事実なので失礼ではないかと」
「クグルちゃんも失礼じゃないー?」
礼を失くしているのはお互い様というか、なんならココさんの方がやや失礼なので許してほしい。
悪いとは別に思ってないけど。
軽く教室を見渡すと、ほとんど全員がなんらかの仮装をしていた。私服の人も何人か居る。
「よーし、お前ら座れ」
いつもより少し早く、いつも通り気怠そうに糧近先生が教室に入ってきた。
「……よし。このクラスは優秀だな」
満足そうに頷く糧近先生を見て、本当にこの学校は変わっているなと再認識した。
「カテキンは仮装しないのー?」
「校長先生はしてたか?」
「してなかった」
「つまりそういうことだ。今日の主役は、あくまで生徒だからな」
先生たちが仮装しているの、ちょっと見てみたかったな。
仮にも市内で2番目に頭の良い学校だし、流石に教師陣は浮かれられないか。
「それじゃ、昨日も言ったが授業を妨げることが無いように」
「はーい」
1時限目の準備を始めるクラスメートを横目に、支度をしながらぼんやりと考え事をする。
早く先輩とキスしたいけど、ご主人様とキスなんてできるのかな。
次回、男装した先輩と……!?




