11日目:ラブ・アフター・トゥモロー
ちょっと踏み込んだ次の日。とは言え、これといって何もない内容となっております。
いつもより少し踏み込んだキスをしたからといって、別に世界が変わるわけではない。いつも通り太陽は東から昇り、いつもと同じ時間に目覚まし時計は鳴って、外の景色も何もかもが普段通りだった。
それでも、先輩の残した赤い跡が、昨日のことは夢ではないと私に思い知らせる。
「どんな顔で先輩に会おう……」
私がどれだけの経験をしても、世界はいつも通りなので、学校には行かないといけない。ログインボーナスだって継続しているわけだし、取り敢えずキスはしないといけない。
いや、義務感でするのもどうかと思うが、先輩に変な気を遣わせるのも申し訳ない。
取り敢えず体を起こし、スマホを握りしめて、一階に降りる。
「おはよう。シーツは洗濯に出しておきなさい」
「おはよ……え?」
私が寝た後に帰ってきたらしいお母さんが、とんでもなく鋭いことを言い出した。いやいや、今日はとても晴天だし、深い意味なんて無いだろう。動揺するな。
「え、じゃないわよ。大好きな先輩を部屋に呼んだのだから、汚れているでしょ」
「いや、汚れるようなことはしてない……って、待って待って待って、監視カメラでもあるの?」
「匂いでわかるわよ。先輩って女の子だったのね」
血は争えないわね、とお母さんは呟き、赤飯を机の上に置いた。一度引いた血の気が、一気に顔面に戻る。
「あ、あのね。いわゆる本番のようなことはしていないからね。確かに昨日、先輩を部屋に招いて……その、色々あったけど」
「別に一線を越えようと越えまいと、相手が男でも女でも、清くても爛れていても、そんなことはどーでも良いのよ」
「……じゃあ、その、えっと」
「楽しかった?」
「……はい」
「じゃあ何も問題は無いわ。ほら、早く食べなさい。絆創膏は使う?」
さすがは女の先輩、人生の先輩。全てお見通しで、何もかも理解されている。というか匂いって、部屋の戸を閉めていてもわかるものなのか。確かに先輩は甘くていい匂いがするけど。
「お母さんは、私が女の人とお付き合いしても平気?」
「あら、あんたの人生って私のものだったの?」
「私の人生だけど……」
「じゃあ良いでしょ。別に孫の顔を拝みたくてあんたを産んだわけじゃないし」
「まぁ、まだ付き合っているわけじゃないんだけどね」
「付き合っていないのに、そういうことをしたのね」
「そう言われると弱いんだけど……。というか、本当に変なことはしてないからね?」
「別に責めてるわけじゃないわよ。何をしていても構わないし」
私は恥ずかしさと嬉しさの中間のような感情の中で、意味深な赤飯を完食した。いつも通り、支度をして学校に向かおう。
先輩も、私みたいな気持ちになってくれているだろうか。ほんの少しでも、昨日のことを意識してくれていたら嬉しい。
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「おはようございます」
「おはよぉ」
先に第二理科準備室で待っていた先輩に挨拶をすると、先輩は小さく欠伸をして、眠そうに目をこすった。
「寝不足ですか」
「いやぁ、お恥ずかしい話なんだけどねぇ?」
「はい?」
「君としたことを思い出しながら、何回も1人で盛り上がっちゃって。おかげで全然寝てなくて」
「そ、そうですか」
「君はぁ?」
「そういうのはありませんが、ドキドキして大変でしたよ。お母さんにも見抜かれていましたし」
「えっ」
先輩の驚いた顔なんて珍しい。というか初めて見たかもしれない。
ベッドの上で、デート着のままキスをしただけなので、別段後ろめたいことはない。
「シーツを洗濯に出しておいてね、とか。先輩って女性だったのね、とか言われましたよ」
「どうしよう、まだご挨拶もしてないのに。うちの娘に狼藉した不埒者って思われてるよねぇ……」
「大丈夫だと思いますよ。なんというか、うちのお母さんは私と全く違う生き物なので」
「それはそれで怖いなぁ……。でも、今度ちゃんとご挨拶するね」
「付き合ってはいないんですけどね」
そういえばそうだったね、と先輩は微笑み、私と唇を重ねた。会話の途中で、自然にログインボーナスを取得されてしまった。
昨日のキスを思い出して、狼狽する自分を想像していたのだが、案外そんなことはなかった。相変わらずドキドキはするけれど。
「そろそろ教室に行こっか」
「そうですね。では、また昼休みに」
「うん、昼休みねぇ」
今日は先輩がバイトの日なので、昼休みに会ったら、今日は終わりだ。しばらく、これといったイベントも無いし、明日からも普通にログインするだけの日常になりそうだ。
第二理科準備室を出て、施錠を終えた先輩が私の手を握った。
「どうしたんですか?」
「……ねぇ、ドキドキしてる?」
「してます、けど」
「良かった、ボクだけじゃなくて」
そう言うと、先輩は手を離して、3年生の教室へと歩き出した。良かった、先輩も昨日のことを意識してくれていたんだ。
しばらくこんな感じになりそうなので、まとめて書いちゃうと思います。